第16話 逆転の一撃
1942年6月12日 夜
4番艦の「羽黒」が敵軽巡から放たれる5インチ砲弾に打ちのめされ、急速に廃艦に化していく様子は、「足柄」の艦橋からも遠望することが出来た。
直前まで撃ち合っていたノーザプトン級重巡は既に大量の黒煙を噴き出しており、まだ「足柄」に対し、砲撃を続けていたものの、それは全く脅威にならなかった。
「艦長より砲術。照準本艦後方から接近しつつある敵軽巡1番艦!」
一宮義之「足柄」艦長は三浦英雄砲術長に命じ、次いで鹿島伸行水雷長を呼び出した。
「水雷長。接近してきている敵軽巡に魚雷を撃ち込む事は出来るか?」
「お互いの艦の位置は理想的ではありませんが、魚雷管の角度を調整すれば、まあ、何とかなるでしょう」
鹿島は答えた。「足柄」は20センチ砲弾数発の被弾によって第5主砲が使用不能になった上に、艦の前部を中心にして火災が発生しており、状態は決して良いとは言えなかったが、それでも鹿島は自信ありげだった。
「砲術より艦長。目標敵軽巡1番艦。砲撃始めます!」
三浦が報告を上げ、照準を終えた「足柄」の残存4基の主砲の1番砲が火を噴いた。
重量600キロの20センチ砲弾が発射され、巨大な砲声が「足柄」艦上に轟いた。
敵1番艦、2番艦は艦の前部から後部までまんべんなく発射炎を閃かせており、大量の敵弾が「足柄」に迫り、敵1番艦の第4斉射が「足柄」の艦上を捉えた。
敵弾は「足柄」の第2主砲の正面防楯に命中したようであり、その場で炸裂し、大量の弾片を周囲に撒き散らした。
第2主砲被弾の報告を聞いた一宮はヒヤヒヤしたが、第2主砲の正面防楯は僅かにへこみが生じている程度であり、貫通には遠い。
「本艦の第1射はどうだ? 当たったか?」
一宮は双眼鏡越しに敵1番艦の様子を確認した。
敵1番艦の周囲に4条の水柱が奔騰するが、至近弾にはなっていない。もう暫くの弾着修正が必要であった。
再び敵1番艦、2番艦の艦上に発射炎が閃き、一宮の心に焦りが生まれ始めていた。一見、重巡の防御装甲は軽巡から放たれた砲弾など歯牙にかけないように思えるが、艦首や艦尾の非装甲部に敵弾が命中した際にはその限りではない。
「足柄」の艦上に2度連続して敵弾が命中し、その内1発が機銃座1基を吹き飛ばし、数名の乗員を死傷させた。
苦悶にうごめいている乗員を助けるべく、他の乗員が小走りで近づいてきたが、その乗員も新たに命中した敵弾によって消し飛ばされる。
「水雷より艦長。魚雷発射準備完了! 魚雷発射します!」
ここにきて水雷長の鹿島が魚雷の発射準備を完了させ、8本の魚雷が敵1、2番艦目がけて放たれていった。一宮は鹿島が敵1番艦、2番艦のどちらに狙いを定めたのかは分からなかったが、1本でも命中することを一宮は願っていた。
魚雷を発射し終え、「足柄」は第2射を放ったが、その弾着を待つ間にも被弾は大量に発生する。
第1主砲、第3主砲のどこかに命中した砲弾は鈍い音を発しただけで弾き飛ばされたが、艦首や艦尾に命中した砲弾は貫通し、艦内で炸裂した。
「足柄」の火災は僅かずつではあるが、拡大を見せ始めていた。
「・・・!!!」
言うまでも無く、「足柄」は強力な艦であり、それは先程までのノーザプトン級重巡との砲戦で証明されている。なのに敵軽巡如きにいいようにやられている事実に一宮は言葉が出なかった。
「第2射弾命中弾なし!」
「足柄」は第1射に続き、第2射も外した。
「足柄」はまだ命中弾を得る事が出来ていなかったが、敵1番艦、2番艦はそんなことには構うことなく、射弾を次々に「足柄」に叩き込んでくる。
たった今魚雷を発射したばかりで空になっていた魚雷管が叩き壊され、水上機を発進させるカタパルトが敵弾の直撃によって海面に落下する。
高角砲2基、機銃座1基が爆砕されたかと思えば、煙突にも1発が命中し、艦の内部に排煙が逆流を開始し始めた。
甲板に張り巡らされている角材は片っ端から引き剥がされ、帝国海軍軍艦の証でもある菊の紋章もいつのまにか吹き飛ばされていた。
だが、ここで「足柄」は反撃の狼煙を上げた。
「足柄」から放たれた魚雷の内、1本が敵2番艦の下腹を捉えたのだ。
「敵2番艦に魚雷1本命中!」
見張り員からの歓声混じりの報告が上がってくる。
敵2番艦は大きく艦首を沈み込ませており、艦上から発射炎は消えていた。命中した魚雷は敵2番艦に対し、破滅的な破壊をもたらしたのだろう。
「敵1番艦、取り舵!」
敵1番艦が「足柄」に対する砲戦を打ち切って離脱行動を取り始めた。
敵2番艦は戦闘不能となり、「足柄」と1対1では勝ち目がないと即座に判断したのだろう。
結果として「足柄」は助かった形となったが、敵ながら見事な引き際であった。
「敵重巡3番艦、4番艦離脱してゆきます!」
艦上から盛んに火を噴き上げているノーザプトン級重巡2隻も敵軽巡に続くように離脱を開始する。
「妙高」が相手取った敵1番艦と、「那智」が相手取った敵2番艦はその場に停止し、沈没確実と見られていたが、敵3番艦、敵4番艦は離脱していったのだった・・・
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