猫歴37年にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。王様より技術者寄りで間違いない。


 ギョクロとナツが大学に入ったのでわしの得意な職人技を見せてあげたけど、学問とは関係ないので勉強に戻って行った。

 わしも毎日のように大学に顔を出し、2人の近くでうたた寝していたけど、リータたちに話が行って引きずり出された。2人から「邪魔!」って言われたらしい。

 めっちゃ怒られたので、しばらくは第三陣の子供たちと遊ぶことに精を出してカモフラージュしたら、警備の穴を縫って再び猫大に忍び込み、学長が呼んでいると嘘をついてギョクロとナツを呼び出してやった。


「「パパにゃ……」」

「そんにゃ嫌そうにゃ顔しないでくれにゃ~」


 わしがザ・理事長って感じのイスに座って待ち構え、2人が入って来たら振り向くと顔が曇りまくった。なので、わしはスリスリとスリ寄って、呼び出した理由を語る。


「ちょっと聞きたいことがあってにゃ~」

「聞きたいことにゃ?」

「ほら? 上の兄弟はみんにゃ長寿になったじゃにゃい? 2人はそのままでいいのかと思ってにゃ~」


 そう。このままでは、2人は長く生きても100歳ぐらいの寿命になると思われる。見た目が猫だか狸だか狐だかよくわからないから、ちょっと自信はない。

 仮にそれが正解だとして、先に産まれた兄弟は最低3倍は生きるから、そのことの本心を聞きたいから家では言い出せなかったのだ。


「私たちが早く死んだら、パパが悲しいってことにゃ~?」


 ナツはわしを心配してくれたので、泣きそうだ。


「まぁ……そうだにゃ。でも、多くの知り合いに先立たれることになるんにゃから、2人に同じ思いをさせたくないとは思っているにゃ」


 わしが本心をさらけ出すと、今度はギョクロから口を開く。


「正直、長く生きたほうが時間があるから、研究する上ではいいとは考えたにゃ。でも、それって、期限が決まってにゃい課題に取り組むみたいで、研究が遅くなるようにゃ気がするんにゃ」

「私たちもそのことは考えたにゃ。そしてギョクロの結論に至ったにゃ。でも、もうひとつ理由があるにゃ。私たちのママは普通の寿命にゃろ? だったら、私たちも同じように老いて行ってあげたほうがいいかにゃ~っと」

「そうそう。天国で待たせたら悪いもんにゃ~」

「ママに、どれだけ濃く生きたか語ってあげるんにゃ~」

「にゃんていい子にゃの!?」


 2人がいい子すぎて、わしの涙腺は破裂。まさか先立つ母親のためと聞いては、涙が止まるわけがない。

 しかしながら、2人は時間の無駄とか言って出て行こうとするので、必死に足に絡み付いて泣きやむのを待ってもらった。


「わしの子供になったせいでゴメンにゃ~」

「「もういいって言ってるにゃ~」」

「あと、天国とかにゃいし、死んだらすぐ他の体に魂が移るけど、お母さんのためだもんにゃ~」

「「にゃ……にゃに言ってるにゃ??」」

「にゃ~~~」

「「泣いてにゃいで説明しろにゃ~~~!!」」


 わし、失言。2人の母親は日ノ本生まれだから、仏教の死生観が自然と染み込みこの結論に至ったのに、わしが覆してしまったので迷っちゃいそう。

 ただ、わしの涙がなかなか止まらないので、待つのは時間の無駄だから「家で聞かせろ」とか言って出て行くのであった。

 ちなみに帰ってから死後の世界の話をしてあげたけど、神様の禁止事項に引っ掛かってどもりまくったから、2人に嘘つき扱いされて悲しくなるわしであったとさ。



 現代日本と遜色のない学力のあるギョクロとナツが大学でパソコンの勉強をすることによって、パソコン開発は加速。わしの色眼鏡ではそう見えている。

 2人は1年も勉強したら、パソコン開発部の即戦力になっているから間違いない。この分だとパソコンもスマホも2人が作ってくれそうだ。


 そんな2人を見守っていたら猫歴37年となり、家族でワイワイ楽しく暮らしていたら、さっちゃんから連絡が来た。いつもシリエージョに会いに勝手に訪ねていたからある程度は察しはついていたが、そろそろらしい。

