猫歴11年その4にゃ~


「な、何をおっしゃっているのでしょうか……」


 ソウ市にある出版社の社長室に怒鳴り込んだヒショウ市長は、真ソウジャーナルの黒幕なのにわしの顔を見た瞬間すっとぼけてやがる。


「真ソウジャーナルを読んだからここに来たんにゃろ? そういう無駄にゃやり取り飛ばしてくんにゃい?」

「くっ……」


 ヒショウは悔しそうな顔をして数秒黙っていたので、わしは観念したと受け取って対面に座るように促した。


「さってと……どこから話そうかにゃ~?」

「いったいいつから……」

「あ、疑いを持ったところかにゃ? そりゃ、あんにゃに頻繁にうちに来てたら、にゃにかやろうとしてるのは見え見えにゃ~」

「そんな昔から……」

「敗因は、お前がわしをニャメすぎってところだにゃ」


 わしが負けを突き付けると、ヒショウはキッと睨む。


「私の負け? どちらにしても税金を使って贅沢三昧をしていたのだから、国民の怒りが消えるわけがない」

「それ、社長ともやり取りしたから省いてくれにゃ~」

「ここが一番の肝なのだから、見逃せるわけがない!!」

「お前にゃ~。真ソウジャーナルちゃんと読めにゃ~。ここ。ここに全て載ってるにゃ~」


 説明が面倒なので、使い込みの件が詳しく載っているページをわしは指差す。そこには、猫の国の財政と王族の家計簿、ハンターギルドや商業ギルドからの振り込み状況、わしが寄付しているお金の使い道が載っている。

 さらには、国民がわしを擁護している文章と、ヒショウが嘘の証言をしたことを怒っている内容も。


「う、嘘だ……」

「まごうことなき事実にゃ。ま、わしがボランティアしているのは、初期メンバーぐらいしか知らないんだよにゃ~」

「どうして隠すのですか!」

「お前みたいにゃ反乱分子を炙り出すためと言えば、わかってもらえるかにゃ?」

「うっ……」


 少し声の大きくなったヒショウは、わしに嵌められたと知ってあっという間に黙ってしまった。


「あとにゃ~。聞く相手が悪すぎるにゃ。べティとノルンちゃんって、わしをおちょくることが趣味なんにゃ。そんにゃヤツを信じちゃダメにゃ~」

「本当に嫌っているように見えたのに……」

「べティはいろいろあるからにゃ~。てか、わしを嫌ってるヤツってのは、平気で嘘つくに決まってるにゃ。市長のようににゃ」


 わしが嘘つきと罵ると、ヒショウは反論する。


「猫会議では、いつも『上手くやってにゃ~』としか言わないじゃないですか。自分の意思はないのですか!」

「最初に言ったにゃ~。民主化してるってにゃ。その決定に、できるだけ口を挟まないようにしているだけにゃ。ここ1年は、古株しか案を出していなかったもんにゃ~。みんにゃ民のためを思った政策しか出してないんにゃから、反対する必要もないにゃろ?」

「それでも、王の意思が……」

「わしは民の意思を尊重してるんにゃ。国とは民あってのものにゃ。王の意思を尊重していたら、また帝国みたいにゃ国に戻るけど、それでいいのかにゃ?」

「わ、私は……」

「あ、そうだったにゃ。市長は甘い汁を吸ってた組だったにゃ。そんにゃの知られたら、みんにゃどう思うんにゃろ~? って、もう遅いにゃ」

「え……」


 わしは真ソウジャーナルの後半を開いて、記事を指差す。


「賄賂に豪遊……帝国時代の市長はけっこう派手にやっていたみたいだにゃ。たまたま猫耳族の奴隷をそばに置いていなかったから助かったようにゃけど、それは差別して見たくなかっただけらしいにゃ」

