第10話 決死の発艦作業
1942年6月12日
空母「翔鶴」の飛行甲板上では、第3次攻撃隊の出撃前に艦長有馬正文大佐自ら搭乗員達に訓示の言葉を送っていた。
「帝国の命運を占うミッドウェー攻略作戦が発動され、既に2度の攻撃隊が本艦から発進した。第1次攻撃隊は敵空母2隻を撃破せしめ、第2次攻撃隊もまた敵空母1隻を撃沈し、1隻を航行不能に陥れた。諸君の敢闘精神には、空母を預かる艦長として頭が下がるばかりである」
ここで言葉を区切って、有馬は頭を下げた。
搭乗員達の中に動揺が走る。通常大型艦の艦長を務める大佐のような雲上人が、下士官や飛行兵に頭を下げるなどあり得ないことだからである。
「そして、今から発進する第3次攻撃隊が更に米機動部隊に打撃を与えることが叶えば、我が軍はこの海戦に勝つことが出来る。本日2度目の出撃の者もいるだろうが、しっかり頼む」
「敬礼!」
「翔鶴」飛行長岡田博中佐が声をかけ、20人以上の搭乗員が一斉に敬礼した。
有馬が艦橋に上がる間に零戦・99艦爆・97艦攻の暖機運転が始まった。
「風に立て!」
有馬は命じ、「翔鶴」が風上に艦首を向け、最大戦速で突進する。「翔鶴」は帝国海軍の最新鋭の正規空母であり、基準排水量は25000トンを超える巨艦であったが、その動きは極めて俊敏である。
「翔鶴」の周りには第10戦隊の駆逐艦2隻が敵潜水艦の出現に備えて目を光らせている。発艦作業中の空母ほど無防備な艦はなく、彼らの存在は「翔鶴」にとって命綱そのものであった。
「発艦始め!」
号令一下、第1次攻撃隊、第2次攻撃隊の発進時と同様、零戦の1番機が真っ先に発進していった。
「発艦作業は大丈夫そうだな」
有馬がそう呟き、零戦の5機目が発進した直後、唐突に異変が生じた。
第3戦隊の「金剛」が高角砲を発射し、隣を航行していた「霧島」がそれに続く。
第8戦隊の「筑摩」も発砲し、第10戦隊の駆逐艦数隻も砲門を開き始めた。
「『蒼龍』より信号。敵機、1航艦に接近中。機数約40!」
「翔鶴」電信長葛城順平少佐が泡を食ったように「蒼龍」から報された情報を読み上げ、その「蒼龍」が転舵する様子が、「翔鶴」の艦橋から遠望された。
「敵機は何処だ!?」
「敵編隊の高度はどれ位だ!? 詳しい機種は!?」
「直衛隊の零戦は何をやっていたんだ!!」
直前まで静かだった「翔鶴」の艦橋が堰が切れたように騒がしくなり始めた。
「落ち着きつつ、発艦作業を急がせろ」
危機が迫る中でも有馬は冷静に命令を発した。発艦作業の途中、どのみち空母は直進を続けるしかないということを理解していた有馬は返って冷静になることができた。
1航艦の上空が喧噪に包まれていく中、零戦が全て発艦を完了し、99艦爆の番が回ってきた。
腹の250キログラムの爆弾を抱えたいかにも鈍重そうな機体が、エンジンの爆音を轟かせながら滑走し、その機体が飛行甲板の縁を蹴る前に、2番機の輪留めが払われ、発進を開始する。
「敵攻撃隊は雲の中を進軍してきた模様!」
「敵編隊3隊に分かれました! 1隊は『加賀』に向かっていっています!」
敵編隊が出現した瞬間に、ある程度察することが出来たが、やはり、既に手負いとなっている「加賀」が真っ先に敵機に狙いを定められる。
先程の空襲によって「加賀」の速力は15ノット以下にまで落ち込んでしまっており、敵機にとっては正に極上の獲物と言えた。
「残りの2隊はどうなっている!」
副長が見張り員に更なる情報提供を求め、もう1隊は2航戦の「飛龍」に向かっていることが判明し、残りの1隊はあろうことかこの「翔鶴」に向かってきていることが判明した。
1航艦全体が不意を突かれた事もあって、護衛艦艇の対空砲火はドーントレス・アベンジャー各1機を撃墜するのが精一杯であり、2個小隊ほどのドーントレスが凄まじい勢いで「翔鶴」を肉迫にしてきた。
99艦爆が全機発艦し終わり、97艦攻の1番機が空に飛び立った瞬間、「翔鶴」の飛行甲板の両縁に発射炎が閃き、多数の火箭が天へと突き上がっていった。
敵機を射程に捉えた「翔鶴」の高角砲は既に射撃を開始していたが、機銃群も射撃に加わったのだ。
機銃の連射音が「翔鶴」の艦橋まで届き、「翔鶴」の頭上から心臓を掻きむしりたくなるようなダイブ・ブレーキ音が聞こえ始めた。
97艦攻の最後の機体が発艦を始めたのと、ドーントレスの1番機が爆弾を投下し、離脱していくのが、ほぼ同時だった。
「翔鶴」の右舷側に水柱が奔騰し、滑走を始めた最後の97艦攻が大きく揺さぶられたが、搭乗員はそれを巧みに立て直し、無事に「翔鶴」から発艦していった。
実に際どいタイミングであったが、「翔鶴」は被弾前に第3次攻撃隊の参加機を全機発艦させることに成功したのだ。
敵機の投弾はなおも続き、水柱が次々に奔騰し、回避運動を取ることが出来なかった「翔鶴」はその全てから逃れることは出来なかった。
艦の後部に黒い塊が吸い込まれた――有馬がそれを確認した直後、「翔鶴」の飛行甲板後部が盛り上がり、そして弾けた。
「翔鶴」は発着艦不能となり、鋭い衝撃が「翔鶴」の艦上を走り抜けた。
副長が復旧作業の指示を早くも飛ばし始め、発生した火災が拡大するのを防ぐため、艦の速力が落とされる。
そして、同じ頃、既に手負いとなっていた「加賀」は新たに爆弾1発、魚雷3本を喰らい、完全に航行を停止していったのだった・・・
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