 わしは朝から東の国に出向き、サンドリーヌタワー上階の一室に1人で入ると、ベッドで横になっている老婆のそばに腰掛けた。


「急に呼び出してゴメンなさいね」

「にゃに謝ってるんにゃ。わしとペトさんの仲にゃろ~」


 この老婆は、東の国元女王ペトロニーヌ。二度ものガン摘出手術を乗り越えたが、72歳の体にはこたえたらしく、最近は寝ている時間が長くなっていたのだ。


「それでもよ。国王のあなたから、丸一日も時間をもらうんだから」

「わしが暇なの知ってるにゃろ? 子供も全員、小学校に上がって遊び相手に困っていたところにゃから、感謝したいくらいにゃ~」

「ウフフ。相変わらずね」

「にゃはは。わしはにゃにも変わらないにゃ~。それで、今日はどうしたにゃ?」


 少し笑い合ってわしが話を振ると、ペトロニーヌは天井に目を向けた。


「もう私には時間がないから、最後にシラタマと思い出話がしたかったの」

「そうにゃんだ……じゃあ、にゃにから話そうかにゃ~?」

「ウフフ。やっぱり初めて会った時じゃない? 私は忘れていることが多いから、補足してちょうだい」

「わかったにゃ~。アレはわしがさっちゃんの部屋に住み始めて1週間後だったかにゃ~……」


 ペトロニーヌは死期を悟っているようだったので、わしは四の五の言わない。若い人なら「最後なんて言うな」と元気付けただろうが、この世界では60歳まで生きるなんて一握り。

 それなのに70代まで生きたのだから、大往生と言っても過言ではないからだ。それにわしはそんな人を100人近くも見送って来たのだから、よけいなことは言わないようにしているのだ。


 わしはペトロニーヌの隣に寝転び、日記や写真、動画も見ながら、2人で思い出話を語り合うのであった……



 思い出話はペトロニーヌが忘れているところが多かったので、わしが嘘つき扱いされて何度か険悪になったけど、夕方頃にはある程度終わったような気がする。


「こんにゃもんかにゃ~?」

「そうね……あの話はしたかしら? 戦争の話」

「帝国と戦った話はだいぶ前にしたにゃ~」

「それじゃなくて、西の国と南の国よ」

「にゃ? そのふたつとは戦争してないはずにゃんだけど……あ、わしが現れる前には小競り合いがあったとか聞いたことあるにゃ。それのことにゃらわしは詳しく知らないにゃよ?」

「そうね……そんなに大きな戦いじゃなかったわね。若い頃の話だからゴッチャになっていたわ」

「若い頃ってことは、それほど衝撃的な出来事だったってことじゃにゃい?」

「ええ……100人以上も若い騎士が死んでね……」


 この記憶はペトロニーヌはスラスラと喋っているので、わしは口を挟まずに終わるのを待つ。


「にゃるほどにゃ~。小競り合いが行き過ぎて大きくなってしまったんにゃ」

「ええ。些細なことやボタンの掛け違いだけで死者が出るなんてと、その頃の私は酷く驚いたわ」

「その経験があったから、ペトさんはいつも先手を打って他国を牽制していたんだにゃ~。帝国以外とは小競り合いもしてないにゃろ? さすがにゃ~」


 わしが褒めると、ペトロニーヌは小さく首を横に振った。


「いいえ。いまの平和があるのは、全部シラタマのおかげよ」

「にゃんで~?」

「昔、自分で言っていたでしょ。技術の輸出よ。猫の国だけでやっていれば、どれだけ利益を上げたことか……それなのにシラタマは、独占すると戦争になると言って、他国に譲っていたじゃない」

「そんにゃこと言ったかにゃ~?」

「言いました。だからどの国も、猫の国に追いつけと技術の発展に力を入れていたから、忙しくて戦争してる余裕がなかったのよ。本当はこれが狙いでやっていたのでしょ?」


 ペトロニーヌは確信して目を見て来るので、わしもお手上げ。


「それも狙いにゃけど、一番は技術の進化のスピードアップにゃ。猫の国産の技術だと、知的財産税を取られるにゃろ? それを取られないためには、研究して新しい技術を作らないといけないから、自然と進化していくってわけにゃ~」


 わしがここまで考えていたとは女王も思っていなかったらしく、目をパチクリしてる。


「でも、技術を出し過ぎて、他国はついて来るのでやっとだから失敗にゃ~~~」

「プッ……やっぱりシラタマはシラタマね。最後は必ず締まらない。ウフフフ」

「わしのせいじゃないにゃ~。ホウジツが勝手に技術を切り売りしたせいにゃ~」


 ペトロニーヌに笑われたので反論してみたが、そのホウジツを猫大の学長にしたのはわしだから、結局は返って来て笑われる。

 それからの思い出話は、わしが変なことをした場面ばかりされたので「覚えてない」と言ったけど、ペトロニーヌはこれだけはしっかり覚えてやがった。わしはマジで覚えてないから、作ってない?



