猫歴29年その3にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。化け物で合ってるけど、化け物とは呼ばれたくない。


 アメリカ大統領を脅したり褒めたりしてからついでに広瀬ララと再会したら、お互いのこの14年の話が盛り上がった。

 そうして食事も終わると、気になることも聞いておく。


「ジュマルって、あのあとどうなったにゃ?」

「あなたのおかげで、もう凄い活躍だったわよ。日本では……」


 ララの兄ジュマルは、スポーツ万能。日本では野球、サッカー、バスケットを2年契約で渡り歩き、全ての記録を大幅に更新したそうだ。

 もちろんワールドカップやオリンピックにも出場して、それらの競技で大活躍。さらに陸上の十種競技やマラソンに出て、世界記録を全て更新したらしい。


 そこから世界に羽ばたき、欧州ではサッカーのワールドチャンプに。アメリカでは大リーグで二刀流どころかスイッチピッチャーまでこなしたので、人気マンガの三刀流の使い手の名前で呼ばれたそうだ。

 だが、あっという間に記録を更新してNBAでも活躍したので、最終的には捻りもなくなって「忍者」と呼ばれていたんだって。


「にゃはは。やりすぎにゃ~」

「本当にね。でも、みんなが応援してくれるから手加減できなかったみたい」

「ま、本人が幸せなら、にゃによりだにゃ。てか、わしと同い年にゃからいまは31歳にゃろ? まだバスケやってるにゃ?」

「いえ。そこからは個人競技に移って……」


 三競技の記録を大幅に更新したジュマルは、柔道、ボクシング、フェンシング等々も渡り歩き、わしの教えた侍攻撃を使って総ナメ。ただ、冬のオリンピックにも鼻息荒く出場したらしいが、これは大こけしたらしい。


「ジュマルの身体能力で、どうしてそんにゃことになったにゃ?」

「ほら? お兄ちゃんって猫じゃない? 乗り物は苦手なのよ」

「スキーやスノボって乗り物にゃの??」

「本人いわく、足を自由に動かせないと、全て乗り物扱いになるみたい。日本の冬季オリンピック委員会は、期待していたメダルが取れなかったから意気消沈してたわよ。アハハハハハ」

「人の不幸を笑ってやるにゃよ~。いや、ジュマルに苦手な物があるから面白いのかにゃ?」


 ララは特定の人の不幸しか笑わない人。わしの不幸が大好物だったのだから、ジュマルの不幸も大好物みたい。


「んで、2人とも結婚はしたにゃ??」


 その笑い方は好きだけど、わしが笑われている気分になったので話を変えてみたら、ララはピシッと固まった。


「まだにゃんだ……」

「だって~。勉強で忙しかったんだも~ん。今回は学生結婚を夢見ていたのに、忙しくって忘れていたんだも~ん」


 ララとわしが結婚したのは、お互い30歳を超えてから。わしは戦争や心の傷のせいでお見合いが上手くいかず、ララも戦地に向かった帰らぬ婚約者を待っていたら行き遅れてしまっていた。

 ちなみに出会いは、わしの行き付けの飲み屋。わしが戦友の命日に、酒をコップ2杯だけ頼んで何やらブツブツ語っているところを、田舎から出て来て店員になったばかりのララに見られたことから。


 最初は女将さんにそっとしておけと言われたらしいが、毎回わしが最後に戦友のコップを一気飲みするから、ララはたまらなくなって「飲むんか~い!」ってツッコんだのだ。だってもったいないんじゃもん。

 そこからは、ララは「誰かに聞いてもらったほうが楽になるよ?」と勝手に対面に座って戦友の代わりに頷いてくれていたのだが、仕事中なのにチビチビ飲むから、わしも「お前も飲むんか~い!」とツッコんだのだ。


 そんな感じでゆっくり打ち解けて結婚したから、その当時としては遅い新郎新婦になった。だからララは、今回は早くに結婚して若いお母さんになりたかったらしい。



「お前はわかったけど、ジュマルもまだにゃの?」

「お兄ちゃんは、世界中を飛び回ってるからね。でも、私の親友がマネージャーしてるんだけど、いい感じらしいからそろそろかもね~」

「へ~。どんにゃ子供が生まれるか気になるにゃ~」

「人間しか生まれないわよ。あなたと違うの」

「そんにゃのわかってるにゃ~」


 ララに真顔でツッコまれたからには、わしもたじたじ。猫っぽい性格になるか知りたかっただけなのに……


「あ、そろそろ戻らなきゃ」

「忙しいんだにゃ~。じゃあわしは、撤退するにゃ~」

「え? もう行っちゃうの??」

「眠いの我慢して来てるんにゃ。明日もやることあるしにゃ~」

「じゃあ、こっちで寝てから帰れば? ちょっと手伝ってほしいことがあるのよ~」

「帰ると言ってるにゃ~~~」


 ララが尻尾を離してくれないので、わしは渋々ララに付き合うのであった。



 ひとまずララを病院に送ったら、わしは仮眠室に放り込まれたので、縦にも横にもデッカイ異人さんの胸の中で眠ることになった。だって、「キュート」とか言って離してくれないんじゃもん。

 それからしばらくして、ララに往復ビンタで起こされたら、わしは手術室で手術着を着ていた。


「えっと……にゃにやらす気にゃ?」

「手術よ。ちょっと難しい患者さんでね。時間との勝負だから、魔法で補助してほしいの」

「だったらこの人数はなんにゃ!?」

「「「「「まぁまぁまぁまぁ……」」」」」


 手術室も見学室も、大量の医者とナースが大集合。チラホラ患者もいない?