「な、なんで詳しく私のことをこんなに……」

「だから、わしをニャメすぎだと言ってるんにゃ」


 ヒショウは記事に目を通して、顔を真っ青にして顔を上げた。


「その次のページが面白いんにゃけど、読まないのかにゃ?」

「ま、まさか……」

「早く読んでくれにゃ~。それとも読めない理由があるのかにゃ~?」

「いえ……」


 ヒショウは震える手で真ソウジャーナルのページを捲ると、そこには「ソウ市長、税金を私的流用」とのスクープ記事。きっちりお金の流れも証拠と共に載っている。


「あ~あ……わしを非難するだけにゃら許してやったんにゃけどにゃ~。せっかくの期待の新人市長が使い込みってにゃ~。これ、どうやって弁解する気にゃの?」

「こ、これは……」

「百歩譲って、真ソウジャーナル立ち上げは目を瞑ってよかったんにゃけどにゃ~……選挙で民衆を買収したあげく、その補填に税金を使うってアホにゃの? お前はそこそこ持ってるんにゃから、ケチケチするにゃよ~」

「……」


 ヒショウは反論もできなくなってしまったので、わしは立ち上がる。


「そろそろ頃合いだにゃ。行こうにゃ~」

「ど、どちらへ……」

「市役所にゃ。市民も集まっているだろうし、自分の口で懺悔ざんげしろにゃ」

「そ、そんなことしたら、私は……」

「罵詈雑言だろうにゃ~。石ぐらい投げつけられるかもにゃ~。辞めろと大合唱だろうにゃ~。でも、それが市長のやらかしたことにゃ。せめてその声を聞いて、それにゃりの罰を受けろにゃ。じゃにゃいと、この場でわしが斬り捨てるにゃ」

「……はい」


 ヒショウは命よりも処罰を選んだので、乗って来た公用車にウロと共に乗り込み、ソウ市役所の宮殿へ直行。その道中、市民に囲まれる事態となったが、わしが公用車の屋根に登ると市民は下がって道を開けた。

 そこで音声拡張魔道具を取り出し、宮殿広場に集まるように宣伝して進み、公用車から降りて市役所のバルコニーに出ると、3人で顔を見せる。


 その瞬間、ヒショウへの非難の声が弾け「辞めろ」だとか「処刑」だとかの大合唱となるのであった。



『はいにゃ~。そろそろ静かにしてくれにゃ~。いい加減にしにゃいと、のど痛めるにゃよ~?』


 5分ほど市民にガス抜きさせたら、わしが司会をしつつ宥め、静かになったらヒショウを一歩前に出す。


「ほい。そんじゃあ市民に言いたいことがあるにゃら、好きにゃように言ってくれにゃ~」


 音声拡張魔道具をヒショウに渡したら、わしは一歩離れて第一声を待つ。


『ソウ市民の皆様……皆様の応援を裏切る行為をしてしまい、申し訳ありませんでした。今回の件に関与しているのは、私1人だけです。罪を認め、私は猫陛下の決めた処罰を受ける所存です。重ね重ね、本当に申し訳ありませんでした」


 ヒショウが頭を下げ、また非難の声が大きくなるなか、わしは隣に立って声を発する。


『と、市長は謝ってるんにゃし、今回の件は許してやってくんにゃい?』


 すると、全員ポカン。ヒショウなんか、二度見どころか四度見して固まった。そりゃ、一番裏切られているはずの王様の言う言葉とは思えないのだろう。


『使い込みしたお金も返してくれると言っていたし、どうにゃろ??』


 次のわしの言葉に、ヒショウは口をパクパクしているだけであったが、市民からは「許せない」って声が大多数だ。


『まぁにゃ~。君たちがそう言うのはわからんではないにゃ。でもにゃ。市長を決めたのは君たちにゃ。わしへの恨み、甘い言葉、賄賂……事情は様々あっただろうにゃ。その歪んだ気持ちが前市長の功績を全て打ち消したから、今回の結果となったんにゃ。つまりは、君たちの失敗でもあるってことは忘れるにゃ』


