第32話 空母全滅

1942年9月18日


「ケイト、来ます!」


 TF16(第16任務部隊)に所属している「レンジャー」の艦橋に、レーダーマンから報告が上げられた。


「取り舵一杯! 絶対に被弾を許すな!」


 「レンジャー」艦長マイケル・クラーク大佐は多数のケイトが輪形陣の内部に侵入するや否や、操舵室に詰めているジョージ・バーク航海長に転舵を命じた。


 今日の海戦が始まる前、太平洋艦隊及びTF16が保有している空母は2隻だったが、たったの1時間前「ワスプ」が撃沈された。


 遡ること1時間前、「ワスプ」にはケイトの雷撃によって魚雷3本が命中。「ワスプ」は舵を破壊され、火災炎が艦内を席巻し、現在は艦の大半は海面下に消えているとの事だ。同艦に乗艦していたTF16司令官のレイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将の安否も不明である。


 他に巡洋艦・駆逐艦数隻ずつが損傷したとの情報も入ってきている。


 「レンジャー」が転舵を開始する。「レンジャー」は基準排水量16578トンと比較的小型の空母のため、動きは俊敏だ。


 「レンジャー」の右舷を航行していたアトランタ級軽巡「サンファン」の姿が後方に流れ、前方を航行していたニューオーリンズ級重巡「ミネアポリス」の姿が艦橋にいるクラークの視界に入ってきた。


 対空砲火自慢の「サンファン」や最新鋭のフレッチャー級駆逐艦が5インチ両用砲を撃ちまくり、ケイトが次々に海面に叩きつけられる。


 敵機が墜落していく度に、「レンジャー」の飛行甲板上で歓声が上がり、その光景を見ていたクラークもひょっとしたら「レンジャー」が助かるのではないか、「レンジャー」は明日以降も変わることなく、作戦に参加しているのではないかと思い始めていた。


 だが、日本軍機は勇敢だった。


 味方が墜とされても、墜とされても、怯むことなく「レンジャー」との距離を詰めてくる。


「射撃開始!」


 護衛艦艇の対空砲火だけでは、全てのケイトを防ぎきる事は出来ぬと見たのだろう、ジェイ・ボーダ砲術長が対空射撃開始を命じ、5インチ両用砲、12.7ミリ単装機銃40門が海面に向かって射撃を開始した。


 「レンジャー」の飛行甲板の両縁に間断なく発射炎が閃き、砲声と衝動が艦橋にまで伝わってきた。「レンジャー」の対空砲火は大西洋から太平洋に回航される際に大幅に強化されており、「レンジャー」が対空砲火を盛んに打ち上げる様は、活火山さもありなんであった。


「ケイト1機撃墜! 2機撃墜!」


 見張り員が報告を上げ、歓声が上がる。


 被弾したケイトがその場で投雷するが、悪あがきでしかない。投下された魚雷は明後日の方向に消えていった。


 ケイトの編隊の後方から3機のF4Fが襲いかかった。同士討ちも恐れず、12.7ミリ弾を放ち、その執念の火箭は3機のケイトを叩き落とした。


「ヴァル!」


 誰かの叫び声が艦橋内を木霊した時、突如、「レンジャー」の上空に出現したヴァル4機が1番機から順に投弾し、引き起こしをかけ、離脱していった。


 ヴァルの大多数は、護衛の巡洋艦・駆逐艦に投弾していたはずだが、まだ投弾せずにチャンスを狙っていた機体があったのだろう。


 これは完全に「レンジャー」に対し不意打ちとなり、2発が立て続けに飛行甲板前部、4番両用砲付近に命中した。


 高角砲付近に命中した爆弾は両用砲1基を天高く吹き飛ばし、飛行甲板に命中した爆弾は、僅か25ミリの装甲を貫通し、格納庫内で炸裂した。


 不調のため出撃できず、格納庫内に置かれていたF4F、ドーントレス、アベンジャーが薙ぎ払われ、即座に使い物にならなくなる。


 火災が発生し、格納庫内の前部の温度が急上昇を始めるが、クラークにとってそんなことはどうでも良かった。


 後方から「レンジャー」に迫ってきていたケイトが、「レンジャー」の左舷に回り込む。


 両用砲、機銃座がケイトの動きに合わせて旋回し、1機、また1機とケイトが被弾墜落してゆく。


 先頭の指揮官機と思われるケイトが魚雷を投下し、直後、そのケイトは右翼から火災炎を噴き出し始めた。


「艦橋総員、衝撃に備えろ!」


 被弾したケイトの機首が艦橋に向き、搭乗員も思惑を悟ったクラークは反射的に叫んだ。


 機銃弾が集中されるがケイトは墜落せず、火災炎が全体に回り、灼熱の塊と化したケイトは艦橋の横っ腹に命中した。


 艦橋の壁が大きくたわんだ――そうクラークが思った直後、火焔が艦橋内を席巻し、クラークを始めとする「レンジャー」の幹部達の意識は同時に消失した。


 そして、指揮系統が麻痺した「レンジャー」の下腹にケイトから投雷された魚雷が次々に命中する。


 まず艦尾に1本が命中し、左舷前部から後部にかけて等間隔に4発が命中する。


 機関室が即座に動力を停止させ、ダメージ・コントロールチームが復旧作業を開始するが、その努力は艦内に侵入を開始した濁流によって跡形もなく押し流される。


 「レンジャー」がミッドウェー沖20海里の海域に没することはもはや決定事項であった・・・


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2022年10月11日 霊凰より






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