猫歴30年その1にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。剣の師匠ではない。


 鉄之丈が宮本武史たけしと戦いたいとうるさいので、わしは猫の国に帰ってから会いに行ったら、宮本は行方不明になっていた。なのでイロイロ聞き回ったところ、山籠もりしているとのこと。場所も告げずに出て行ったらしい。

 そもそも宮本は60代も後半に入っているのだから、ここ10年ぐらいは狩りにも出ないで瞑想ばかりしていた。

 剣一筋でそれまで稼いだお金もほとんど使っていなかったから、余裕で暮らせると思っていたから好きにさせていたのがマズかったみたいだ。


 このままでは山で即身仏になり兼ねないと、猫パーティで大捜索。すると最後に目撃情報のあった、猫穴温泉市から徒歩3日もかかる洞窟で発見。

 やっと見付けたと理由を聞いたところ、何か閃きそうだからそっとしておいてほしいそうだ。しかし、こんな老人を独りにはしておけない。毎日一回は無線機で連絡するように約束させる。

 これが守られない場合は即座に連れ戻すと告げ、サバイバル生活で食う物には困ってなさそうだけど、保存食などを置いて立ち去るわしであった。



 それから差し入れをしつつ子育てや仕事をしていたらあっという間に月日が流れ、猫歴30年にもなったら、宮本から「帰るから迎えに来てくれ」と連絡が来たので、せっかくだから鉄之丈を誘って洞窟にやって来た。


「宮本先生~。来たにゃよ~? にゃっと」


 迎えに来いと言っておいて、宮本は沢の近くで座禅を組んで無視。聞こえてないのかと肩に触れようとしたら、刀が飛んで来たからわしは後の先でスウェーバック。すると宮本は笑いながら立ち上がった。


