第7話 燃える「加賀」
1942年6月12日
第2艦隊が第2次空襲の対処に追われていた頃、第1航空艦隊もまた、今日最初の空襲を受けようとしていた。
1航戦の「赤城」、2航戦の「蒼龍」「飛龍」、5航戦の「翔鶴」「瑞鶴」は既に回避運動を開始しており、周囲を固める護衛艦艇は対空砲火を盛んに撃ち上げていた。
帝国海軍の諸艦艇は米海軍の艦艇と比べて高角砲、機銃の装備数で劣っており、その精度もまた劣っていたが、第3戦隊の金剛型戦艦4隻を始めとする護衛艦艇が盛んに火箭を撃ち上げる様は、1航艦全体が迫り来る敵編隊に対し、怒りの咆哮を上げているかのようであった。
「面舵一杯!」
空母「加賀」艦長岡田次作大佐は敵機の動きを見極め、航海長三谷一郎中佐に転舵を命じた。
約40秒後、「加賀」が転舵する。全長238メートル、全幅31.7メートル、基準排水量33693トンの巨艦が、海面を切り裂きながら、右へ右へと艦首を振ってゆく。
「ドーントレス第1波、突っ込んできます!」
「射撃開始!」
見張り長からの報告を聞き、岡田は「加賀」砲術長久保久次中佐に下令した。
一拍置いて、加賀の両舷から重巡のそれに劣らない発射炎がほとばしり、細い火箭も多数、ドーントレス目がけて突き上がっていった。
「加賀」に搭載されている全ての火器――20センチ連装砲2基4門、同単装砲6門、12センチ連装高角砲6基12門、13ミリ連装機銃4基8門が一斉に射撃を開始したのだ。
ドーントレス1番機に火箭が集中し、そのドーントレスは木っ端微塵に粉砕され、20センチ砲弾の炸裂によって恐れをなした2機のドーントレスが投弾コースから離脱していった。
対空砲火で撃退出来たのは、その3機のみであった。残りのドーントレスはダイブ・ブレーキの唸り音を上げながら、「加賀」の飛行甲板目がけて突っ込んできた。
投弾を終えたドーントレスは、海面すれすれの高度で引き起こしをかけ、4機目のドーントレスが離脱したところで、「加賀」の左舷側海面に最初の水柱が奔騰した。
2本目の水柱が「加賀」の右舷側海面に、3本目の水柱が「加賀」の艦首手前に奔騰し、岡田は何とか全ての投弾を回避することが出来るか――そう思い始めていたが、現実はそんなに甘くはなかった。
外れ弾の水柱が4本を数えた直後、艦橋直下に爆発光が閃き、艦橋が激しく揺さぶられた。岡田を始めとする「加賀」の幹部乗員ほぼ全てが大きくよろめき、その衝撃が収まる前に1番昇降機付近に1発、左舷後部に1発に直撃弾が炸裂した。
「被害状況知らせ!」
「直撃弾3発! 消火活動開始します!」
岡田が即座に被害状況の掌握を開始し、「加賀」副長の美濃部関蔵中佐が消火活動の指揮を執り始めた。
「『蒼龍』『飛龍』被弾なし!」
「『翔鶴』『瑞鶴』『赤城』健在です!」
「被弾したのは、本艦のみか・・・」
岡田は唇を噛みしめた。1航艦の6隻の空母の中で最有力の「加賀」を傷つけてしまった申し訳なさが胸中で広がりつつあった。
「ドーントレス第2波きます!」
「低空付近からアベンジャー接近、機数5機以上!」
2つの報告が、新たに「加賀」の艦橋に上げられ、岡田は「加賀」がまだ窮地を脱していないことを悟った。
「舵そのまま!」
岡田は新たな転舵を命じず、対空砲火が新たな敵機に向かって射撃を開始した。
ドーントレスよりも脅威度の高い雷撃機のアベンジャーに射撃が集中され、3機のアベンジャーが立て続けに海面に叩きつけられた。
「不味い・・・。上空のドーントレスが・・・!!!」
艦橋内の誰かが叫び、岡田も爆弾多数の命中を半ば覚悟していたが、そのとき、上空で異変が生じた。
黒い影が3つ、ドーントレス編隊の後部に取り付き、次々にドーントレスに火箭を叩き込み始めたのだ。
「敵1機撃墜! また1機、いや、2機撃墜!」
見張り員が歓声混じりの声を上げ、艦橋内からも歓声が上がった。1航艦の直衛に就いていた零戦が、「加賀」の窮地を見て、救援に駆けつけてくれたのだ。
零戦の強襲に虚を突かれたドーントレス群はまだ高度1000メートル以上んも関わらず、投弾を開始した。
水柱が奔騰し始めるが、先程とは打って変わって何ほどの脅威にもならない。最も近い着弾でも「加賀」から150メートルは離れており、至近弾炸裂の衝撃すらほとんど感じられぬほどであった。
だが、奔騰した水柱によって、視界が遮られ、「加賀」の対空射撃が僅かに精度を欠いた瞬間を、アベンジャーの搭乗員達は見逃さなかった。
狙い澄ましたように発射された7本の魚雷が「加賀」に殺到し、その内2本が「加賀」の下腹に吸い込まれた。
魚雷が命中した箇所――前部艦首付近、左舷中央部からは既に海水が艦内に侵入を開始しており、駆けつけた乗員が防水扉を数人がかりで渾身の力を込めて閉じるといった作業が始まっていた。
1航戦の「加賀」は、この瞬間、戦列から去ったのだった・・・
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霊凰より
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