猫歴38年その2にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。オニタの専属コーディネーターではない。


 オニタの魔法が全然上達しないので形から入ってみたが、デカイ体のせいでまったく後衛職には見えない。なんなら戦国時代に、傾奇者かぶきものとして活躍していそうな武将みたいになってしまった。

 オニヒメとサクラからは諦めろと言われたが、わしは諦めない猫。かといって、もうアイデアも尽きてしまったので、オニヒメとはまったく関係ない魔法を教えてみた。


「にゃ~~~ご~~~!!」


 獣ならお馴染みの【咆哮ほうこう】。一発で、オニタの口からエネルギー波が出て的をえぐった。


「にゃんで出来るんにゃ……」


 ちょっとした冗談が上手くいってしまったのでわしも引いてる。しかし、それができるならこれもできるんじゃないかと、わしのオリジナル魔法【吸収魔法・球】も教えてみた。


「……じいちゃん。これ、できてるのか?」

「ちょっと待ってにゃ。いまからこの土の棒で殴るから、そのまま立ってろにゃ」


 【吸収魔法・球】は見えないので本人しか発動しているかわからないのだが、初めてでは感覚もわからない。なので、土魔法で作った棍棒で試してみる。

 本当は孫に対してこんなことをしたくないが、オニタはまったく魔法が上達しないから、つい力が入ってしまった。


「ヤバッ! 痛くなかったにゃ!?」

「ぜんぜん」

「よかったにゃ~」


 棍棒は木っ端微塵。でも、オニタの強靱な肉体にはダメージも与えられなかったらしい……


「それで……できてたのか?」

「うんにゃ。弾力もあったし魔力も吸収できてたからバッチリにゃ。わしも魔法を使ってみるから、この棒で好きにゃように殴ってみろにゃ」

「うおお!!」


 オニタの周囲には弾力のある膜が張られていたから、【吸収魔法・球】も一発マスター。でも、殴ってみろとは言ったけど、もう少し手加減できんのか。じいちゃんじゃぞ?

 棍棒は10回ほど振って木っ端微塵。それでもオニタは止まらず殴り続けるのでわしは肉球で受けていたけど、オニタの着物の袖が破れてぶっとい腕が露わになった。


「どうにゃ? わかるかにゃ??」

「おう! なんかゴムみたいな感触がある」

「慣れたら、体全体ではにゃく頭とか胴体だけとか小分けに使うこともできるからにゃ」

「わかった!」

「聞き分けはいい子にゃんだけどにゃ~……いつになったらわしを殴るのやめるにゃ??」

「うおおぉぉ~~~!!」


 オニタも魔法ができなさすぎてストレスが溜まっていたっぽい。だから殴る手は止まらずに回転数が上がって来たので、わしはオニタが疲れるまで受け止め続けるのであった。



「ほれ。そこで休んでろにゃ」

「クソ~~~!!」


 オニタはわしに一発も拳が当たらなかったので、悔しがって地面を殴ろうとしたのでわしは慌ててキャッチ。縁側の近くでやられては、別宅が壊れかねないもん。

 ひとまずオニタの手には、高級串焼きと水筒を握らせ、わしはオニヒメたちがいる縁側に腰掛ける。


「パパ、やっぱりオニタを前衛に育てるの?」

「にゃ? ちょっと息抜きに付き合ってあげただけにゃ~」

「あんなに動けるのにもったいない……」

「だよにゃ~……まるでオニヒメのお父さ……にゃんでもないにゃ」


 オニヒメと喋っていたら失言してしまったのですぐに口を塞いだが、時すでに遅し。


「私のお父さん? お父さんはあんな戦い方だったの??」

「う~ん……そうだにゃ。いい機会にゃし、ちゃんと話をしておくにゃ。オニタもこっちおいでにゃ~」


 サクラの娘はコリスに預けて離れたら、オニヒメの前にテーブル席をセットして、わしはその上に生気のない男の顔写真を置いた。


「この写真は誰かわかるよにゃ?」

「うん。お父さん……」

「これが、オニヒメのお父さんの全体像にゃ」

「「え……」」


 さらに出した写真には、胸に大きな穴の開いた人間。ただし、比較対象で撮ったコリスより大きく角は複数あり、あそこなんて3個もあるので、これを人間と言っていいかはわからない。

 この姿を知っているのは、猫の国でも極一部。昔発売した小説にも書かれていたのだが、オニヒメのプライバシーに関わるし、わしが殺してしまったので、初版本以降の表記は変更。

 見た目は「人間に似たサル」との表現に変えてもらったから、サクラとオニタが知るわけがないので驚いている。


「この人が、オニタの本当のおじいさんにゃ。いまのエルフ市で出会い、残念にゃことにわしと殺し合うことになってしまったんにゃ」


 オニヒメの父親は、ロシアにある帝国で人体改造されて生身の戦闘兵器オーガとなった。しかしその改造に不具合が出て、100年以上前にエルフ市を襲い、野人と呼ばれていた。

