第27話 改造巡洋艦「鈴谷」
1942年9月18日
「さあ、進化した本艦の力を見せるときが来たぞ! 総員持ち場で全力を尽くせ!」
甲部隊の輪形陣の左方を固める巡洋艦「鈴谷」の艦橋で、艦長大野竹二大佐は全乗員に檄を飛ばし、艦内各所から「応!」といった声が返ってきた。
「加賀」「瑞鶴」「祥鳳」「瑞鳳」「龍鳳」の5空母から発進した80機余りの零戦隊は敵攻撃隊に対し、戦闘を優位に運んでいる。
F4F、ドーントレス、アベンジャーは次々に火を噴き、接近してきた敵機の3分の1以上が墜落乃至離脱していた。
だが、それでも全ての敵機を防ぎきる事は出来ず、零戦の迎撃を切り抜けた敵機が輪形陣の内部に侵入しつつあった。
「本領発揮だな」
大野はそう独語し、艦橋直下に配備されている多数の機銃群と、艦の後部に集中的に配備されている高角砲を相互に見やった。
第7戦隊の僚艦であった「最上」が沈んだ6月のミッドウェー海戦で、「鈴谷」も敵軽巡からの猛射を受けて、第4主砲、第5主砲が大破した。
艦体のダメージも相当なもので、「鈴谷」は長期間の戦線離脱を危惧されたのだが、この「鈴谷」の状況を奇貨と捉えた平賀譲海軍中将が「鈴谷」に思い切った改装を施したのだ。
大破した第4主砲、第5主砲を完全に撤去し、その跡に40口径12.7センチ連装高角砲4基を装備させ、空いているスペースにも25ミリ3連装機銃多数を装備させる改装――即ち、「鈴谷」を対艦攻撃を重視する船から、対空戦闘を重視する防空巡洋艦へと生まれ変わらせたのだ。
重巡の命とも言われている水雷兵装も完全廃止されており、「鈴谷」の後部はまさに針鼠さながらの外観を有していた。
「艦長より砲術。輪形陣の内部に侵入してくる敵機の内、『加賀』と『瑞鶴』を狙う敵機に射撃を優先させよ。発砲のタイミングは射撃指揮所に一任する」
「砲術より艦長。輪形陣の内部に侵入してくる敵機の内、『加賀』と『瑞鶴』を狙う敵機に射撃を優先させます。発砲のタイミングは射撃指揮所の方で判断します」
大野は指示を出し、艦橋トップの射撃指揮所に詰めている則満宰次砲術長から緊張した声で復唱が返ってきた。
「鈴谷」は大分前から発砲準備を完了させており、砲術長の命令あり次第、砲撃開始できる態勢であったが、甲部隊の中で、最初に砲門を開いたのは、「鈴谷」ではなかった。
「『榛名』射撃開始しました!」
後部見張り員から報告が上がり、次いで強烈な砲声が大野の耳に飛び込んできた。
甲部隊の配属されている2隻の金剛型戦艦の内1隻――「榛名」が4基8門の36センチ主砲から対空戦闘用の36センチ砲弾、通称「三式弾」を発射したのだ。
30秒後、空中の8カ所に爆炎が湧きだし、数百発の焼夷榴散弾、弾片が敵編隊の頭上から降り注いだ。
この瞬間、誰もが敵機が一網打尽に墜落していく様を頭の中で想像したが、そんな都合の良い事は起こらない。せいぜい数機のドーントレス、アベンジャーが黒煙を噴き出し、黒煙を噴き出し離脱していく程度である。
それでも敵編隊を更に分断することには成功しており、敵編隊は完全にバラバラになっていた。
こうなってくると「榛名」の36センチ主砲に2度目の発砲の機会はなく、それに入れ替わるように第10戦隊の軽巡「長良」、駆逐艦7隻が砲撃を開始した。
砲撃を開始した10戦隊各艦の中で、一際大野の目を引いたのは新型防空駆逐艦の「秋月」であった。
「秋月」は日本海軍で初めて設計・建造された防空戦闘艦秋月型駆逐艦の1番艦であり、全長134.2メートル、全幅11.6メートル、基準排水量2700トンの艦体に65口径10センチ連装高角砲4基8門を始めとする多数の対空兵器が装備されているとの情報を大野は知り合いを通じて仕入れていた。
「秋月」の左舷側を通過しようとしたドーントレス2機が立て続けに火を噴き、海面に叩きつけられて飛沫を上げる。
「・・・!!!」
それを見た大野は目を見開き、前甲板からも歓声が上がった。期待の新鋭艦の登場に「鈴谷」乗員も喜びを爆発させているのだろう。
「秋月」は強力な弾幕を張り、それを見たドーントレス、アベンジャーの搭乗員達は「秋月」を敬遠し、他の場所から輪形陣の内部に侵入してきた。
「砲術より艦橋。射撃開始します!」
射撃指揮所から報告が届いた直後、艦の前部に配置されている3基6門の20センチ主砲が火を噴いた。
防空巡洋艦となった「鈴谷」の真髄は8基16門の12.7センチ高角砲(元から装備されていた分4基+増設分4基)であったが、それらはまだ敵機を射界に捉えていないため、沈黙していた。
大野は対空戦闘に関して、詳しい知識がなかったため、20センチ主砲で高速で飛行する敵攻撃機を撃墜できるかどうか懐疑的であったが、則満の判断は的確であった。
20センチ主砲は斉射されたため、6発の20センチ砲弾が「鈴谷」から放たれた訳だが、それらは全て海面に向かって撃ち込まれ、長大な水柱を生み出した。
「なるほど!」
大野は則満の考えを見抜いた。20センチ主砲で敵機を撃墜することは確かに困難だが、奔騰する水柱を用い、敵機を海面に叩きつけることは可能であると則満は対空戦闘開始前から確信していたのだろう。
奔騰した水柱にアベンジャー1機が突っ込み、そのアベンジャーはバラバラになって波に飲まれていったのだった。
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