第8話 第2次攻撃隊猛攻

1942年6月12日


 1航戦の「加賀」、3航戦の「隼鷹」「龍驤」が被弾・被雷によって戦列から去った頃、1航艦の空母6隻から発進した総数173機の第2次攻撃隊は敵「甲2」部隊に向かって進撃を続けていた。


 第2攻撃隊の進撃路を塞ぐように多数の敵影が展開しつつある。敵「甲2」部隊に配属されている空母から発進したグラマンF4F「ワイルドキャット」で間違いないだろう。


「さて、どうなるかな?」


 「瑞鶴」艦爆隊に所属している大西清中尉は、気軽な声でペアの森田喜八飛曹に聞いた。大西は開戦劈頭の真珠湾攻撃にも参加した戦士であり、1航艦の全艦爆操縦員の中でも、上位1割に該当する腕の持ち主だとの評を得ている人物であった。


「F4Fの機数が50機前後くらいだと思われるので、艦爆、艦攻が攻撃を受ける可能性は低いと考えますが、偵察員兼電信員の自分としては、自らの役割を全力で果たすのみです」


 大西の様子とは対称的に、森田は真面目そのものといった様子だ。戦闘を前にして死の恐怖と必死に戦っているのかもしれなかった。


 零戦隊の動きにも変化が生じる。「赤城」「飛龍」「翔鶴」艦戦隊が上昇を開始し、「加賀」「蒼龍」「瑞鶴」艦戦隊は艦爆、艦攻を包むように展開を開始する。


 F4Fが第2次攻撃隊目がけて一斉に突っ込んでくる。両翼に発射炎を閃かせ、その火箭に3機の零戦が貫かれた。


 被弾した3機の零戦が空中戦の戦場から消失したときには、零戦隊も果敢に反撃に移っている。20ミリ弾を燃料タンクに撃ち込まれたF4Fが燃料の誘爆によって爆散し、ワイヤーの断ち切られたF4Fが機体バランスを崩し、高度を落としていく。


 大西は他の艦爆と密集隊形を取るべく、操縦桿を動かした。他の「瑞鶴」艦爆隊も同じ動きを取り、「瑞鶴」艦爆隊は密集隊形を形成する。こうすることによって機銃の弾幕射撃の集弾率を高める事が出来る。


 零戦を振り切ったF4Fが「瑞鶴」艦爆隊に突っ込んできた。


 大西は機首2挺の7.7ミリ固定機銃の発射把柄を握り、細い火箭がF4Fに向けて発射される。


 「瑞鶴」艦爆隊は密集隊形を取っているため、有効な弾幕を形成出来ているはずであったが、墜落してゆくF4Fは1機もいない。7.7ミリ機銃では重装甲のF4Fに対して有効な打撃にはならないのだろう。


 99艦爆の操縦員としては歯がゆい限りであったが、今はいたしたがなかった。


「とっ、戸尾機被弾! 辰巳機被弾!」


 森田が味方機の報告を報せる。「瑞鶴」艦爆隊12機の内、2機が一瞬にして失われてしまったのだ。


 その後、約10分間、第2次攻撃隊は進撃を続け、優に10機以上の攻撃機が失われた所で、敵艦隊の姿が見えてきた。


 空母3隻を中心に据え、その周りを多数の巡洋艦、駆逐艦が固めている。司令部呼称敵「甲2」部隊で間違いないだろう。


 「瑞鶴」艦爆隊長瀬戸直也大尉が乗っている99艦爆が、輪形陣の右後方に編隊を誘導する。瀬戸大尉は敵空母3番艦を狙う腹づもりのようだ。


 海上に発射炎が閃き、空中に黒煙が湧きだし始めた。


(我が軍の対空砲火とは比べものにならない激しさだな。1発かすっただけで、爆発四散してしまいそうだ)


 米艦隊の対空砲火の凄まじさを目の当たりにした大西は心の中で呟いた。今回のミッドウェー攻略作戦に先立って、帝国海軍の対空砲火もできる限りの強化が図られていたが、それでも米海軍のそれとは比べものにならないと大西は感じた。


 高角砲弾の弾片が99艦爆の機体を大きく揺さぶり、早くも「瑞鶴」隊の1機が被弾し、編隊から落伍していった。


「まあ、何とかなるだろ」


 四方八方から高角砲弾、機銃弾が飛んでくる修羅場の中でも、大西はやはり気軽な様子で呟いた。米艦隊の対空射撃は確かに凄まじく、僚機も次々に被弾・墜落していっていたが、何故か自分だけは死ぬ気がしなかったのだ。


「突っ込むぞ! 森田!」


「はっ、はい!」


 大西が操縦桿を前に倒し、森田も返事を返した。


 敵空母3番艦に取り付いた他の「瑞鶴」隊の99艦爆も急降下を開始する。


「高度2600! 2400! 2200!」


 森田が高度計を読み始め、眼下に見える正規空母の飛行甲板が急拡大してきた。


 頃合い良しと見たのか、敵空母は転舵を開始し、降爆の照準をずらそうとしてくるが、歴戦の戦士である大西には通用しない。


 高度1000メートルを切ったあたりから、敵空母の艦上からおびただしい数の火箭が突き上がり始めた。降下してくる99艦爆を射程距離に捕らえた、機銃座が一斉に射撃を開始したのだ。


 99艦爆が更に1機、2機と火を噴き、1発で粉砕される。


「800!」


 森田が高度800メートルを報せたとき、瀬戸大尉の1番機が投弾し、離脱していった。


 数秒後、敵空母の飛行甲板の中央付近から火焔が湧きだし、濛々たる黒煙が噴き上がり始めた。


 敵空母から発射される火箭の数が激減し、その隙を大西は見逃さなかった。


 大西が250キログラム爆弾の投下レバーを引き、落下した爆弾が敵空母の飛行甲板のぶち抜いたのは30秒後の事であった・・・







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