 小説では正義の味方のようにわしは描かれているが、初めて使った必殺技で勢い余って殺したことや、寝たきりのオニヒメと出会ったからには後悔しかない。


「え……パパ。お父さんに、そんなので殴られたの……」

「みんにゃして、そんにゃ顔で見にゃいでくれにゃ~」


 あと、殺したことの言い訳で秘密にしていた股間ビンタを喋ってしまったので、3人からエンガチョされたので悲しい。


「まぁそれは置いておいてにゃ。オニタはおじいさんそっくりに育ったにゃ~……たぶんこれは、隔世遺伝ってヤツにゃ。魔法にこだわらず、オニタの本能に任せて戦うほうが、わしはオニヒメが喜ぶような気がするにゃ~……」


 わしがサクラをチラッと見たら、頷いて顔写真をオニタと見比べる。


「うにゃ~。本当にゃ~。角以外そっくりにゃ~。あ、パパがこんにゃ兜を作ったらいいんじゃにゃい?」

「それはオニタに似合いそうだにゃ~……」


 サクラが大袈裟にノッてくれたら、わしは次はオニヒメにチラッと視線を送った。


「うん。お父さんみたいになれそう……私、お父さんの戦い方を見たことがないから、見てみたいな~……」


 オニヒメもノッてくれたので、わしとサクラはコクンと頷いて、オニタの答えを待つ。


「母さんが見たいなら……俺、母さんの父さんになる! じいちゃん! 俺に接近戦教えてくれ!!」

「しょうがないにゃ~。ついて来いにゃ~」

「おう!」


 わし、グッジョブ。別にオニタの魔法特化を諦めてはいなかったのだが、ちょうど野人の話になったからそれを上手く使えば誘導できるかもと思って、サクラとオニヒメに合図を送ったのだ。

 2人もすぐにそれに気付いてくれたから、全員のファインプレー。わしはオニタと歩きながら振り返ると、オニヒメたちは笑顔で親指を立てていたのであった……



 オニタが前衛にコンバートすれば、マジで鬼に金棒。いくらでもわしの教えを吸収してくれる。ただ、わしだと背丈が合わないので、リータとコリスに頼んでボコスカ殴り合わせている。


「凄い才能ですね~。攻撃は重いですし、頑丈です」

「うんにゃ。あとは侍攻撃と気功をマスターしたら、いいんだけどにゃ~……こっちはもうちょっと時間が掛かりそうにゃ」

「このまま私みたいに素手で行くのですか?」

「う~ん……金棒でも持たせてみよっかにゃ? 似合いそうにゃろ?」

「それなら私が教えます!!」

「いや、リータさんはちょっと……」


 リータにはトゲ付き金棒を作ってあげたけど、不器用すぎていまだに使えないので止めたのに、行っちゃった。


「あぶにゃ!? にゃんでわしに投げるんにゃ~」

「すみませ~ん! すっぽ抜けました~~~」

「チェンジにゃ~~~!!」


 やっぱりダメじゃった。リータにやらせると周りの人が死にそうなので、拳の語らいしか許可しないわしであったとさ。



 それからもオニタの訓練を続けていたら、わしは小休憩。縁側で微笑ましく見ているオニヒメの隣に座った。


「パパ、ありがとう。オニタもあんなに生き生きしてる」

「うんにゃ。本当は魔法やりたくなかったみたいに見えるよにゃ~」

「ウフフ。あの騒ぎはなんだったんだって感じね」

「ま、これで近々狩りに連れて行けるにゃ。オニタの初仕事、オニヒメもついて来るにゃろ?」

「いいの!? あっ……」

「にゃ~~~?」


 息子の活躍を見れるとオニヒメは興奮していたのに、急にモジモジし出したのでわしは不思議に思って顔を覗き込む。


「にゃっ! ゴメンにゃ。気付くの遅れたにゃ~」

「ううん。私こそ……」

「にゃに気にしてるにゃ~。わしがやっていいにゃ? リータたち呼んで来たほうがいいにゃ?」

「パパでいい……」

「わかったにゃ~」


 このやり取りは、お歳を召した方なら起こりうること。オニヒメも介護が必要だから、オムツは欠かせない。

 割合でいうと、リータとメイバイが7割。わしとコリスが3割でしもの世話をしているので、オニヒメもリータたちに気を遣ってしまっているみたいだ。

 とりあえずオニヒメの許可は出たので、わしは抱きかかえてお風呂に直行。オニヒメを専用のイスに座らせて、手際よくオムツを取ってお湯を掛けて洗ってあげる。


「パパ……こんなことやらせてゴメンね……」

「だからにゃに言ってるんにゃ。わしたちは親子にゃろ?」

「そうだけど……本当は、私がやる側だったのに……」

「わしは千年後にゃから、その時の子供に頼むから大丈夫にゃ。それに、こう見えてオニヒメの世話をするの、けっこう嬉しいんにゃよ?」

「そんなわけないじゃん……」

「だって~。オニヒメだけオムツ変えたことないんにゃもん。わしたちは、やっと本当の親子になれた気分だといつも言ってるんにゃ。オニヒメ……わしたちの子供になってくれてありがとうにゃ~」