 わしが諭すように言うと、市民の声はなくなった。


『失敗にゃんて、誰でもにゃん度かやるもんにゃ。ましては国にゃんて、長い歴史を歩んで行かないといけないんにゃから、これから先、数多くの失敗をしていくはずにゃ。その失敗を真摯に受け止め、改善してこそ国が成り立つんにゃ』


 わしは左手を横に振って声を大にする。


『今回の失敗は、みにゃの失敗にゃ! だが、この失敗は後退じゃないにゃ! 前進にゃ! みにゃで良くなる方法を考えて、さらに明るい未来に前進しようにゃ~~~!!』


 わしが叫ぶとどこからかパチパチと拍手が鳴り、数が増え、大きな音となるのであった……



 市民の鳴りやまぬ拍手に対してわしは解散を告げ、ヒショウとウロを連れて市長室に移動する。そこでソファー席に腰掛け、まったりとコーヒーブレイク。

 ヒショウとウロもコーヒーに口をつけてはいるが、わしが完全にだらけきっているのでどうしていいかわからず、肘で牽制しあっている。


「あの……」


 さすがに処刑までを覚悟していたヒショウのほうが負けて、口を開いた。


「どうして私を許すのでしょうか……」

「第一声が謝罪だったからにゃ。もしもあのとき開き直っていたら、わしは容赦なく首をねていたにゃ。命拾いしたにゃ~。にゃははは」


 ヒショウは首をさすりながら生唾を飲み込んだ。ちなみにこれは、わしの嘘。ただの脅しだ。


「ぶっちゃけ言うと、わしとしてはこういう事態になるのを待っていたんだよにゃ~」

「ど、どういうことでしょうか?」

「だってあんにゃ粛清をしたわしにゃよ? 冷酷非道だと思われるじゃにゃい? そんにゃわしが失敗を許したらどう思うにゃ??」

「あ……恩情ある王に……」

「ビンゴにゃ~。助かるにゃ~。にゃはははは」


 わしが笑うと、してやられたという顔をするヒショウたち。


「それに遅かれ早かれ失敗するのは目に見えていたからにゃ。早いうちに起きたほうが傷は浅いにゃろ?」

「つまり私は、知らないうちに猫陛下の策略を手伝っていたと……」

「にゃはは。それも正解にゃ~。でも、税金を私的流用したのは許してないからにゃ。金返せにゃ」

「は、はい。しかし、雑誌社立ち上げで、そこまでの資金が……」

「そっちはわしが持つから、自分の懐に入れた分を返してくれたらいいにゃ」

「寛大な処置、有り難うございます」


 ヒショウは大袈裟に感謝の言葉を述べるが、まだ終わっていない。


「あとは有権者への賄賂だにゃ~」

「あ……あっ!」

「忘れてたにゃ?」

「申し訳ございません!」

「本当は失職ものにゃけど、今回の選挙ではわざと罰は決めてにゃかったから、1年間10%の減給にしといてやるにゃ」

「わざと? も、もしかしてこれも……」

「にゃはは。どれぐらい違反する奴が出るか調べてたんにゃ~」

「か、勝てない……」

「にゃ~はっはっはっはっ」


 全てはわしの肉球の上。いいように踊らされたヒショウは、これよりわしに絶対服従した家臣として働くのであった……



 その日の夜。リータとメイバイに事の顛末を報告したら……


「上手く行ったのはわかりましたけど、真ソウジャーナルが出た時はどうしてあんなに焦っていたのですか?」

「全て計画通りってわりには、すんごい焦りようだったニャー。本当に計画してたニャー?」

「アレは2人がめっちゃキレてたからにゃ~」

「「怪しい……」」

「ゴロゴロゴロゴロ~」


 王妃2人の手の上で撫で回されるわしであったとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る