第14話 重巡部隊激突

1942年6月12日 夜


 戦艦同士の撃ち合いが熱を帯びる中、第5戦隊は旗艦「妙高」を先頭に立て突撃を開始していた。


 5戦隊指令長官伊藤賢三少将は、敵巡洋艦戦隊が5戦隊に立ち塞がるように一斉回頭をかけたと見るや、「5戦隊、面舵。針路120度」を命じた。


「面舵一杯。針路120度」


「宜候。面舵一杯。針路120度」


 「妙高」艦長三好輝彦大佐が、操舵室に詰めている航海長加賀山外雄中佐に転舵を命じた。


「『妙高』目標敵1番艦、『那智』目標敵1番艦、『足柄』目標敵1番艦、『羽黒』目標敵4番艦、転舵完了次第、射撃開始!」


 伊藤司令官が射撃目標を素早く決定し、三好は艦橋トップの射撃指揮所に「本艦目標、1番艦」と報せた。


 「妙高」の艦首が右に振られ、転舵を開始する。戦艦や正規空母には及ばないものの、基準排水量13000トンを誇る「妙高」は一見鈍重そうに見えるが、決してそのような事はない。


 1回舵が効き始めれば、流れるようになめらかに転舵してゆく。


 「妙高」の周囲に敵弾が飛来し始めた。敵巡洋艦戦隊も5戦隊に目標を定めて砲撃を開始したのだろう。


(遂に始まるのだな。「妙高」の戦いが・・・)


 今にも戦いに臨まんとする「妙高」の勇姿をその身一杯に感じながら、三好は心の中で呟いた。


 今次戦争が始まってからというもの、活躍するのは、「赤城」や「蒼龍」といった空母ばかりであり、戦艦「河内」「金剛」、装甲巡洋艦「日進」などを渡り歩いた生粋の武人である三好はずっと切歯扼腕していたのだ。


 だが、ミッドウェー攻略作戦が発動され、三好は武人の誉れともいえる艦隊決戦に身を投じようとしている。


 三好はこの戦いで巡洋艦以上の艦艇を最低1隻は撃沈しようと心に決めていた。


「『那智』面舵! 『足柄』『羽黒』続けて面舵!」


 後部見張り員から僚艦の動きを報され、次の瞬間、「妙高」の20センチ主砲塔から火焔がほとばしった。


 ほとんど同時に、敵1番艦から4番艦の艦上にも次々に発射炎が閃く。


 褐色の砲煙が艦橋を包み込み、視界が遮られる。


「ノーザプトン級重巡だな」


 視界が晴れた時、三好は敵1番艦から4番艦までの艦種を判別した。ノーザプトン級は砲力で妙高型に劣っていたが、防御は一級品との評判があり、決して油断することの出来ない相手と言えた。


 敵弾の飛翔音が、急速に近づく。


 三好にとっては初めて聞く音であり、それは「妙高」の右舷側へと抜けていった。


 直後、「妙高」の右舷側に水柱が奔騰し、全長203.76メートル、全幅20.73メートルの「妙高」の艦体が僅かに揺さぶられた。


 この時には、「那智」「足柄」「羽黒」も各々の目標に対し砲撃を開始しており、「妙高」の第1射は空振りに終わっていた。


「・・・!!!」


 三好は息を飲んだ。


 飛翔してきた3発の20センチ主砲弾の内、2発は海面に落下し、水柱を奔騰させるだけに留まったが、残りの1発が「妙高」の艦首スレスレを通過していったのだった。


「艦首の状況報せ!」


 三好は即座に第1班長の小野田亨大尉を呼び出し、すぐさま艦首の確認に行かせた。


 三好が艦首の心配をしている間に、「妙高」は第3射を放つ。


 第3射弾5発が敵1番艦に着弾する寸前、敵1番艦から放たれた20センチ砲弾が落下してきた。


 「妙高」の左舷側に1本、右舷側に2本の水柱が奔騰する。


「本艦、挟叉されました!」


 見張り員からの報告に、三好は唇を噛みしめたが、目標を捉えたのは敵1番艦の20センチ砲弾だけではなかった。


「命中!」


「よし! 次より斉射!」


 三好は即座に斉射への移行を命じ、艦橋が歓声に包まれた。


 敵1番艦の様子を双眼鏡を用いて確認してみた。


 敵1番艦は艦の後方に火焔を背負ったような形になっている。「妙高」が命中させた最初の直撃弾は敵1番艦の後部主砲を首尾良く爆砕したのかもしれなかった。


 続いて敵2番艦、3番艦の艦上にも立て続けに火焔が沸き立ち、火災が夜闇に浮かび上がった。


 5戦隊は「妙高」だけではなく、「那智」「足柄」も敵巡洋艦に対して直撃弾を得ることに成功したのだ。


 対して妙高型重巡4隻の中に、被弾した艦は1隻もおらず、5戦隊は敵巡洋艦戦隊に対し圧倒的優位に立ったと言える。


 敵1番艦からの新たな射弾が飛んできたが、全くの見当違いの方向に着弾した。弾着の位置は非常に遠く、先程の射弾よりも精度が失われていた。


 敵1番艦は先程の被弾によって、射撃精度が確保出来なくなっているのかもしれなかった。


 主砲斉射を報せるブザーが鳴り響き、それが鳴り終わった時、「妙高」の艦体がこれまでに倍する衝撃に包み込まれた。


「弾着、今!」


 見張り員から報告を受けるのと同時に、奔騰した多数の水柱が敵1番艦の姿を包み込んだ。


 10発の20センチ砲弾の内、1、2発は命中したはずだが、被害状況ははっきりしない。


 敵1番艦は完全に沈黙しており、「妙高」は第2斉射を放った。


 そして、第2斉射弾が着弾した時、勝負は決した。


 着弾の瞬間、敵1番艦の艦上3カ所に閃光がきらめき、直後、敵1番艦は急速に左舷に傾斜し始めた。


「射撃止め。本艦目標敵2番艦!」


 沈没確実となった敵1番艦の姿を確認した三好は、射撃目標の変更を命じたのだった。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る