「う、ううぅぅ……」


 わしはいいこと言ったと思ったのに、オニヒメが泣き出したのであたふた。


「にゃ、にゃんで泣いてるにゃ~?」

「パパが私のアソコ見たから~~~」

「にゃ!? それは許してくれにゃ~~~」


 たぶんオニヒメは照れ隠しで言ったのだろうけど、声が大きかったのでたまたま家の中にいたベティたちに「エロ猫」と言われるわしであったとさ。



 時が流れ、オニタのデビュー戦。玉藻と家康に護衛を頼んで、少しランクの低い黒い森にやって来た。


「オニタが働いてる……ううぅぅ~」

「にゃかにゃかいい動きしてるにゃ~」


 そこでは、王冠みたいな兜を被り、金棒やパンチキックで黒い獣を殴り殺すヴァイオレンスなオニタと、それを見て涙する車イスに乗ったオニヒメの姿があった。


「「「「「ううぅぅ~……」」」」」


 あと、その2人を見て涙する猫パーティと、オニタの父親のセンエンも……


 本当は猫パーティだけで来ようと思ったのだが、最近のオニヒメは体調が悪く、死期を知らないメンバーもタイムリミットが迫っているのは肌で感じているように見えた。

 なので、狩りをしてる余裕がない可能性もあったから、玉藻たちについて来てもらったのは大正解。

 この2人なら何百人という知り合いを送り出しているから、オニヒメのことを伝えても泣くこともない。二つ返事で「任せておけ」と護衛を引き受けてくれたのだ。


「アレが、オニヒメの息子にゃ。わしのパーティでも必ず結果を残してくれるにゃ」

「うん……もう、思い残すことはない。パパ、立派に育ててくれてありがとうございます」

「にゃに言ってるんにゃ。育てたのはオニヒメにゃろ? わしに素晴らしい孫を授けてくれてありがとにゃ」

「うん……オニタのこと、よろしくお願いします。ううぅぅ~」

「ほらほら~。泣いてたら、オニタの活躍を見逃しちゃうにゃよ~?」


 この日以降、オニヒメは寝たきりとなり、わしたちはオニヒメの故郷であるロシア北東部の猫帝国で過ごしている。

 ちなみに猫帝国って名前の由来は、リータたちがわしの石像を作りまくって勝手に名付けたから。本当は帝国って国の赤い宮殿と、周りには巨大なマンモスの群れがうろうろしているだけの場所だ。

 もちろんわしたちで暇な時間に復旧作業をしたので、いまでは新築かってぐらい赤い宮殿は外も中も綺麗になっている。


 その一室で、猫ファミリーに囲まれたオニヒメの寿命が尽きようとしていた。


「オニヒメ……よく頑張ったにゃ」

「パパこそ、この2日、寝てない、でしょ……」

「コリスと交代でやってたからへっちゃらにゃ~」

「フフ、お姉ちゃんも、ありがと……おかげで、オニタと、いっぱい、喋れた」

「うん……私もいっぱい喋れて嬉しかったよ」


 コリスは目に涙を溜めてオニヒメの頭を撫でる。実を言うと、シャーマンが予言したオニヒメの寿命は、2日前。

 オニヒメは寝ている時間が増えていたから言いたいことを全て吐き出させてやろうと、わしとコリスは交代で魔力を補充して延命していたのだ。


「もう、大丈夫。未練は、何もない」

「にゃはは。本当にゃ~? もう2ヶ月ぐらい余裕にゃよ~??」

「フフ……また、私に恥じ、掻かせたい、の。もう、魔力は、止めて」


 わしのジョークにオニヒメは付き合ってくれないので、全員に目配せしてわしも覚悟を決める。


「まぁにゃんだ……死の運命を乗り越え、こんにゃに長く、よく生きてくれたにゃ。本当にお疲れ様にゃ」

「うん。パパ、こんな私を、生かしてくれて、ありがとう。ママ、いっぱい愛してくれて、ありがとう。お姉ちゃん、かわいがってくれて、ありがとう。センさん、私にオニタを授けてくれて、ありがとう。みんな、今まで、ありがとう……」


 オニヒメの感謝の言葉に、全員耐えられなくなってすすり泣く。


「オニタ……次は、結婚だね。孫を抱けなくて、ゴメンね」

「母さん! 俺、いっぱい子孫残すから! 心配しないでいいから! ううぅぅ」

「うん。オニタ……私の、子供になってくれて、ありがとう。パパ……」

「うんにゃ。オニヒメ……良き旅をにゃ。おやすみにゃ~」

「おやすみ、にゃ~」

「「「「「おやすみにゃ~……ううぅぅ……」」」」」


 わしが魔力を止めて胸から手を離すと、オニヒメは静かに目を閉じ、寝息を立てて、その音はすぐに消える。


 オニヒメ、享年336歳ぐらい。それは、多くの家族に見守られた安らかな最後であった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る