第29話 反跳爆撃
1942年9月18日
ハワイ・オアフ島より発進した第231爆撃群に所属する66機のB25「ミッチェル」は第199爆撃群に所属する49機のB17と共に、空母4隻を基幹とした日本軍機動部隊――司令部呼称「タイガー」を目指していた。
「左下方に航空機。攻撃を終えたTF16のF4F、ドーントレス、アベンジャーのようです」
第231爆撃群の18番機で側面機銃座と無線を担当しているルイス・カーニー中尉は、機内電話を通じてアーレイ・モーラー大尉に情報を伝達した。
カーニーの報告通り、この時、爆撃群の下をTF16の艦載機が通り過ぎていった。彼我の相対速度が時速800キロを優に超えるため、それらが視界に入ったのは一瞬であったが、目が良いカーニーは一足先に攻撃を終えた友軍航空隊の損耗具合を見逃してはいなかった。
3機種共に被弾損傷している機体が大半であり、特にドーントレスは飛んでいるのが不思議な位の損害を受けている機体もかなりの数であった。
友軍の奮戦を否定はしたくないが、「タイガー」を攻撃したTF16の第2次攻撃は失敗に終わったと断定してよいだろう。
「来たぞ! ジークだ!」
モーラーの叫びがレシーバー越しに響いた。
多数のジークが下方から槍のように突き上がってきた。
カーニーは1機のジークに狙いを定め、躊躇なく12.7ミリ旋回機銃の発射ボタンを押した。
6月のミッドウェー海戦で幾多の日本軍機を葬った12.7ミリ弾が華奢なジークを容易く撃墜する光景をカーニーは脳内で描いたが、そうはならなかった。
ジークのパイロットは急降下や水平旋回などの技術で、B25から放たれた火箭を空振りに終わらせている。
「1機被弾!」
尾部銃座を担当しているジェームズ・トロスト曹長から悲痛な声が聞こえ、カーニーも後ろを振り向いた。
被弾したのは、ジェイ・クラーク大尉が機長を務める19番機のようだ。20ミリ弾多数が命中したのか、片方のエンジンは既に停止しており、セルフシーリングタンクが剥き出しになっていた。
「19番機墜落!」
トロストが間髪無く19番機の墜落を報せてきたが、僚機を痛んでいる余裕は18番機にはなかった。
1機のジークが前方から、同じく1機のジークが後方から18番機を母艦に近寄らせまいと最高速度で突っ込んできた。
B25の機体が右に左にと交互に揺れ始めた。機長のモーラーがジークの狙いを僅かでも狂わせるべく操縦桿を左右に倒しているのだろう。
機体の揺れによって機銃の狙いが付けにくくなったが、カーニーは訓練で鍛え上げた自分の腕を信じてジークに向かって1連射を放った。
そして・・・
「よし!」
側面機銃座より放たれた火箭がジークに吸い込まれたのを見たカーニーは、快哉を叫び拳を握りしめた。
撃墜までいったかは分からなかったが、カーニーは命中率の悪い旋回機銃でジーク1機を撃退することに成功したのだ。
「前方、敵艦隊! これより高度を落とす!」
モーラーがそう宣言し、蒼空の景色が上へ上へとスクロールし始めた。
第231爆撃群はこの攻撃で、新戦術の「反跳爆撃(航空機で攻撃目標の手前に爆弾を投下し、爆弾を水面低く跳ねさせて目標に激突させる爆撃法・水切りの原理に似ている)」を実施するように命令されており、それを実行するために、危険を承知で高度を落とすのだ。
作戦部のお偉方は「必勝の戦法」と息巻いていたが、この戦法がどれ位の効果があるのかは、やってみないと分からなかった。
爆撃群が高度を落としている間にも、B25は1機、また1機と被弾してゆく。
燃料タンクを貫通されたB25が、鈍い音と共に爆発し、機体の過半が灼熱に包まれたかと思いきや、尾翼を吹き飛ばされたB25が大きくバランスを崩し、これまた墜落してゆく。
「高度4000! 3500! ・・・2500!」
航法を担当するロバート・ベンソン少尉が高度を読み上げる。その声は完全に震えていたが、18番機に向かってくる新たな敵機はいなかった。
隊長機が高度200メートルで機首を引き起こし、18番機もそれに倣った。
敵艦隊の輪形陣が近づき、ジークの迎撃がやみ、その代わりに「タイガー」に所属している4隻の空母を守る護衛艦艇から放たれる対空射撃が爆撃群を迎えた。
コンゴウ・タイプと思われる戦艦が主砲を1斉射放ち、18番機の後方でその内1発が炸裂した。
「・・・!!!」
爆発の閃光が、防弾ガラスに反射し、カーニーは目をつむった。
巡洋艦、駆逐艦から放たれる高角砲弾、機銃弾も盛んに飛んでくるが、18番機は1発も被弾することなく、突き進み、モーラー機長は敵空母1番艦に狙いを定め、爆弾の投下レバーを引いた。
重量物を切り離した反動で、B25が浮き上がる。
B25は戦果を確認することなく、ひたすらに輪形陣の外を目指していたため、カーニーやモーラーが戦果を確認することはできなかったが、この時、18番機より切り離された500ポンド爆弾8発は、水面上を突き進み、その内2発が敵空母の舷側に吸い込まれた。
敵空母1番艦は艦底部から黒煙を噴き出し、その場に停止する。
18番機は見事「反跳爆撃」を成功させたのだった。
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