第9話 収容作業
1942年6月12日
1
「第2次攻撃隊が敵空母2隻をやったようだな」
「はい。第2次攻撃隊からの戦果報告によると、ヨークタウン級正規空母1隻撃沈、同1隻を航行不能との事です。流石は精鋭の誉れ高い1航艦の航空部隊です」
「日向」の艦上で艦長の松田と副長の山元は、歓喜の表情で頷き合った。
「発見された米空母は敵『甲1』部隊のレキシントン級正規空母2隻、そして、敵『甲2』部隊のヨークタウン級正規空母3隻の計5隻。我が軍はその内の4隻までもを撃破したことになります」
山元は興奮ぎみの声で言った。山元は少尉任官後から水上艦艇一筋の大艦巨砲主義の申し子のような存在であったが、それでも、味方の航空部隊の活躍は嬉しいのだろう。
「そろそろ、1航艦の残存空母から第3次攻撃隊が発進するはずです」
山元はそう言い、いかにもご満悦の様子であったが、その頃、第3次攻撃隊の発進準備を行っていた1航艦はとんでもない事態に見舞われようとしていたのだった・・・
2
南雲中将の第3次攻撃隊編成命令に基づき、被弾・被雷した「加賀」以外の5空母で作業が始まったのは、今から1時間前の話であったが、断続的に出現した敵潜水艦による妨害などに遭い、作業は思うように進んでいなかった。
そこに敵「甲1」部隊に攻撃を行った第1次攻撃隊が徐々に帰還してきたものだから、1航艦の各空母では、僅かながら混乱が生じ始めていた。
「第3次攻撃隊の出撃作業よりも第1次攻撃隊の収容作業を優先しろ。帰還機が母艦手前で墜落するなどあってはならんぞ。搭乗員は海軍の・・・、いや、帝国の宝だからな」
第2航空戦隊旗艦「蒼龍」の艦橋で、山口多聞少将ははっきりとした声で命じた。並の指揮官であれば、この判断を迷いそうなものであったが、山口の声に迷いは感じられなかった。
そして、実のところ山口の判断は的を射ている。攻撃隊の参加機は、機種に関わらず、燃料の残りが乏しい。更に被弾損傷によって、今にも墜落しそうになっている機体や、負傷によって一刻も早い治療の必要としている搭乗員もいるはずだからであった。
帰還機の姿がはっきりと「蒼龍」の艦橋からも見えてきた。
出撃時には整然たる編隊形を組んで出撃していった攻撃隊であったが、帰還時には必ずしも編隊を組んでいる訳ではない。
中隊単位でまとまっていれば良い方であり、3機1組の小隊単位やそれ以下も珍しく無かった。
「蒼龍」が収容作業を開始するために転舵し、「飛龍」もそれにならう。
前方に見えていた「赤城」の姿が横に流れ、先程の空襲で被弾・被雷した「加賀」の姿が山口の目に飛び込んできた。
「加賀」は飛行甲板の数カ所から黒煙を盛んに噴き上げており、艦自体の喫水もかなり沈み込んでいるようだ。被弾・被雷によって「加賀」の艦内では思うように消火活動が進んでいないのかもしれなかった。
「頑張れよ『加賀』」
山口が小さい声でそう呟いた時、最初の零戦が「蒼龍」の飛行甲板に滑り込んできた。
制動索に引っかかり、零戦が完全に停止したかと思いきや、その零戦の両翼がぽっきりと折れてしまった。
よく見てみると、その零戦は機体のいたるところが穴だらけであり、飛行甲板に着艦したのと同時に、機体が限界を迎えたのだろう。
次に99艦爆が着艦してきたのだが、これまた悲惨な結果となる。
99艦爆が着艦し、停止した瞬間、機体が発火し始め、2人の搭乗員が慌てて飛び出してきた。2人中1人のけつには、文字通り火が付いており、その搭乗員には放水ホースから水がぶっ掛けられた。
そんなこんなで約20分後、全ての収容作業が完了し、第3次攻撃隊に参加する事のできる「飛龍」艦載機が14~18機程度である事が判明した。
「第3次攻撃隊は敵『甲1』部隊に差し向けるとの事ですが、その部隊に配属されているレキシントン級正規空母1隻の飛行甲板には250キログラム爆弾数発、もう1隻には魚雷をぶち込んでいます。1航艦全体で70~90機も攻撃隊を出せれば十分でしょう」
山口の側に控えていた2航戦参謀長の加来止男大佐が自分の意見を述べた。
「発見された米空母5隻の内、健全なのは1隻のみであり、それだけを見れば一見容易のように感じられるが、実のところそんなに簡単な話ではない。F4Fを始めとする機体がまだ多数残っているのかもしれないからな」
加来のいささか楽観的な見立てに対し、山口は厳しい意見を述べた。
「しかも、仮に全空母が使用不能になったとしても、ミッドウェーの飛行場を起点として航空作戦を継続する事もありえるます」
首席参謀の大石保中佐が山口の意見を補足し、我が意を得たりと言わんばかりに山口は頷いた。
「まあ、ここで議論しても始まらない。第3次攻撃隊の発艦準備をおとなしく待つとしようか」
山口はそう言い、空を見やった。
1航艦の上空に異変が生じたのは、この瞬間だった・・・
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霊凰より
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