第4章 第2次ミッドウェー海戦

第25話 先手を取られる

1942年9月18日


「ミッドウェー守備隊宛て打電せよ。『3艦隊到着。ミッドウェー守備隊の日々の奮戦に敬意を表す。輸送船多数を引き連れてきた上、安心されたし』」


 第3艦隊司令官南雲忠一中将は旗艦「赤城」の通信室を呼び出し、通信長に上記の文を打電するように命じた。


「各空母から索敵機を発進させますか、長官?」


「無論だ」


 3艦隊参謀長草鹿龍之介少将の言に南雲は力強く頷いた。


 3艦隊の現在位置はミッドウェー島北東だ。3艦隊は南雲が直率する「甲部隊」と、山口多聞少将が率いる「乙部隊」の2部隊に分かれており、甲部隊と乙部隊は20海里の距離を開けて布陣していた。


 甲部隊に所属している大小5隻の空母――第1航戦隊「赤城」「瑞鶴」、第4航空戦隊「祥鳳」「瑞鳳」「龍鳳」が一斉に風上に向かって突進を開始し、飛行甲板から索敵機が次々に発進していった。


「今回は前回の戦いとは違い、敵機動部隊との戦いに集中できるから有り難いな」


 索敵機が発進を完了し、第1次攻撃隊の参加機が飛行甲板上に敷き並べられてゆく中、南雲は呟いた。


「敵機動部隊は何処からどう仕掛けてくるでしょうか?」


 源田実首席参謀の問いに対し、航空参謀の古村啓蔵中佐が発言した。


「可能性として高いのは、3艦隊の東の海域に展開している場合でしょう。ミッドウェーが我が軍の手に落ちた以上、米軍もオアフ島のB17を始めとした陸軍航空隊と連携を取ってこの戦いに挑んでくるはずです」


 古村の意見に対し、草鹿が意義を唱えた。


「ミッドウェー海戦に置いて、B17などの4発重爆から投下された爆弾は命中率が極端に低いということが判明している。米軍もそれが分かっている以上、B17などの足の長い陸軍機の助力は求めないのではないか?」


「参謀長は敵機動部隊が何処に展開しているとお考えですか?」


「現時点では分からぬが・・・。あらゆる可能性を検討すべきだろうな」


(航空戦は先手を取れるかどうかが全てとまでは言わぬが、非常に重要だ。どっちが先手を取るかによって戦況は如何様にも様変わりするだろう・・・)


 参謀長や参謀達が意見を闘わせている中、南雲は腹の底で呟いた。


 ここから1時間は何も起きなかったが、ミッドウェー現地時間午前6時31分、状況は一気に動き始めた。


「対空用電探、感あり! 方位220度、距離8000~10000!」


 ミッドウェー海戦後に「赤城」が整備のためにドック入りしたときに、試験的な意味合いで「赤城」に搭載された22号電探が反応し、電測長井上伸也大尉が、緊張した声で報告を上げてきたのだ。


「零戦隊は何をやっている!」


 源田が叫んだが、帝国海軍には電子機器を用いて膝下の航空機を誘導する手段を持たないため、零戦搭乗員が目視で敵索敵機を発見できない限り、いかんともしがたかった。


 敵索敵機――ドーントレスは零戦に遭遇することなく、甲部隊上空で電波を発信していった。


 敵機動部隊の陣容、所在地などが一切分からぬ中、甲部隊は敵に発見されてしまったのだ。


「不味いですな・・・。現在5空母の飛行甲板上には、零戦、99艦爆、97艦攻が燃料・弾薬を満タンにして敷き並べられています。もし、この状態で直撃弾の1発でも命中しようものなら・・・」


 源田の顔が見る見る内に青ざめた。艦載機の列に、敵降爆から投下された爆弾が飛び込み、空母の飛行甲板が火焔地獄になる様を脳内で想像したのかもしれなかった。


「長官! 今すぐ攻撃隊を発進させましょう! 敵機動部隊はきっと西にいるはずです!」


「だめだ。不確実な情報を元に攻撃隊を発進させることはできない。敵機動部隊が西に展開しているというのは我が方の一つの予想にすぎないのだからな」


 源田が攻撃隊の即時発進を具申したが、南雲は却下した。索敵攻撃という手もあったが、採算が未知数な道に踏み出し、何十発の爆弾・魚雷を無為に失うことはできなかった。


「長官。飛行甲板に並べられている99艦爆、97艦攻を全て格納庫内に収容し、代わりにありったけの零戦を発艦させてはいかがでしょうか?」


 少しの間考え込んでいた草鹿か南雲に自分の意見を伝えた。


「敵が発見できないというのなら、いっそ防戦に徹するという考えか。面白いな」


 南雲は笑みを漏らした。


 空母部隊同士の戦いに置いて、防戦に徹するという戦いは過去に例がなく、どう転ぶかは未知数であったが、南雲は草鹿の意見が単純にベストだと感じたのだ。


「攻撃隊発艦中止」との命令電が「赤城」以外の4空母に伝えられ、99艦爆、97艦攻がエンジンを切られ、艦載機用エレベーターが動き始めた。


 格納庫内に99艦爆、97艦攻が次々に下ろされ、腹に抱えていた250キログラム爆弾、魚雷を外し、手空き要員が弾火薬庫内にそれを戻してゆく。


 空になったエレベーターには、格納庫内で出番を待っていた零戦が乗せられ、飛行甲板へと上げられてゆく。


 やがて、5空母の飛行甲板から次々に零戦が発艦し始めたのだった。












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