 わしは少し納得できないけど、ペトロニーヌは楽しそうに喋っているので笑って聞いていたら、そろそろ時間だとメイドウサギが入って来た。

 なのでわしも腰を上げようと思ったけど、ペトロニーヌは鋭い視線でメイドウサギに「部屋に誰も近付けさせるな」と言って追い払った。


「急にどうしたにゃ? 昔の女王みたいにゃ顔になってるにゃよ??」

「今日呼び出したのは、思い出話をするためだけじゃないのよ。頼みがあるの」

「頼みにゃ~……」


 こんな顔でする頼みなんてだいたい察しがつくから聞きたくないが、ペトロニーヌはもう長くないだろうから聞くしかない。


「言ってみろにゃ」

「サティを……孫を……東の国を守ってください。お願いします」


 思った通りの頼み事だが、ペトロニーヌがここまで丁寧に頭を下げてまでお願いするとは思ってもいなかったので、わしも驚きだ。


「あ、頭を上げてくれにゃ~」

「じゃあ……」

「無理にゃことを言ってる自覚あるんにゃろ? さっちゃんや孫までにゃら人となりを知ってるから率先して守ってもいいにゃ。その後は、どんにゃヤツがトップに立つかわからないんにゃよ? どうしようもないクズにゃら、わしは守る気は起きないにゃ」


 希望の顔を少し見せたペトロニーヌであったが、ペトロニーヌもわしの答えはわかりきっていたみたいだ。


「その時は、エティエンヌの子孫を君主にしてくれたらいいから。シラタマが傍で教育してくれるなら、きっといい君主になれるはずよ。これで私は最後なんだから、お願いします。お願いします……」


 ペトロニーヌは体を重たそうに動かして土下座までするので、わしの根負けだ。てか、エティエンヌを婿に迎えたことが、そもそもの敗北だ。


「わかったにゃ。未来ににゃにが起こるかわからないから、最悪、東の国は猫の国に組み込むかもしれにゃいけど、王族はわしが生きている間は途切れさせないにゃ。それでいいにゃ?」

「ええ。それで構わないわ。子孫たちをお願いします」

「もう頭を上げろにゃ~。ちょっと死ぬからって、気弱になりすぎじゃにゃい?」

「ちょっとって……」

「その顔、その顔にゃ。ペトさんは、やっぱり女王の顔が一番似合っているにゃ。わしはその顔を一生忘れないにゃ~」

「最後まで説教されたいみたいね。ウフフ」

「にゃはは。お手柔らかに頼むにゃ~」


 こうしてこの日は、マジで泣きそうなぐらいの説教されて帰ったわしは、次の日からペトロニーヌがペットのように……孫のようにかわいがっていたわしの子供を連れて会いに行くのであった。



 マジ説教の5日後……


 ペトロニーヌは眠ったまま息を引き取り、次の日には盛大な葬儀が行われていた。

 わしは国王として参列し、さっちゃんの隣で棺が埋葬される様子を真剣に見ていた。


「シラタマちゃん……お母様、死んじゃった……」

「そうだにゃ」

「もう、叱ってもらえないのね……」

「そうだにゃ」

「お母様……」

「無理するにゃ。いまにゃら泣いたって、ペトさんは叱ったりしにゃいで抱き締めてくれるにゃ」

「う、うう……お母様ぁぁ~~~……」


 涙を我慢していたさっちゃんは、わしの一言で女王の仮面が剥がれ落ち、涙する。その涙に呼応するように、周りから泣きじゃくる声がとめどなく聞こえて来るのであった。


 ペトロニーヌ元女王、永眠す。


 彼女の功績は多種多様で、取り分けキャットトレインを世界中に普及したことと、ペトロニーヌ子供基金に尽力したことが歴史に深く刻み込まれたのであった……

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