「わははは。虚を突いたのにかすりもせんか」

「宮本先生相手に無防備に近付くわけないにゃろ。構えてにゃかったら、避けられなかったにゃ~」

「なんだ。バレておったのか」

「いんにゃ。いつもやるからにゃ。たまには本当の無防備を見せたほうがいいにゃよ?」

「つい反応してしまうからな~……ま、一番弟子の助言だから、きいてやるとするか」


 ひとまず挨拶が終わったので、わしは鉄之丈を紹介した。


「おお。銀次郎殿の孫か。どことなく似てるな」

「そうかにゃ~? じい様はもっと鬼のような顔をしていたと思うんにゃけどにゃ~」


 わしと宮本が鉄之丈の見た目で盛り上がっていたら、鉄之丈は大声を出す。


「顔だけですか!? これでも俺は、自他共に認める日ノ本一の侍なんですよ!!」


 どうやら盛り上がるところが悪かったから、鉄之丈のプライドを傷付けたみたいだ。


「ほう……面白いことを言うな。拙者せっしゃを差し置いて、日ノ本一とな」

「いや、宮本先生……宮本先生は日ノ本で死んだことになってるにゃよ?」

「ええ。あなたはもう日ノ本一の侍ではありません。俺が証明してみせます!」

「いや、2人してわしを無視しにゃいでくんにゃい??」

「「ならば、剣で証明してしんぜよう」」

「ハモったか~~~」


 2人はやる気満々みたいなので、わしは審判役になるしかない。だってこの手の脳筋は、死んでも治らないんじゃもん。



「はじめにゃ~」


 宮本と鉄之丈の間に立ったわしが、やる気なさそうに開始を告げると、鉄之丈からゆっくりと間合いを詰めた。


「うっ……うおおぉぉ~~~!!」


 しかし、ある程度の距離まで近付くと足が止まり、前に出ようと気合いの雄叫びをあげるが、そこから動けなくなってしまっている。

 かたや宮本は、刀を一本だけ抜いて自然体のままピクリとも動かない。鉄之丈が声をあげようと、刀の構えを変えようとも、一切動きを見せない。


 それを見ているわしは、いつでも間に入れるように注視していたら、約1分後、2人の間に葉っぱが落ちた。

 その葉っぱが4つに割れた瞬間、鉄之丈は後ろに飛び退いて地面に頭をこすり付ける。


「参りました!」


 勝敗は、打ち合いもせずに宮本の勝利……


 と、いいたいところだが、2人は動いていないように見えて、脳内で数十回もの斬り合いをして勝敗がついたのだ。

 その斬り合いは、わしの頭の中にもハッキリと見えるほど。本当じゃぞ? 全て鉄之丈が真っ二つにされてたもん。猫、噓つかない。

 その証拠に、意思のやり取りだけで葉っぱが斬れたんだからな。これ、マジで! 触れてもいないのに斬ったのも、宮本先生。わしもビックリじゃ。



「なんとも優しい剣だな」


 わしが先程の戦いを誰もいないのに心の中で解説していたら、宮本が鉄之丈に声を掛けた。


「はっ! シラタマ王にも、俺の剣は怖くないと言われました。もしよろしければ、天下無双の、見る者全てに恐怖を与える剣……御教授願えないでしょうか!!」

「拙者の剣を、か……」


 宮本は一考して答えを出す。


「拙者の剣は、修羅の剣。もう時代にそぐわぬだろう……お前は、その優しい剣を極めてはどうだ? 意外と面白いことになるやもしれんぞ」

「いえ! 祖父に近付くには、修羅の剣が必要なのです!!」

「そうは言っても、拙者も寿命だ。教えることはできん」

「え……」

「どうしてもと言うなら、一番弟子から習え。殿は、拙者より遙かに恐ろしいぞ」


 宮本はわしに鉄之丈を押し付けようとしているけど、こんなかわいらしい猫が怖いわけがない。


「失礼だにゃ~。こ~んにゃかわいらしいにゃ~」

「ククク。力を隠しているのを拙者がわからないと思っておるのか? 最後にその力、拙者に見せてくれ。お頼み申す」

「う~ん……ビックリして死んでも知らないにゃよ?」

「本望だ」

「……わかったにゃ。心をしっかり持てにゃ。鉄之丈もにゃ。もう少し離れてろにゃ」


 宮本の望みなのだから、わしは鉄之丈が充分離れてから隠蔽魔法の解除。


「うわははは。思ったより化け物だったか! これほどの恐怖、家康公以上だ! わはははは」


 でも、宮本は大爆笑。頭のネジが吹っ飛んでる。鉄之丈はへたり込んでいるのに。


「では、そのまま斬ってくれ!!」

「馬鹿すぎるにゃ~。でも、その意気に敬意を表してやるにゃ。行くにゃよ~?」


 宮本が死にたいのなら、わしも手加減抜き。1秒間に百の斬撃を叩き付けて終わりとする。


「ま、まったく反応できなかった……」


 ただし、全て殺意を乗せた寸止めだ。


「いま、何回斬った? 10回か??」

「おお~。切り返した数は合ってるにゃ。通り過ぎる時に10回ずつ斬ったから、計100回が正解にゃ~」

「そんなに死んだのか! 拙者に死んだ数すら数えさせてくれないとは、天晴れだ!! わははははは」


 まだ笑っている宮本を他所に、わしは隠蔽魔法を掛け直してから刀を鞘に戻そうとしたが、それを止められる。


「待たれよ」

「にゃ~?」

「拙者の剣も、最後に受けてくれぬか?」

「別にかまわにゃいけど……その刀でにゃ? 黒刀じゃないと、わしに当たっても傷もつかないにゃよ?」

「少し前に、山籠もりしている理由を説明しただろ。その成果を見せると言っているのだ。鉄之丈には、いい勉強になるかもしれん」

「にゃるほど~……それはわしも見たいにゃ~」


 宮本武史は、宮本武蔵の子孫。五輪の書の先を見れるなら、わしも願ったり叶ったり。恐怖に震えたままの鉄之丈を間に立たせ、わしと宮本は離れた位置に移動してから同時に間合いを詰めた。


