第28話 水面下からの刺客
1942年9月18日
「アベンジャー1機撃墜!」
「『加賀』面舵! 『瑞鶴』面舵!」
水柱に突っ込んだアベンジャーの撃墜が報され、次いで、「加賀」「瑞鶴」の動きが見張り員によって大野に報された。
「加賀」艦長岡田次作大佐と、「瑞鶴」艦長野元為輝大佐は、零戦の迎撃と護衛艦艇の対空砲火だけでは敵機を防ぎきる事は出来ぬと見て転舵を命じたのだろう。
「第2分隊長、第3分隊長、射撃開始せよ!」
則満砲術長が12.7センチ連装高角砲を統括している2人の分隊長に射撃開始を指示した。
一拍置いて、8基の12.7センチ砲の1番砲が一斉に咆哮した。
轟音が「鈴谷」の甲板上を駆け抜け、8発の12.7センチ砲弾が音速の2倍以上の初速で放たれる。
3秒後、2番砲から更に8発の砲弾が放たれる。
「加賀」「瑞鶴」を肉迫にするドーントレス、アベンジャーの周囲に次々に黒煙が湧き出す。
第1射、第2射は空振りに終わったが、第3射が炸裂した時、ドーントレス1機の片翼が根元からちぎれ、第5射が炸裂した時、アベンジャー1機のコックピットの防弾ガラスが粉砕される。
ドーントレス、アベンジャーから発せられるエンジン音が聞こえ始め、それが耐えがたいものになったのと同時に、則満は機銃群を統括している第4分隊長に射撃開始を命じた。
大幅に増設された25ミリ3連装機銃、同単装機銃が一斉に火蓋を切り、蘭印名物のスコールを思わせる弾幕が天地逆さの勢いで突き上がる。
機銃弾のスコールにドーントレス、アベンジャー各1機が真っ正面から飛び込む形となり、その2機は機首と言わず、胴体と言わず、エンジンと言わず、あらゆる所を撃ち抜かれて白煙を噴き出しながら、力尽きたように墜落していった。
「厳しいな!」
「鈴谷」の高角砲・機銃群の射程外に消えてゆくドーントレス、アベンジャーを睨みながら、大野は呟いた。
ドーントレス、アベンジャーの数は零戦隊や「鈴谷」「秋月」の奮戦によって激減していたが、それでも全機を防ぎきる事は出来なかったのだ。
「鈴谷」の後方では「加賀」「瑞鶴」が回避運動を続けている。
ドーントレスが投弾、アベンジャーが投雷して輪形陣から脱出してゆき、大野は「加賀」「瑞鶴」の無事を心から願った。
最終的に「加賀」「瑞鶴」の飛行甲板が叩き割られる事も、艦底部に大穴を穿たれることもなかった。
「加賀」「瑞鶴」は空襲を無事に切り抜けたのだ。
甲部隊の正規空母2隻の無事に大野は胸をなで下ろしたが、悲劇はその直後に起きた。
唐突に、見張り員より、
「『祥鳳』被雷!」
との報告、否、絶叫が聞こえてきたのだ。
「何だ? まだ敵の攻撃機が残っていたのか?」
「祥鳳」の被雷に対し、大野はまだ投雷を終えていないアベンジャーがいたのかと思ったが、艦橋から周囲を見渡した限り、アベンジャーらしきものは確認できなかった。
「?」
大野は首を傾げ、何が起こったのか全く分かっていなかったが、そうしている間に、2度目の悲劇が甲部隊を襲った。
「『利根』被雷!」
今度は「鈴谷」の左舷側を航行していた「利根」の舷側に魚雷命中の水柱が伸び上がった。
「利根」の喫水線下から白煙が噴き出し、艦内にもダメージが入ったのか赤黒い爆炎が「利根」の艦上を包み込み始めた。
大野が「『利根』もやられたか!」と叫んだが、「利根」の受難はまだ始まったばかりであった。
直後、魚雷命中のそれとは明らかに異なる異質な音が「利根」の艦底部から聞こえてきたのだ。
大量の黒い塵が巻き上がり、大野が目を見開いた瞬間、巨大な火柱が「利根」の後甲板直下から奔騰した。
「・・・!!!」
その瞬間を見た、大野を始めとする甲部隊の将兵は一様に言葉を失い、「利根」の艦後部4分の1が断裂し、海上に漂流し始めた。
おびただしい黒煙によって「利根」の姿は全く見えなくなっており、兄部勇次艦長以下869名の乗員の生死も恐らく絶望的だろう。
ここにきて大野は2つの事を理解した。1つは魚雷被害は水面下に潜んでいるであろう米潜水艦からのもので、「利根」の轟沈は搭載していた魚雷の一斉誘爆によってもたらされたものであるということだ。
甲部隊は混乱の極地に叩き込まれていた。
「加賀」「瑞鶴」の2隻は海面下に何隻存在しているかすら不明の米潜水艦の魚雷攻撃を回避すべく、右に左にと転舵し、僚艦の「祥鳳」を傷つけられた2航戦の「瑞鳳」「龍鳳」も25ノット以上の速力で回避運動を開始する。
潜水艦がいると思われる場所には、10戦隊の駆逐艦が急行し、爆雷投下を開始する。
「不味いな・・・。甲部隊はまだ1回も敵機動部隊に対して攻撃隊を出撃させていないのだぞ」
燃える「祥鳳」と、「利根」の沈没地点の2カ所を交互に見つめながら、大野は呟いた。
甲部隊の混乱は暫く続き、完全に落ち着きを取り戻すのは1時間後の事であった・・・
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2022年10月7日 霊凰より
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