猫歴25年その2にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。わしだって泣きたい。


 イサベレの最後の勇姿は涙涙で終わることとなったが、これで女王誕生祭は終わりではないので、わしはイサベレを抱いてジャンプ。泣き止まないイサベレは、涙でぐちゃぐちゃのさっちゃんに預ける。

 そしてシリエージョに「行けるか?」と聞いて、涙をハンカチで拭ってあげたら、抱き締めて闘技場に飛び下りた。


『え~。イサベレは、長きに渡りよくやったと思うにゃ。だから、新しい道に進むことを、こころよく応援してやってくれにゃ。イサベレの旅立ちに温かい拍手にゃ~』


 お通夜のような会場に、わしは火を入れる。その火はまばらな拍手から始まり、大きな拍手の業火へと変わった。


『んじゃ、にゃん代目かはわからないけど、イサベレの跡を継ぐ者を紹介するにゃ。この子は、わしとイサベレの娘、シリエージョにゃ。母親の意志を継ぎ、立派に東の国を守ってくれるにゃ。にゃ?』

『はっ!』


 わしが紹介すると、シリエージョは大きな声で返事をして一歩前に出てから、レイピアを右手で高々と掲げた。


『わたくしシリエージョを若輩者とあなどるなかれ。まだ母の域には届いていませんが、父や母に鍛えられたので、東の国の騎士の中では一番強いです! 必ずや東の国の敵となる者を撃退してみせます!!』

「「「「「わああぁぁ!!」」」」」


 シリエージョの名文句が決まり、観客は湧き上がる。わしはグッと来たが、いま泣くと娘の頑張りが無駄になり兼ねないので必死に我慢だ。


『さてと……わしの出番はここまでにゃ。新女王様、あとは頼んだにゃ~』


 さっちゃんに目配せすると両手で丸マーク作っていたので、繋ぎはここまで。わしは1人で闘技場を出て、さっちゃんの声が微かに聞こえる廊下でうずくまるのであった……



 女王誕生祭は夜になると閉幕。今日はサンドリーヌタワーとかいう恥ずかしい名前の付いたビルで後夜祭をやるらしいので、わしも拉致られている。


「まだ泣いてるの?」

「だって~。イサベレもシリちゃんも立派だったんにゃも~ん。にゃ~~~」

「私は!?」


 闘技場の廊下でメイバイたちに回収されたわしであったが、涙を我慢したせいで止まらなくなっている。でも、さっちゃんが褒めてほしいとめっちゃ揺するので、急に止まった。


「さっちゃんは、反省点が多すぎにゃい?」

「どこが!? ……と、言いたいところだけど、感情が出すぎたわね。まぁお母様は世界一周の旅をしてるから、見られなくてよかった~」


 さっちゃんはペトロニーヌに叱られないと安心しているみたいだけど、わしは言っておかないといけないことがある。


「残念にゃお知らせがありにゃす……」

「なに? 急に改まって……」

「ペトさんはキャットタワーでテレビ放送を見てるにゃ~」

「はあ!? なんでそんなところにいるのよ!?」

「1ヶ月ぐらい前に押し掛けて来たんにゃ~」


 東の国では、女王を引退したら世界旅行をする習慣があるらしく、例年で言ったら3年近くは帰って来ない。これは新女王に変に口出ししないためでもあるが、女王になるとめったに他国に出れないからハメを外すためでもあるらしい。

 だがしかし、わしが列車なんか作ってしまったからには、移動時間が減ったから数ヶ月で終わってしまった。なのでペトロニーヌも東の国に帰るに帰れずに、うちに居候しているのだ。

 ちなみにさっちゃんのお婆さんとお爺さんも、途中から列車移動に変わって予定より早く終わったからって、うちの旅館に1ヶ月ぐらい滞在していた。


「シラタマちゃ~ん。一緒に謝りに付いて来て~~~」

「イヤに決まってるにゃろ!!」

「ジラダマち゛ゃ~~~ん!!」


 さっちゃんが号泣して離れてくれないし、わしの帰る家はキャットタワーなので、翌日には2人でペトロニーヌの説教を受けるのであったとさ。



 猫の国に帰り、さっちゃんもチビるくらい怒られて東の国に帰って行ったら、わしは離れで放心状態。ボーっとしていた。


「こんな所にいたのね……なにビクッとしてるのよ?」


 そこにペトロニーヌがやって来たので、わしの体はビクッと揺れたっぽい。そりゃ、さっちゃんと一緒にチビりそうな説教を受けたんだから当然だ。


「もう謝ったんだから許してくれにゃ~」

「別に説教しに来たわけじゃないわよ。というか、あなたがサティと一緒にいるから、トバッチリを受けたのよ」

「にゃ? ひょっとして、わしって怒られ損にゃ??」

「ええ。感謝したいほどだったんだけど……なんか勢いでね」

「だったらさっちゃんと離してから説教してくれにゃ~~~」


 ペトロニーヌはてへって顔をしてるから、わしを怒る予定ではなかったのは本当なのだろうけど、およそ半々で怒られたから本当かどうかは疑わしい。


「まぁいいにゃ。じゃあ、感謝の言葉を死ぬほどよろしくにゃ~」

「わかったわ。ちゃんと受け取ってね? まず、サティの暗殺未遂から……」

「そこからにゃ!?」

「死ぬほどって言うから、溜まってた分をね」


 どうやらペトロニーヌはいつもわしが感謝を受け取らないから、この機会に言おうとしたらしい。だが、わしはそんなむず痒いことは聞きたくないので、結局は断っちゃった。ペトロニーヌには「シメシメ」って顔をされたけど……


