猫歴40年その1にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。神様はやっぱり嫌い。


 ノルンのせいで三柱の兄弟喧嘩に巻き込まれたわしたちであったが、命辛々夢の世界から生還し、ベティと一緒に「にゃ~にゃ~」説教だ。

 ちなみにノルンはゴーレムでも、アマテラスに疑似魂から本物の魂にレベルアップしてもらったから、夢の世界にだって入り込めたらしい。


 さすがのノルンもあの地獄絵図を見たのだから、反省して謝罪していた。


「どうにかマスターたちだけ、あの世界に送り込めないんだよ……」

「そんにゃことしたら、絶対に道連れにしてやるからにゃ……」

「じょ、冗談なんだよ~」


 でも、不穏なことを考えていたから、釘を刺しておいた。これでしばらく大丈夫だろう……誰も裏切るなよ?



 猫歴39年は久し振りに神様に会って大変な思いをしたけど、皆の生活は変わらない。勉強したり働いたり。ごはん食べたり寝たり。わしはお昼寝したり。

 猫歴40年にもなるとオニヒメのことを考えることがめっきり減って我が猫家にも笑顔が完全に戻ったのだが、変なことを言う来訪者が来てからわしだけてんてこまい。


 猫ファミリーは誰も手伝ってくれないので、自分で諸々の調査が終わったらさっちゃんに「急ぎの用がある」とアポイントを取って、さっそくその日の夜に会いに行った。


「急にゴメンにゃ~」

「ううん。それにしても、いつも勝手に忍び込むシラタマちゃんがアポイントなんて、どうしたの? ちょっと怖いんだけど……」

「まあまあ。さっちゃんはますますペトさんに似て来たにゃ~。美人さんにゃ~。ゴロゴロ~」

「何ゴマすってんのよ……絶対に面倒事ね!」


 さっちゃんはもう50歳を超えているのに美しいままだから本当に褒めたつもりだったけど、それがあだとなってわしの目的がバレかけた。


「面倒事ってわけじゃないにゃ~。ちょっと相談しに来ただけにゃ~」

「それ、聞かないとダメなヤツ?」

「まぁ……耳に入れておいたほうがいいかにゃ? どっちかというと、わしの相談じゃなくて、南のほうにポカラン王国っていう小国あるにゃろ? そこの王様に相談されたことを共有しとこうかと思ってにゃ~」

