第6話 戦艦部隊混乱

1942年6月12日


 第2艦隊に対する第2次空襲で、最初に狙われたのは2戦隊2番艦の戦艦「山城」だった。


 「山城」艦長小畑長左衛門大佐は航海長に転舵を、砲術長に対空射撃開始を即座に命じ、一拍の間を置いて、「山城」に装備されている12.7センチ連装高角砲4基8門、25ミリ3連装機銃3基、25ミリ連装機銃8基から多数の火箭が放たれた。


 「山城」に向かってきた敵機は双発のB25が9機、B17が3機の計12機であり、「山城」の対空砲火は見事にその内1機を撃墜し、1機を被弾損傷させ、離脱せしめた。


 そして、老齢艦にふさわしい巧みな操艦術で、投下された1000ポンドクラス、500ポンドクラスのほとんどに空を切らせたが、流石に全ての爆弾を回避することは叶わなかった。


 「山城」の艦首付近に1発、煙突付近に1発、そして、扶桑型戦艦の特徴である第2艦橋付近にも1発の爆弾が炸裂した。


 被弾の瞬間、「山城」の艦体は関東大震災の再現ではないかと思われるほど、打ち震え、多数の弾片が艦上に撒き散らされた。


 高角砲2基、機銃座1基が瞬時に吹き飛び、艦内各所では早くも放水作業が始まっていた。


 「山城」は戦艦であり、たかだか直撃弾3発程度ではびくともしなかったが、この第2次空襲での対空戦闘からは離脱せずを得なかった。


 「山城」被弾と時を同じくして2戦隊1番艦であり、第2戦隊の旗艦も務めている戦艦「扶桑」も多数の水柱に包み込まれていた。


 「扶桑」を襲ったのも、「山城」と同様陸軍機であり、対空射撃によってB25、B17各1機ずつを撃墜したが、やはり投下された爆弾の全てを回避することは出来ず、艦尾付近――艦の動きを司る舵がある場所にピンポイントに1発が命中した。


 この痛烈な一撃によって「扶桑」の舵は使用不能となってしまい、「扶桑」は艦長の意とは反し、右舷側に回頭を始めた。


 4戦艦中、襲いかかってきた陸軍機が一番少なかった「伊勢」は、被弾0で切り抜けた。


 そして、松田が指揮する「日向」にも15機の陸軍機が迫ってきていた。


「射撃開始!」


 砲術長の田村が射撃開始を命じ、50口径単装速射砲、12.7センチ連装砲が待ってましたと言わんばかりに砲撃を開始した。


 赤い槍と思わんばかりの火箭が遙か上空を飛行しているB25、B17に向けて噴き伸び、いくらかは命中しているように見えたが、墜ちる敵機はいない。


 全機が編隊形を崩すことなく、「日向」との距離を詰めてきていた。


「右前方、味方機!」


 「日向」の艦上で不意に歓声が上がり、松田は瞬時に状況を理解した。


 防空戦闘に従事していた零戦の内、一部の機体が味方撃ちの可能性も厭わず、未だに戦闘を継続していたのだ。


「敵機1機撃墜! また1機撃墜!」


 零戦から放たれる20ミリ弾が敵機に吸い込まれる度、敵編隊は櫛の歯が欠けるように欠けてゆき、残存機数は7機となった。


「零戦隊はよくやってくれていますな」


「そうだな。既に2回の空襲によって3航戦、4航戦の直衛戦闘機隊も相当数損耗しているはずだが、こうして粘り強く戦ってくれている。その者達のためにも『日向』を3航戦、4航戦の4空母を被弾させる訳にはいかん」


 副長の山元が呟き、松田はうなずき、敵機から投下される爆弾を回避すべく、転舵を命じた。


 「日向」が艦首を右に振り、弧を描くようにして転舵を始めた。


 ここにきて敵機1機が火箭に貫かれ、黒煙を噴き出しながら離脱したが、他の敵機は腹に抱えてきた爆弾を全て投下して離脱していった。


 爆弾の効果音が死を報せる鐘のように艦橋内に響き、海面に着弾した瞬間、奔騰した水柱がカーテンのように「日向」の艦体を包み込んだ。


 至近弾炸裂の衝撃が「日向」の下腹を連続して突き上げ、浸水報告が飛び込んできた。


 このまま全ての爆弾を躱しきる事ができるか・・・、松田も山元もそう思い始めていたが、現実はそう甘くはなかった。


 奔騰する水柱が5本を数えたとき、「日向」の第1主砲と第2主砲の間に黒い塊が吸い込まれた――そう思った直後、真っ赤な火焔が湧きだし、大量の破片が天に舞い上がった。


「第1主砲と第2主砲の間付近に着弾した! 第1班、第2班消火活動に迎え!」


 応急指揮官の山元が即座に消火の指示を出し、この1発の直撃弾を持って、「日向」に対する投弾は終わった。


「敵機、『隼鷹』『龍驤』に急降下!」


「しまった・・・!!!」


 見張り員からの絶叫のような報告を聞いた松田は絶句した。


 出撃前の2艦隊の対空戦闘計画では2戦隊の戦艦4隻が各々1隻ずつの空母を専従で守るという計画であったが、米陸軍機の攻撃によって「山城」と「扶桑」は自身の被弾によってそれどころではなくなり、損害軽微の「日向」「伊勢」も回避運動によって空母との位置が大きく離れてしまっていた。


 「隼鷹」「龍驤」は転舵し、飛行甲板両縁からは盛んに火箭を飛ばしていたが、両艦にできる抵抗はそこまでだった。


「『隼鷹』1発被弾! 『龍驤』4発被弾!」


 約1分後に飛び込んできたのは、2空母被弾の報告であった・・・


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霊凰より

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