第17話 折れた巨砲
1942年6月12日 夜
2戦隊2番艦の「山城」に最初に命中した敵弾の口径は40センチだった。
これより少し前、「山城」は敵3番艦(ニューメキシコ)に直撃弾を得ており、「山城」砲術長早川幹夫中佐は、「次より斉射」を下令していた。
敵弾は「山城」が主砲弾装填を待っている間に命中したのだ。
被弾の瞬間、第6主砲が閃光を発したかと思えば、それがはじけ飛んだ。
2本の主砲が天高く吹き飛ばされ、残された天蓋からは黒煙が噴き出し始めていた。
「第6主砲大破! 使用不能!」
射撃指揮所に報告が入り、早川は短く「了解」と返したが、早川は内心気が気ではなかった。
現状、「山城」は非常に危険な状況に置かれている。
コロラド級と思われる敵2番艦と撃ち合っているだけでも「山城」にとっては、手の余る状況であったが、その上、ニューメキシコ級戦艦と思われる敵3番艦も「山城」に砲撃を加えてきているのだ。
敵3番艦から30秒置きに放たれる砲弾は、今の所「山城」の艦体を捉えてはいなかったが、このままでは被弾するのも時間の問題であった。
僚艦の奮戦を期待したい所であったが、1番艦「扶桑」は敵1番艦に40センチ砲弾を撃ち込まれ、艦橋の被弾によって2艦隊司令官近藤信竹中将が負傷したとの情報も入ってきていた。
3番艦「伊勢」、4番艦「日向」はニューメキシコ級戦艦1隻撃沈、1隻を大破させたものの、「伊勢」が航行を停止しており、「日向」も打撃を受けたのか今の所は沈黙しており、連絡は取れていなかった。
「山城」の第1斉射弾が発射され、それが敵3番艦に着弾する前、敵2番艦から放たれた40センチ砲弾8発と、敵3番艦から放たれた36センチ砲弾3発が「山城」に殺到し、どちらが命中したのかは分からなかったが、艦に再び衝撃が走った。
「第4高角砲損傷!」という報告が入り、次いで「弾着、今!」という声が時間計測を担当する一等水兵から上がった。
敵3番艦の周囲を巨大な水柱が包み込み、それが崩れ、敵3番艦が姿を現す。
早川は双眼鏡越しに敵3番艦の状況を確認する。
水柱の本数から考えるに、「山城」から放たれた36センチ砲弾の内、1発2発は命中しているはずであったが、敵3番艦に目立った被害は見られない。「山城」の射弾は敵3番艦に命中したものの、分厚い防御装甲に弾き飛ばされてしまったのかもしれなかった。
「山城」は第2斉射を放った。10発の36センチ砲弾が放たれた瞬間、全長205メートル、最大幅28.65メートル、基準排水量30577トンの艦体が僅かに傾いた。
「敵3番艦、斉射に移行しました!」
見張り員から報告が入り、早川は唇を噛みしめた。
敵2番艦に続き、敵3番艦も斉射に移行したのだ。「山城」の勝機は更に小さなものになってしまったと言って良かった。
敵2番艦に発射炎が閃き、敵3番艦に「山城」の第2斉射弾が降り注いだ。
今度こそ、という思いを込め早川は双眼鏡越しに敵3番艦の姿を見た。
そして、第2斉射の結果を確認した早川は拳を握りしめた。
敵3番艦の前部にあったはずの第1主砲が綺麗さっぱり消滅していた。「山城」の第2斉射弾は第1斉射とは対照的に、旨く敵3番艦を捉えたのだろう。
敵3番艦の艦上に新たな発射炎が確認される。敵3番艦は主砲1基を喪失したものの、「山城」と同じく主砲1基が無くなった如きで勝負を投げるつもりはなかったのだろう。
「山城」が第3斉射と入れ替わるように、敵2番艦の第3斉射弾が飛来した。
「ぐあっ・・・!!!」
着弾の瞬間、早川は砲術長席から転げ落ち、思いっきり頭を床に叩きつけた。
側にいた水兵が「砲術長!」と叫ぶ声が微かに聞こえてきたが、意識が朦朧としていた早川は立ち上がる事が出来なかった。
「第2砲塔より射撃指揮所。第3主砲大破! 注水願います!」
第3主砲塔の前方に配置されている第2主砲塔から切羽詰まった声で報告が上がってくるが、早川の口から新たな言葉が出ることはなく、射撃指揮所次席の士官が第3主砲塔の注水を命じた。
ここで「山城」の主砲発射の間隔が間延びし始めた。
主砲塔2基が失われ、艦も痛んできている上に、射撃指揮所も早川の負傷によって混乱している現状下では仕方なかったが、これが「山城」にとって致命傷となった。
敵2番艦から放たれた第4斉射弾と、敵3番艦から放たれた第3斉射弾が「山城」の第1主砲、第5主砲を破壊し、「山城」は残存2基の主砲で第3斉射を放った。
主砲発射の衝撃が収まった直後、直撃弾炸裂の衝撃が、今度は3回連続して「山城」の艦体を襲い、その直後、「山城」は力尽きたように隊列から落伍し始めた。
このタイミングで早川は何とか立ち上がったが、その早川の目に紅蓮の炎が飛び込んできた。
射撃指揮所から身を乗り出した早川は目を見張った。「山城」の艦上は艦首から艦尾までが火焔地獄と化しており、艦が救いようのない状態であることはもはや誰の目から見ても明らかであった・・・
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霊凰より
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