「ポカラン王の? それならたいしたことじゃないかしら……」


 さっちゃんの構えが解けたので、ようやく相談だ。


「にゃんかにゃ。ポカラン王はうちから物を買いたいらしいんにゃけどにゃ。お金がないから、にゃんとかならないかと言って来てにゃ~」

「はあ? そんなの売らなきゃいいたげの話じゃない」

「いや、お金がないの、うちのせいでもあってにゃ~」

「猫の国は関係ないでしょ。どうせ民のお金で散財したの。そんな国王なんて、相手にしちゃダメよ」


 さっちゃんの言い分はもっともだが、わしの話はまだ、ジャブのジャブだ。


「わしも最初はそう思ったんだけどにゃ~……話を聞いてちょっと調べてみたら、うちの貿易収支が真っ黒というかドス黒くてにゃ~」

「貿易収支? なんのこと??」

「あ、そこからだにゃ。簡単に言うと、輸出して稼いだ額と、輸入して払った額の差額が貿易収支にゃ。その差額がプラスだと貿易黒字で、マイナスだと貿易赤字だにゃ」

「うん……つまり、めちゃくちゃ儲かってるから自慢しに来たってことかしら~~~?」

「まだにゃ。本題はここからにゃ~」


 さっちゃんがペトロニーヌ並みのオーラを飛ばすので、一旦クールダウン。わしの肉球をプニプニさせた。


「さっきも言った通り、うちって、輸出と輸入の数字がとんでもなく掛け離れていたんにゃ」

「まぁ……猫の国の技術力なら、そうなっても不思議じゃないわね。でも、まだ話が見えて来ないわ」

「だろうにゃ。そこでにゃ。わしは昨年の、猫の国で作った金貨の数を調べさせたんにゃ。それと昨年の貿易収支を比べてみたら~~~?」

「金貨? ま、まさか……ポカラン王国にお金がないって……」


 ここまで説明したら、さっちゃんもわしの言いたいことに気付いて顔が青くなった。


「100倍以上の金貨がうちに流れてたんにゃ。だから、きんの採掘量の少ないポカラン王国は、お金じたいを作れなくなってたんにゃ。これってどうしたらいいと思うにゃ?」

「しっ……ししし知らないわよ! そ、そっちで勝手にやって!!」

「いや、東の国が一番金貨払ってるから、そうは言ってられないと思うんだけどにゃ~」

「そうだった~~~!!」


 第四世界初の金融危機は、猫の国のせいで到来。

 さっちゃんがいくらやりたくなくても、世界中の金貨が猫の国に大量に流れているのだから、この流れを止めないことにはポカラン王国の二の舞いになるので、協力せざるを得ないのであったとさ。



