第19話 必中の雷撃
1942年6月12日 夜
「主砲目標敵軽巡1番艦、射撃開始!」
TF3の戦艦部隊2番艦「メリーランド」砲術長モートン・デヨ大佐は「ヤマシロ」の撃沈確実を確認した直後、敵水雷戦隊への対処を求められた。
「軽巡2隻、駆逐艦10隻以上接近してきています!」
見張り員が絶叫の叫びを上げ、「メリーランド」を第1射を放ち、モートン以下の「メリーランド」全乗員が一撃撃沈を願ったが、当たらなかった。
敵水雷戦隊は軽巡を先頭に立て、真一文字で突き進んでくる。
「右舷両用砲、目標敵軽巡1番艦!」
今になって思い出したかもようにモートンは両用砲群の射撃開始を命じた。戦艦同士の撃ち合いとは違い、10000トン前後の軽巡に対する砲撃なら12.7センチ砲、7.6センチ砲でも十分に威力を発揮するはずであった。
2種類の両用砲が小気味よいテンポで射撃を開始し、敵軽巡1番艦、次いで2番艦も「メリーランド」に対し、砲撃を仕掛けてきた。
「メリーランド」から放たれた砲弾が命中する前に、敵軽巡から放たれた14センチクラスと思われる砲弾が「メリーランド」に命中したが、「メリーランド」の分厚い装甲は歯牙にもかけない。主要防御区画に命中した敵弾はただ弾き返されるのみである。
だが、装甲が張り巡らされていない、もしくは薄い上部構造物はそうもいかない。
直撃弾を受けた両用砲1基が跡形もなく爆砕され、機銃座が1基、また1基と使用不能になってゆく。
1番艦「コロラド」、3番艦「ニューメキシコ」も照準を敵水雷戦隊に切り替え、36センチ砲弾の直撃を喰らった敵駆逐艦1隻が爆沈したが、敵水雷戦隊は次々に転舵を開始した。
「敵水雷戦隊、1番艦から順に魚雷投下した模様!」
魚雷投下位置としては少し遠いように感じられたが、敵水雷戦隊は次々に投雷していったようだ。「コロラド」「メリーランド」「ニューメキシコ」の猛射に恐れをなしたのかもしれなかった。
敵水雷戦隊からの魚雷投下が確かに確認され、程なくして「メリーランド」が転舵を開始した。ジェームズ・コラソン艦長が放たれた魚雷を回避すべく航海室に転舵を命じたのだろう。
敵水雷戦隊の姿が右舷側から後部に流れ、前方にミッドウェー島の陸地が視界に入ってきた。
「コロラド」「ニューメキシコ」も転舵を開始したが、全ての魚雷を回避することはできなかった。
まず、「メリーランド」の後方から連続して2度、炸裂音が聞こえてきた。その音はフソウタイプ、イセタイプの主砲弾が命中した時の音とは比較にならないほどの轟音であり、天が切り裂けるのではないかと思わせる程であった。
「『ニューメキシコ』被雷2!」
「・・・!!!」
基準排水量3万トン越えのニューメキシコ級戦艦が魚雷2本の命中くらいで沈むことはないが、この海戦の終盤で主力の戦艦が1隻、更に戦線から離脱したことには違いなかった。
1番艦「コロラド」は、艦首付近に被雷の水柱が奔騰する。この直前まで21ノットの最高速度で航行していた「コロラド」の巨体が熱病の発作に苦しむように痙攣し、速力がみるみる内に半減した。
「どうだ・・・、躱せるか・・・?」
夜間であり、艦橋トップの射撃指揮所から放たれた魚雷の雷跡など確認できるはずもなかったが、モートンも海面を凝視せずにはいられなかった。
「雷跡1、本艦右舷を通過!」
「雷跡2、本艦後方を通過!」
見張り員から報告が上がり、その度に射撃指揮所が歓声に包まれる。
このまま、全ての魚雷を回避出来るかと思ったが、見張り員の絶叫を聞いたとき、モートンは「メリーランド」が被雷したことを悟った。
被雷とほぼ同時に長大な水柱が天を突き破らんばかりの勢いで奔騰し、その水柱が崩れる前に新たな水柱が別の場所より伸び上がる。
被雷の度、「メリーランド」の艦体は大きく揺さぶられ、徐々に艦が左舷側に傾斜してゆく。
副長が即座に復旧の指示を出そうとしたが全く間に合わない。
被雷箇所からは轟然たる勢いで海水が侵入を開始しており、乗員が数人がかりで渾身の力を込めて防水扉を閉じようとする。
防水扉は辛うじて閉じ、乗員達は束の間安堵したが、新たなる被雷によって浸水が増大し、その防水扉もぶち破られる。
防水扉を破った海水の流れ同士が、艦内で合流し、更に大きな濁流となる。
早くも艦底部では数十もの水死体がぷかぷかと浮いており、何とか艦外に出ようとする乗員も思うようには動けない。
被雷が6本を数えた「メリーランド」は傾斜が止まらず、壁が床に、床が壁に近くなってゆく。
バランスを崩した将兵が廊下の奥に吸い込まれるように消えてゆき、モートンも射撃指揮所から何とか脱出しようと試みていたが、それも叶わない。
前甲板や後甲板からは多数の乗員が艦外へと脱出しており、高所恐怖症で艦外に脱出することを躊躇っている乗員も、人生最大の勇気を振り絞らない限り、生還の目はなさそうであった。
「メリーランド」が完全に海面下に没したのは、被雷から僅か10分後の事であった。
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