第11話 最後の攻撃

1942年6月12日



 空母「レキシントン」の艦上にこの日2度目となる警報アラームが鳴り響いた。


 第1次空襲の際に飛行甲板3カ所に風穴を開けられた「レキシントン」であったが、ダメージ・コントロールチームの活躍によって一応、戦闘機の発着艦は可能となっており、甲板上に待機しているF4Fに、パイロット達が次々に飛び乗り始めた。


 全長270.66メートル、全幅32.30メートル、基準排水量36000トン、TF2に所属しているヨークタウン級空母よりも一回り大きい艦体が艦上機を発艦させるべく、風上に向かって転舵を開始した。


 「レキシントン」には今年の8月から試験用のカタパルトが装備されることになっていたが、それまでは艦上機を発進させる際に風上に艦首を突っ込ませる必要があった。


 「レキシントン」から出撃していくF4Fは11機であり、最初の1番機が発艦を開始したとき、艦は歓声に包まれた。


 TF1、TF2は2度に渡る空襲によってヨークタウン級空母「エンタープライズ」沈没、「ホーネット」航行不能、「レキシントン」「サラトガ」中破の損害を被っていたが、それでも兵の士気は高い事を示しており、どんなに追い込まれても決してくじけない、米国の開拓者魂フロンティア・スピリットを体現しているかのようであった。


 約15分後、空中戦の戦場がTF1の上空にまでなだれ込み、ヴァル、ケイトが輪形陣の外郭を突破すべく突撃を仕掛けてきた。


 TF1の諸艦艇が対空射撃を開始するが、いまいち迫力が乏しい。護衛の重巡、軽巡、駆逐艦は第1次空襲の際に5隻が被弾損傷してしまっており、その分、火力がそぎ落とされているのだろう。


 それでも、防空軽巡として設計されたアトランタ級は奮戦しており、「アトランタ」の上空を通過しようとしたヴァルが3機、立て続けに火を噴き、1機のケイトが魚雷を投棄して輪形陣から退散していった。


 次の瞬間、「レキシントン」は回避運動を開始した。


 「レキシントン」艦長ハリー・E・ヤーネル大佐は少し前に転舵を命じており、ほぼ同じタイミングで舷側に多数の発射炎が閃いた。


 「レキシントン」の装備されている5インチ砲、40ミリ機関砲、20ミリ機関砲が迫り来るヴァル、ケイトを撃滅すべく、射撃を開始したのだ。


 ヴァルが1機被弾し、「レキシントン」の右舷距離に墜落していった時、ヴァルの1個小隊が1番機から順繰りに投弾を行い、離脱していった。


 ドーントレスが搭載している爆弾よりもおそらく一回り小さい――推定500ポンドクラスの爆弾が高度400メートルという破格の低高度から降り注ぎ、ヤーネルがいくら「レキシントン」を懸命に指揮したとしても、とても全てを回避しきれるものではなかった。


 1発が「レキシントン」の飛行甲板に直撃――それも先程の空襲で既に被弾し、応急処置が施されている場所に命中した。


 飛行甲板を貫通した直撃弾は、格納庫内で炸裂し、鎮火したばかりの格納庫内の火災が再燃し始めた。


 「レキシントン」の艦体が打撃に耐えかねたかのように軋み、その速力も22ノット程度にまで低下していった。


 そして、この速力低下が「レキシントン」の命運を決定づけた。

 

 更に1発の直撃弾が「レキシントン」の飛行甲板前部を抉り取り、TF1の対空砲火を凌ぎきって、「レキシントン」を目一杯肉迫にしたケイトが次々に魚雷を投下し、離脱していった。


「総員、衝撃に備えろ!」


 もう「レキシントン」の被雷は防げない。被雷本数によっては最悪の事態もありうる――そう直感したヤーネルは、艦内放送で全乗員に下令した。


 まず、右舷艦首に1本目の魚雷が命中し、「レキシントン」が大きく持ち上げられた。艦橋内もバランスが失われ、テーブル上に置いてあった海図やコンパスが全て床に叩きつけられた。


 艦首から大量の浸水が始まり、その処置をする間もなく、2本目の魚雷が左舷後部に、3本目の魚雷が艦橋直下に、4本目の魚雷が再び右舷艦首に命中した。


 4回続けて凄まじい衝撃が「レキシントン」を襲い、それが収まった時、艦が急速に沈降を始めた。


 ヤーネルからまだ「総員退艦」との命令は発せられていなかったが、艦に見切りを付けた乗員が艦外に脱出を開始しており、艦内からも多数の乗員が飛行甲板上に上がってきていた。


 そして、「レキシントン」は約40分後、艦首からゆっくりと沈み始めた。


 だが、「レキシントン」に攻撃が集中した事もあり、「サラトガ」は被弾2の損害で済み、この海戦を生き残る事となったのだった・・・



「無理だったか・・・」


 「レキシントン」が沈没しようとしていたとき、遠く離れた「日向」の艦橋内は重苦しい雰囲気に包まれていた。


 第3航空戦隊に所属している「龍驤」が必死の復旧作業空しく沈没したのだ。「龍驤」は既にその姿を水上に浮かべてはおらず、艦から脱出した乗員が漏れ出した重油を掻き分けるようにして救助任務に当たっている駆逐艦に向かって泳いでいた。


「『加賀』『龍驤』沈没。『翔鶴』『隼鷹』中破か・・・。かなりの損害だな」


 松田千秋はそう呟き、今日の航空戦の終了と、もうすぐ自分達の出番が回ってくるという事を確信していたのだった・・・


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霊凰より













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