 しばし八つ当たりでさっちゃんにモフられたわしは、フラフラしながら対面に座った。


「それで……全部私にやれとか言わないわよね?」

「できればやってほしいんにゃけどにゃ~……」

「無理! お母様じゃないのよ!?」

「わかってるにゃ~。てか、ペトさんでも無理にゃから、比べちゃダメにゃ~」


 さっちゃんの女王のメッキが剥がれ掛けて来たので、わしは宥めてから、数枚の紙と鉄製品を前に出した。


「なにこれ……シラタマちゃんの絵? 一万ネコ??」

「ほら? 第三世界のお金って見たことあるにゃろ??」

「あ~……あの細かく描かれた……お札だっけ?」

「それにゃ。きんとか銀ってのは採掘量が少ないから、どの国でもいつか枯渇してしまうんにゃ。その分、紙にゃらどの国でもいくらでも作れるにゃろ?」

「なるほど……確かに紙のほうが、小国は喜びそうね。でも……」

「にゃ~?」


 さっちゃんは、わしの顔が描かれたお札をテーブルに叩き付けて立ち上がる。痛いじゃろ……


「なんでもうお札作ってるのよ!? また猫の国が、利権全部持って行こうとしてるの!?」

「違うにゃ~。うちは自国通貨に切り替えようと思っていただけにゃ~」

「なにそれ!? 私に黙ってそんなこと考えてたの!? 猫の国が先んじてやったら、みんな猫の国のお金使うに決まってるでしょ!!」

「お、落ち着けにゃ~」

「シラタマちゃんだけズルイ~~~!!」

「揺らすにゃ~~~!!」


 というわけで、女王の仮面が木っ端微塵に割れたさっちゃんに、激しく揺さぶられるわしであったとさ。



 2度目のクールダウンでまたわしがモフられまくったら、今度はディナーをしながら続きを話す。


「だからにゃ。まだ構想段階で、このお札も本決定じゃないんにゃ。説明を楽にするために持って来ただけなんにゃ~」

「な~んだ。それならそう言ってよ~」

「話を聞かないからにゃ~」

「エヘヘ~」


 さっちゃんの機嫌も直ったようなので、相談の内容に戻る。


「いまって、東の国、西の国、南の国がお金を管理してるにゃろ? その代表を集めて会議しようってのが、わしの案にゃ」

「あ、そっか。それを集められるのが、私ってことか」

「そうにゃ。まぁ全ての国に関わることにゃから、全部集めたほうがいいだろうにゃ~。そこで通貨を統合するか、はたまた国別に通貨を発行するかを話し合うのがベストにゃ」

「全ての国って……日ノ本やアメリヤ王国とかも?」

「その2ヶ国は自国通貨でやってるから、この大陸だけでいいにゃよ。ま、参考程度に出席させたほうが、あとから何か言われないかもにゃ~」

「そうね……こんな世界を変えるような大イベント、外されたら私だってゴネるわ」


 確かにさっちゃんならゴネそう。いや、わしだって絶対ゴネる。仲間外れは寂しいというより、時代に置いて行かれるのは目に見えているからだ。


「てか、これって、お母様でもやったことのないような凄いことをしようとしてない?」

「だろうにゃ~。必ず歴史に出て来る時代の転換点になるだろうにゃ~。第三世界でも、お金のことは歴史で習うからにゃ」

「お母様の功績に比べて私は見劣りしていたから、やってみたいかも……」

「いや、さっちゃんもいっぱいやってるにゃろ? テレビに教育改革……それに東の国を芸術大国にしたにゃ。負けてにゃいから、比べる必要はないとわしは思うにゃ~」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、いつまで経っても自信を持てないのよ……隣の王様は、お母様よりもっと功績残してるし」


 ペトロニーヌより功績のある人なんていたかな~っと頭を捻って考えていたら、さっちゃんがわしを指差していた。


「にゃ? ……わしにゃ??」

「当たり前でしょ。この世界をとんでもない早さで発展させているんだから、シラタマちゃんしかいないに決まってるじゃない」

「別にわしは元の暮らしがしたいだけで、道筋を示してるだけなんだけどにゃ~」

「それが凄いと言ってるの。何段飛ばしでやってると思っているのよ。シラタマちゃんがいなかったら、いまでもキャットトレインすら作れていないわよ」

「まぁ……そうだよにゃ。日ノ本と繋がっていにゃかったら、あと100年は掛かっていたにゃ。日ノ本もわしが発見したし……」

「ね? お母様も凄かったけど、隣にシラタマちゃんがいるから、私も大変なのよ~」


 さっちゃんが珍しくヨイショしまくってくれるので、わしの鼻も高々。


「……お札の件、全て自分の手柄にしようと思ってにゃい?」

「バレた!?」


 でも、自分でへし折ってやった。


「お母様にはキャットトレインと子供基金の手柄くれたじゃな~い。私にも手柄ちょうだいよ~~~」

「やったわけじゃないからにゃ!? 盗んだんだからにゃ!? だから揺らすにゃ~~~!!」


 けど、さっちゃんがワガママさんになったので、全部やってくれるならと折れてしまうわしであった……


「無理に決まってるじゃない!!」

「だったら手柄を独り占めしようとするにゃよ~~~」


 やっぱりわしがある程度はやらないといけないのであったとさ。



 猫の国に帰ったわしは忙しい。猫の国銀行とかいう変な名前の立派な建物や首相官邸に何度も足を運び、打ち合わせの毎日だ。


「とりあえず、お札は新デザイン考えてくれにゃ。猫以外でにゃ」


 各国の重鎮相手に、ゆるキャラみたいなわしの顔を出すのは恥ずかしすぎるので、これはマスト。プレゼン用の資料だから使われないと念を押し、なんなら「日本のお札をコピーしよっか」とも言っておいたから大丈夫だろう。

 次に、プレゼンの練習。猫銀総裁のホウジツはもう歳なので、若手に勉強したことを教えろと命令したけど、断固として自分がやると聞きゃしない。こんな面白そうなことは誰にも譲れないんだとか。


 わしもサボっているわけにもいかず、各種資料をパソコンに打ち込んでコピー。プロジェクターの準備もわしの仕事。機械類に強い人、まだわししかいないの。

 猫ファミリー初の大卒、ギョクロとナツにもオファーしてみたけど、仕事で忙しいと断れたから仕方がない。てか、わしのやってることって、部下とかがやることでは……


 なんだか納得いかないと「にゃ~にゃ~」文句を言いながら準備は進み、『世界金融会議』に挑むわしであった。

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