 なので、急ぎの手術には見えない。患者も若い男の子だから、たいした病気ではないとわしは思っていた。


「んで……にゃんの手術にゃの?」

「生体肝移植よ」

「大手術だにゃ!?」


 我が国ではまだ移植手術なんて手が出せないのに、ララは鬼だ。


「別にそっちの損にならない話でしょ? 見ておいて損はないはずよ」

「まぁそうにゃけど~」

「あなたの仕事は縫合よ。切るのは私たちがして、魔法で傷を閉じてくれたら、短時間で手術を終えられると思うの」

「それだけにゃんだ……でもにゃ~……」


 そこまでお膳立てされているならやってもいいかと思うが、わしは乗り気じゃない。


「何か心配事??」

「生体肝移植ってことは、他人の臓器をくっつけるんにゃろ? わしの回復魔法でくっつくかどうかわからないんだよにゃ~」

「なるほど……ちょっと待って」


 わしの心配に、ララは上司っぽい黒人男性と相談してから戻って来た。


「その時は、こっちでやるって。もしも違う場所から出血があった場合は、傷を塞ぐってことでどう? 向こうで実験するより安全じゃない??」

「う~ん……ま、やるだけやってみるにゃ。そのかわりデータや動画はもらうからにゃ?」

「やった! まずは隣の部屋でドナーから摘出するわよ~」


 確かに猫の国の医療に役立つし、猫の国でやるよりは遙かに安全なのでわしも許可する。ただし、開始は少しだけ遅らせてもらい、誰もいない部屋に入ってから助っ人を紹介する。


「この黒猫は、猫の国で医者をしているワンヂェンにゃ。見学だけ許してくれにゃ」

「にゃにこの人たち!? にゃにするにゃ!?」

「わ~! 真っ黒。会いたかったの~」

「撫でるにゃ~! ゴロゴロ~」


 助っ人とはワンチヂェン。寝ているところを拉致して来たので、事情をまったく知らない。なので、ララにモフられながら手術着に着替えさせられているうちに手術の話をしたら、是非とも見たいと言ってくれた。



「では、生体肝移植、ドナーの摘出手術を開始します」


 ララ先生による手術の開始。ドナーは患者の父親で、手際よく開腹して肝臓が露わになった。その間わしは特にやることはないので、ララの手先やナースの動きを見て、ワンヂェンはノートを持ってここと隣の手術室を行き来していた。


「よし。冷やして隣に運んで」

「ワンヂェンは先にあっち見ててにゃ~」

「わかったにゃ~」


 摘出された肝臓が移動すると、ワンヂェンは隣に掛かりっきり。わしはララの指示で傷を閉じる。


「ここ見える? この血管を押さえておくから、これだけ治して。できる??」

「にゃるほど……こうにゃ?」

「そうそう。やっぱり早いわね」


 普段は一気に傷を塞ぐのだが、順序があるらしいので回復魔法はピンポイントで掛けてあげたらララは褒めてくれる。そうして指示通りに回復魔法を掛けていたら、早くも何もなかったかのように父親のお腹は閉じられた。


「すっご……傷痕すら残ってない」

「まぁ魔法だからにゃ。サービスでウィルス除去の魔法も掛けておいたにゃ。血も失った分は補充されてるから、目が覚めたら退院できるかもにゃ~」

「魔法の効果も調べたいから逃がすわけないじゃない。次、行きましょう」

「にゃ……」


 父親はこれから無駄な多数の検査が待っていると察したわしは、手を合わせてからララと共にお着替え。手も綺麗になったら、男の子の手術室に入る。


「どうにゃ?」

「すっごく勉強になるにゃ~」


 そこで見ていたワンヂェンから話を聞いたら、肝臓の整形を丁寧に教えてもらっていたとのこと。ちょうど終わったところだったので、お腹を開いた男の子の前に立つ外科医の対面にわしは立ち、ララはわしの後ろから覗き込む。


「いいか? 少し繋ぐから、そこに魔法を使ってくれ」

「オッケーにゃ~」


 まずは実験程度に、外科医が軽く縫合した血管にわしの回復魔法。2人でルーペ越しに確認する。


「いけたかにゃ?」

「うむ……いや、数秒確認しよう」

「だにゃ」


 いちおう成功したように見えるけど、他人どうしの合体なので剥がれ落ちる可能性は無きにしもあらず。しかし、10秒経っても何もなかったかのようにくっついているので、周りから歓声があがった。


「よし! ドンドン行くぞ!!」

「おうにゃ~」


 その確認が終わったら、外科医の指示通りに肝臓の血管を1本1本スピーディーに繋ぎ、事故なく男の子のお腹は奇麗に閉じられた。


「パーフェクト! 手術は成功だ!!」

「にゃはは。お疲れ様にゃ~」


 こうして平行世界人共同の生体肝移植は、無事終了。この場にいる全員は、拍手で称え合うのであった。



 手術も終わり、外科医からのスカウトを断っていたらララが小声でレントゲン魔法を見せてくれと言って来たので、ララの頭の中に男の子の体の中の映像を送ってあげた。


「なにこれ……CTなんか目じゃない……血管まで脈動してる」

「そういえば、CTってただの写真だったにゃ~。これってエコーに近い物なのかにゃ?」

「いやいや。カラーのエコーなんて、AIが色付けしてるだけよ。これなら、もっと簡単に早く、ガンだって見付けられるわ」

「なんだと!? 見せてくれ!!」


 レントゲン魔法を見せたのは大失敗。生体肝移植はとんでもなく早く終わったのに医者が押し寄せたので、ワンヂェンと一緒に長々と手術室に閉じ込められるわしであったとさ。

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