第30話 ベテランの操艦

1942年9月18日


 乙部隊旗艦「蒼龍」が舷側に被弾し、黒煙を噴き上げながら停止する様は、「飛龍」艦橋からも確認することができた。


「取り舵20!」


「宜候! 取り舵20!」


 加来止男「飛龍」艦長が敵機の動きを見て転舵を命じ、航海長の服部勝二中佐が即座に復唱を返した。


 乙部隊に攻撃を仕掛けてきたB17、B25は零戦の迎撃によって多数の機体を喪失しており、各々小隊規模の突撃になっていたが、序盤でいきなり「蒼龍」が被弾し、全く油断はできなかった。


 「飛龍」の対空砲火が吠え猛る。


 「飛龍」の対空砲・機銃の装備数は6月のミッドウェー海戦時の時点で12.7センチ連装高角砲6基12門、25ミリ3連装機銃7基21門、同単装機銃17門であったが、内地に帰還後に増設が計られ、現在は12.7センチ連装高角砲8基16門、25ミリ3連装機銃10基30門、同単装機銃21門となっている。


 針鼠と化した飛行甲板両縁から盛んに火箭が放たれ続け、「飛龍」が艦首を左に向けて転舵を開始した。


 真っ正面から低空を突っ込んできたB25が、「飛龍」の手前100メートルで腹に抱えてきた爆弾を全て投下し、それらは水切りの原理を応用して「飛龍」に向かってきた。


 帝国海軍にとって初見参の爆撃方法であったが、加来の転舵命令は適切であり、1発の被弾も「飛龍」に許さなかった。


 投下した爆弾が命中せず、悔しそうに離脱してゆくB25の胴体に複数の火箭が吸い込まれる。


「敵1機撃墜! 上空のB17も1機撃墜!」


 砲声と喧噪に負けじとばかりに見張り員が大声で報告を上げ、その声に水中が弾け、爆発する音が重なった。


 遙か上空を飛行しているB17が高度5000メートルから投弾を開始したのだろう。「飛龍」の艦首前方、左舷、右舷、後方に次々に水柱が奔騰し、水中爆発の衝撃が艦底部を突き上げ、「軽微な浸水あり!」との報告が上がってくる。


 加来は周囲を見渡し、次の転舵のタイミングを計っていた。「蒼龍」の被弾によって乙部隊の航空戦力は25%減となっており、「飛龍」は何としても守り切らなければなかった。


「敵2機、後方より接近!」


「新たな敵3機、左舷より接近!」


 続けざまに2つの新たな報告が上げられ、「面舵一杯!」を下令した加来の目に、B25と「飛龍」の間に割り込んできた駆逐艦「磯風」の姿が飛び込んできた。


「『磯風』!」


 その光景に驚いた艦橋内の誰かが短く叫んだ。


 「磯風」艦長豊島俊一中佐の考えは明らかだ。「磯風」を盾にしてでも、「飛龍」を守ろうというのだろう。何とも見上げた自己犠牲の精神といえた。


 左舷より接近していた3機のB25が駆逐艦と激突してはかなわないと言わんばかりに爆弾を相次いで投下していった。


 3機のB25から投下された爆弾は20発以上。その内、3発が「磯風」に命中した。


 艦首、中央部、艦尾に等間隔に狙い澄ましたように命中した500ポンドクラスの爆弾は、いずれもが陽炎型駆逐艦の薄っぺらい舷側装甲を貫通し、艦内で炸裂した。


 こうなってくると復旧の見込みはなく、「磯風」は急速に左舷に傾き、沈下を開始した。


 多数の「磯風」乗員が艦外に身を投げ出し、「『磯風』轟沈!」の報告が上げられた所で「飛龍」が2度目の転舵を始める。


 後方から迫ってくるB25は針路を大きく変えた「飛龍」の動きに巧みに追随してくる。


 高角砲も、機銃群も「飛龍」の後方に射弾を集中させるが、B25は落ちない。


 2基のエンジン音が急速に接近し、それが耐えがたいものにまでなったとき、2機のB25は「飛龍」の艦橋上空を通過していった。


 再び「飛龍」に向かって爆弾がばらまかれ、旨く水面上を反跳しなかった爆弾が水中で爆発し、長大な水柱を作り出す。


 崩れた水柱が「飛龍」の飛行甲板上に大量の海水を叩きつけ、次の瞬間、艦体が熱病の発作のように震えた。


(当たったか!?)


 加来が心の中で叫び、冷や汗をかいたが、この時「飛龍」は被弾した訳ではなかった。


 「飛龍」の真下深くに潜り込んだ爆弾が炸裂し、これまでにはない力で「飛龍」を突き上げたのだ。


 艦全体を襲った振動によって高角砲や機銃座を担当していた水兵が数名、海面に投げ出されてしまったが、致命的な損害ではなかった。


 この後、胴体から派手に黒煙を噴き上げているB25が1機、少し離れた位置から爆弾を投下していったが、狙いが不正確であり、命中せず、そのB25は投弾後に力尽きたように海面に滑り込むようにして消えていった。


 「飛龍」に迫ってきていたB25はこれで最後だった。「飛龍」を守るために「磯風」が轟沈し、「飛龍」自身も艦底部を激しく痛めつけられたものの、航空機の発着艦機能を喪失せずに済んだのだ。


 だが、乙部隊全体としての空襲がまだ終わった訳ではなかった。


「敵約10機。3航戦に迫る!」


 見張り員が3航戦の「隼鷹」「飛鷹」に迫る敵機を報告したのだった。


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2022年10月9日 霊凰より









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