第2章 暗夜の砲撃戦
第12話 会敵の瞬間
1942年6月12日 夜
午後4時過ぎ、今日の航空戦の終了を宣言した1航艦司令部は、沈没した「加賀」を除く全艦艇を後方に下がらせ、第2艦隊も3航戦の「隼鷹」、4航戦の「祥鳳」「瑞鳳」の3空母を駆逐艦数隻の護衛と共に後方に下がらせた。
次いで午後6時過ぎ、索敵に発進した零式水偵によって3つめの敵部隊の存在が確認された。
「通信より艦橋。索敵機より受信。『敵艦隊発見。位置ミッドウェー島北西13海里。敵艦隊の陣容は戦艦5、巡洋艦12隻以上、駆逐艦20隻以上』」
通信長大隅翔也大尉の報告が、「日向」の艦橋に上げられた。
「敵はミッドウェー島を死守する意向を固めたようだな。敵ながらあっぱれな決断だ」
松田千秋「日向」艦長は感心したように呟き、「日向」の前方を行く第2艦隊旗艦「扶桑」をちらっと見やった。夜間ということもあり、周囲の艦はおぼろげにしか見えていなかったが、それでも、扶桑型戦艦の存在感は雄大であり、決して見失うことがなさそうであった。
ちなみにだが、今日の空襲で被弾した「扶桑」「山城」の2戦艦は損傷を回復し、戦線に踏みとどまっていた。特に「山城」に関しては、舵を損傷したときにはどうなるものかと松田も心配していたが、何とかなったようである。
「旗艦より入電。『観測機発進。敵艦隊上空に進出せよ』」
「扶桑」の2艦隊司令部より命令が入電され、松田は即座に観測機の発進を命じた。夜間における観測機の役割は、吊光弾の投射であり、観測機の働きによって砲戦の行方が左右されるといっても過言ではなかった。
「砲術より艦長。敵戦艦の艦型は1、2番艦がコロラド級、3~5番艦がニューメキシコ級戦艦」
「日向」砲術長田村景虎中佐より敵戦艦の艦型が報された。コロラド級は帝国海軍の「長門」「陸奥」のライバル艦とも言える40センチ砲搭載艦であり、ニューメキシコ級戦艦は去年の時点まで、大西洋戦線で活躍していた36センチ砲搭載艦である。
戦艦戦力は36センチ砲搭載艦4隻の日本側よりも明らかに優勢であり、松田は2艦隊長官近藤信竹中将がこの状況下で、どのような采配を見せるのかを注視していた。
2艦隊長官からの指令は程なくしてもたらされた。
「通信より艦橋。旗艦より入電。『扶桑』『山城』目標敵3番艦、『伊勢』目標4番艦、『日向』目標敵5番艦」
「・・・ほう?」
松田は即座に近藤長官の意図を悟った。3隻のニューメキシコ級戦艦を先に叩き、数の優位を確保してから、強敵のコロラド級戦艦を叩き潰そうという腹づもりなのであろう。
扶桑型戦艦、伊勢型戦艦がニューメキシコ級戦艦と撃ち合っている間、2隻のコロラド級戦艦からは撃たれ放題になってしまうが、そこは優勢と見られる味方巡洋艦戦力を巧みに駆使して、足止めすれば何とかなる見通しが立ちそうであった。
2戦隊に先んじて、第5戦隊「妙高」「那智」「足柄」「羽黒」、第7戦隊「最上」「熊野」「三隈」「鈴谷」、第9戦隊「北上」「大井」、第11戦隊「球磨」「由良」、駆逐艦18隻が一斉に突撃を開始し、それを察知した敵巡洋艦戦隊、駆逐艦隊にも動きが生じる。
「艦橋より砲術。主砲、左砲戦。目標敵戦艦5番艦」
「主砲、左砲戦。目標敵戦艦5番艦。測的始めます」
松田が射撃の開始を命じ、田村が即座に復唱を返した。
「日向」が進撃を続けている間にも、彼我の距離が縮まり、敵戦艦から発進してきたであろう米観測機「キングフィッシャー」が2戦隊に近づいてきた。
「砲撃始め!」
松田が命じ、そこから一拍置いて、「日向」の左舷側6カ所に火焔がほとばしった。
凄まじい砲声が轟き、全ての音をかき消した――そう感じたかと思えば、ずしりとした衝撃が艦橋直下より突き上がってきた。
重量800キロの36センチ砲弾が流星の勢いで発射され、各砲塔では、弾薬の補給作業が始まっている。
「『山城』砲撃開始しました! 『扶桑』『伊勢』砲撃開始しました!」
見張り長から僚艦の動きが報告され、松田は無言で弾着の瞬間を待った。
敵戦艦はまだ砲撃を開始していない。夜間のため、距離をもっと詰めてから砲撃を開始するつもりなのだろう。
「日向」の第1射が弾着し、奔騰した水柱が敵戦艦5番艦の姿を覆い隠した。
「砲術より艦長。ただいまの着弾、命中弾なし」
田村より砲撃の結果が報され、「日向」の各砲塔の2番砲が第2射を放った。
「日向」が再び大きく振動し、36センチ砲弾が発射される。
第2射も外れ、「日向」が第3射を放った時、敵戦艦の動きに異変が生じ、新たな報告が艦橋に飛び込んできた。
「敵戦艦5番艦射撃開始! 続いて敵戦艦4番艦射撃開始しました! 2隻とも本艦を狙っているものと思われます!」
勝負はここからであった。
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2022年9月21日 霊凰より
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