第18話 伝統の水雷戦
1942年6月12日 夜
「山城」が沈没確実と見られた時、軽巡「球磨」「由良」、陽炎型駆逐艦9隻、朝潮型駆逐艦9隻からなる第11戦隊は敵戦艦1番艦、2番艦を視界に捕らえていた。
その内の1隻――3番艦「陽炎」は左舷側に展開している敵駆逐艦3番艦と砲火を交わしていた。
陽炎型駆逐艦の標準装備となっている12.7センチ連装砲塔の1番砲から火焔が噴出し、装薬の炸裂に伴う砲声が艦橋内に轟き、有本輝美智艦長は反射的に耳を塞いだ。
彼我の砲弾が飛び交う中、「陽炎」から放たれた3発の12.7センチ砲弾が落下し、有本は敵3番艦を凝視した。
また外れたか――有本がそう思った直後、敵3番艦の艦上に異変が生じた。
敵3番艦に爆炎が躍ったかと思えば、細長い物体が天高く吹き飛ばされたのが確認できたのだ。
「流石は陽炎型駆逐艦の1番艦だ!」
「『球磨』の射弾、敵1番艦に落下! 敵1番艦に火災煙確認!」
「『由良』の射弾、敵2番艦に1発命中!」
有本が拳を握りしめ、前部見張り員から「球磨」「由良」も敵艦に直撃弾を得たとの情報がもたらされる。
砲術長が斉射への移行を命じたのだろう、「陽炎」がしばし沈黙し、敵3番艦から放たれた新たな射弾が着弾した直後、「陽炎」は第1斉射を放った。
この時、有本の気持ちは最高潮に達しようとしていた。この斉射が「陽炎」が今次大戦で放つ最初の斉射である。気分が高揚しないはずがなかった。
主砲発射時の衝撃は凄まじく、反動を受けた基準排水量2000トンと少しの艦体が右に傾いたのが有本にも分かった。
ここまでは日本側が優勢であり、このまま押し切って敵戦艦への雷撃までこぎ着けられると思ったが、戦場という場所はそんなに甘くはなかった。
「『不知火』に直撃弾! 火災発生!」
「『黒潮』落伍します! 被弾多数の模様!」
後部見張り員からの絶叫めいた声が、不意に艦橋内を木霊した。「陽炎」「球磨」「由良」が優勢であることの帳尻を合わせるかのように「不知火」と「黒潮」が劣勢に立たされているのだ。
有本が後方を振り返ると、「不知火」の艦前部から黒煙が噴き上がっているのが確認でき、その後方を航行していた「黒潮」の姿が急速に小さくなりつつあった。
「敵3番艦を叩き、一刻でも早く僚艦の援護に回るぞ!」
有本は砲術長に方針を下令し、それに答えるように「陽炎」が第2斉射弾を放ち、敵3番艦の艦上を第1斉射弾が捕らえた。
戦果を確認する前に敵3番艦から放たれた射弾が急速に「陽炎」に迫ってきていたが、その飛翔音は「陽炎」の上空を通過し、右舷側へと過ぎ去っていった。
「だいぶ参ってきているな」
有本はそう呟き、ほくそ笑んだ。
敵3番艦から放たれた射弾は、先程までの射弾よりも「陽炎」から遠くの海域に着弾している。敵3番艦はその戦闘力を急速に失いつつあるのだ。
「陽炎」の第1斉射弾が敵3番艦を挟み込むように着弾し、弱っている敵3番艦に追い打ちを仕掛けるように2発の12.7センチ弾が連続して命中した。
敵3番艦を覆っていた火災煙が急拡大し始めた。
敵3番艦はもはや脅威とは言えず、この撃ち合いは「陽炎」の勝利といって良かった。
「よし、敵3番艦に対する砲撃中止。照準を敵4番艦に切り替えろ!」
有本は砲術長に照準の変更を命じ、程なくして「陽炎」は敵4番艦に対し、第1射を放った。
「不知火」が「陽炎」の助け太刀を待ちわびていたかのように面舵を切り、「黒潮」に続き、隊列からの離脱を開始した。
敵4番艦の艦上にも数カ所から火災煙が確認できる。「不知火」は敵4番艦との砲戦に撃ち負けたものの、敵4番艦に対しある程度の打撃を与えることに成功したのだろう。
敵4番艦が遁走する「不知火」に追い打ちの射撃を加えている間に、「陽炎」の第1射弾が一斉に海面に着弾する。
命中弾は出ず、続く第2射も敵4番艦を捉える事はなかったが、第3射弾が敵4番艦に命中した。
敵4番艦の艦首に閃光が走り、巻き上がった塵を吹き飛ばすようにして敵4番艦が「陽炎」に対し第1射弾を放った。
敵4番艦の射撃は敵3番艦とは比較にならないくらい正確であり、何と第1射目から「陽炎」の艦体を捉えた。
艦橋の後部から主砲斉射の衝撃のそれとは明らかに違う衝撃が伝わり、副長からの報告によって爆雷投射機が跡形もなく吹き飛ばされてしまった事が判明した。
魚雷の発射管に命中しなかっただけ幸運と言えたが、その幸運がいつまで続くかは分からない。敵4番艦はこれから斉射に移行するはずであり、不運な1発が「陽炎」を轟沈せしめるかもしれなかった。
「敵1番艦離脱! 敵2番艦続いて離脱!」
ここにきて「球磨」「由良」と撃ち合っていた駆逐艦2隻が立て続けに力尽きた。見張り員からの報告によると「離脱」との事であったが、双眼鏡でその状態を確認する限り、「撃沈」でまず間違いないだろう。
「陽炎」を始めとする11戦隊が敵駆逐隊と砲火を交わしている中、敵戦艦1番艦、2番艦との距離は10000メートルを切りつつあったのだった・・・
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