「それ以上、近付くなかれ」

「うんにゃ」


 わしは宮本の言う通り歩みを止めたら、中段に構えて攻撃を待つ。


「……にゃっ!?」


 その刹那、振り上げた宮本の刀はわしに迫り、逃げ遅れて左肩の薄皮を斬って血が飛び散った。


「い、いまのは……」


 わしは驚愕の表情で左肩を見ている。


「残念。反応されてしまったか」

「いや、見惚れて遅れたにゃ……」


 宮本の刀は、わしの目にはゆっくり動いていたのだが、その洗練された動作に見惚れて動き出しが遅れた。いや、体が動かなかったというほうが正しい。

 だが、わしの本能がそこから逃げろと警笛を鳴らし続けてくれたから、なんとか薄皮一枚の怪我でかわせたのだ。


「いまのはにゃに?」

「『無意の剣』と言っておこうか。殺意なしに斬る剣だ」

「にゃるほど……だから受けてもいいと思ったんだにゃ……でも、それだけじゃ説明つかないにゃ。にゃんでその刀で斬れたにゃ?」

「拙者にもよくわからんが、結局のところ、魔法ではなかろうか……エルフの斬撃気功とか言ったか? アレじゃないか??」

「いや、わしの知ってる気功じゃないにゃ。アレは斬れているように見えて、細胞を爆破しているにゃ。もっと違う次元の、空間を斬ったようにゃ……」


 宮本の攻撃の謎解きをしていたわしは、ハッとして気付いた。


「神の御業みわざにゃ……」


 そう。次元を斬り裂くことのできる天叢雲剣あめのむらくものつるぎに似たような魔法を、一介の剣士が使ったのだ。


「神の御業??」

「とある文献にだにゃ。神は時空を斬り裂いたとなっていたにゃ。つまり、わしを斬れた理由は、空間断絶……宮本先生はわしではなく空間を斬って、防御無視の攻撃をしたってことにゃ~」

「空間を斬ったとな……小難しい話はまぁいい」


 宮本は刀の先に触れ、わしの血を指で拭い、その血を舐めて笑い出す。


「ククク。普通の刀で殿を斬ってやったぞ。殿の誘いに乗ってここへ来てよかった……わははははは」


 やっぱりバトルジャンキーは気持ち悪いと思ったわしであったが、宮本がドスンと腰を落としたのでそばに寄った。


「そういえば、宮本先生を誘ったのはわしだったにゃ~。楽しめたようでなによりにゃ」

「うむ。剣に生き、その剣を死ぬまで振り続けたのだ。剣と殿には感謝しかない」

「にゃに遺言みたいにゃこと言ってるんにゃ~」

「惜しむらくは、殿を斬り殺せなかったことか……」

「……にゃ? 宮本先生??」


 宮本はわしの問いに返さず、生気なき顔を鉄之丈に向けた。


「お前に跡を託す。お前が無理なら子孫に託せ。拙者の最後の剣を後世に残し、殿を倒してくれ。頼んだからな……」

「は、はい!」

「……」


 最後まで喋り終えた宮本は顔がガクンと落ち、座禅を組んだまま安らかに息を引き取ったのであった……



「シラタマ王……」

「まぁ座れにゃ」


 宮本の死を確認したわしが対面に座り、酒瓶を取り出してお椀に注いでいたら、鉄之丈が心配そうに近付いて来たので隣に座らせた。


「さっきの話、聞いてたよにゃ?」

「はい……でも、俺には何をしたかもわかりませんでした」

「宮本先生は助言をしてたにゃろ? 優しい剣にゃ。宮本先生は、最後の最後に、優しさを身に付けたのかもにゃ~」

「ということは……」

「お前はそのままでも強くなれるということにゃ」


 わしの答えに、鉄之丈は拳を力強く握り込んだ。


「『無意の剣』だったかにゃ? それは鉄之丈がやるとして、わしは空間断絶魔法を開発してやるにゃ。んで、覚えたら2人で教え合おうにゃ」

「はあ……シラタマ王を倒せと言われたのに、シラタマ王と一緒に修行するのはどこか変ですね」

「ま、宮本先生の剣を超えるには、2人がかりじゃないと無理ってことにゃろ。いや、もしかして……」

「なんですか??」

「にゃんでもないにゃ。ほれ? お前も頭を下げろにゃ~」


 わしと鉄之丈は宮本に向かって土下座する。


「「ご指導ご鞭撻、ありがとうございにゃした」」


 そして礼を言い、3人で酒を飲む。宮本には口を湿らせるだけであったが、おそらく喜んでくれただろう。

 そんな静かな飲み会のなか、わしはこんなことを考えていた。


 宮本武史には、わしと鉄之丈が合わさって1人の人間に見えたのではないかと……

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