「まぁイサベレの最後だけは、感謝させて。あのままではグダグダになっていたわ。ありがとう」

「もう、アレはわしも必死だったにゃ~」

「ウフフ。初めて王様に見えたわよ」

「にゃ? 今回が初めてにゃ? マジにゃ??」

「ウフフフフフフフ……」

「どっちにゃ!?」


 ペトロニーヌは気持ち悪い笑い方をしていてどっちかわからないので、昔、王様みたいとか言われたようなことがあったのを数えてみたら片手で収まる程度だったので、初めてと言っても過言ではないと肩を落とすわしであった。



 それからしばらくしてイサベレがキャットタワーに越して来たけど、ペトロニーヌがまだ滞在していたので、護衛みたいになってる。


「ほら~。ペトさんがいるからイサベレがゆっくりできないにゃろ~」

「イサベレ。お互い引退したんだから、縁側でゆっくりと思い出話でもしましょ?」

「帰れと言ってるんにゃ~~~」


 わしがなんと言ってもペトロニーヌは出て行かないので、わしは元王配のアンブロワーズと晩酌。


「いや、オッサンもここに馴染みすぎにゃ~」

「まぁいいではないか。俺ぐらいだぞ? お前の愚痴に付き合ってやれるのは」

「いっつもわしが付き合ってやってるんにゃろ~」


 確かに愚痴を言い合う相手なんて数少ないので助かるが、妻たちにバレた時が怖いからお互いジャブ程度の愚痴しか言えない。本気で愚痴る時は、外に飲みに出た時だけだ。


 そんなこんなでペトロニーヌはわしの子供たちをモフモフしたり、小中大学校を視察したり、技術を融通しろだとか脅したりして帰って行ったのであった。



 ようやくペトロニーヌたちが帰ってゆっくりできると思ったけど、今度はイサベレの元気がない。狩りに誘っても参加せずに、縁側に腰掛けてボーっとしているので心配だ。


「イサベレさん、どうしたのでしょう?」

「ここのところ、一日中ああしてるニャー」


 リータとメイバイも心配なのか、わしと一緒に隠れて見ている。


「アレは、燃え尽き症候群だにゃ」

「「燃え尽き症候群??」」

「スポーツ選手やずっと働き詰めだった人がなりがちにゃんだけど、今まで頑張って来たことを全て取り上げられたら、頭の中が真っ白になってやる気が起きなくなっちゃう病気なんにゃ。わしも前世ではなったにゃ~」

「シラタマ殿がニャ? そんなに仕事してるのイメージできないニャー」

「失礼にゃ~」


 メイバイがわしをバカにするので前世の頑張りをクドクドと説明してやろうとしたら、リータが邪魔する。


「私も信じられませんけど、事実なんですよね?」

「リータも酷いにゃ~」

「てことは、シラタマさんは治す方法を知っているのですよね??」

「まぁ……でも、解決方法は人それぞれだからにゃ~。酷い場合は精神科の病院に通うんにゃ。あ、うちでも精神科が必要だにゃ~」

「そんなことより、いまはイサベレさんニャー!!」


 話が脱線しかけたのをメイバイが戻してくれたので、わしが立ち直った方法を教えてみたけど、駅前留学やボランティアは、イサベレには当て嵌まらないみたいだ。


「う~ん……要は、趣味とかで忙しくしたらいいんにゃけど、唯一の趣味っぽい狩りにもついて来ようとしないんだよにゃ~」

「確かに重症ですね……」

「他に何かなかったかニャー?」

「「う~ん……あっ!?」」


 リータとメイバイは同時に効果のありそうなことを思い付いたみたいで説明を受けたけど、2人の口から聞きたくなかったわ~。

 とりあえず決定事項らしいので、わしは服をひん剥かれ、イサベレの前にポイッと投げ捨てられたのであった。



「ダーリン……」


 わしに気付いたイサベレは、裸にはツッコんでくれないので恥ずかしい。ただ、離れの入口ではリータとメイバイが「行けっ!」だとか「押し倒せ!」だとか口パクしているので、何かアクションしないことには逃がしてくれないだろう。


「ちょっと失礼するにゃ~」


 ひとまずイサベレのヒザの上に乗ったら、わしは唇を奪った。


「なに?」

「いや~……こっち来てから、まだ一回もそういうことないにゃろ? 今晩どうかにゃ~っと思って……」

「あんまり気分じゃない」

「わしが気分なんにゃ! がるるぅぅ!!」

「あ、こんなところで……」


 わし、猫なのに狼になる。ただ、リータとメイバイが手の指の隙間から見てるので、まったく集中できない。向こう行ってくださいよ~。


「ダーリンがそう来るなら私はこう!」

「いにゃ~~~ん!」


 けど、イサベレに火がついたので、この日はすんごいことになったとさ。

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