もしかしたらあったかもしれない未来

「すっげえ楽しそうだなぁ。良いこと良いこと」


 俺の視線の先では真治と幸喜が騒ぎながら、そして浮き輪を使って真白と結華がぷかぷかと浮いている。

 四人とも楽しそうに笑顔を浮かべており、しっかりと真白も楽しめているようで安心した。


『兄さん、どうだった?』


 実はさっきまで、俺たちは岩陰に隠れてちょっと愛し合っていた。

 元々そのつもりではなかったのだが、愛おしい恋人と静かな岩陰に行けばそんな空になるのもおかしくないわけで、どっちかといえば血染に誘われる形だったがとにかく愛し合った。


「むにゃ……兄さん……すぅ」


 そんな彼女は俺と一緒にパラソルの下で休憩していたが、気付けば俺の膝を枕にするように眠っていた。

 高校一年ということでまだまだ子供ではあるものの、その表情も体も間違いなく成熟した女性のモノへと近づいている……言ってしまうと、普通よりも圧倒的にスタイルなどは優れていると言えるだろう。

 そんな子が今、涎を垂らして眠っている姿は本当に愛らしかった。


「……それで美空?」

「は、はい!?」


 俺たちと一緒に休憩している美空なんだが、俺たちが戻ってきてからずっとトリップしているというか、夢見心地のような様子で返事がこんな感じになっている。


「大丈夫か?」

「大丈夫ですわ。えぇ私は大丈夫です大丈夫ですのことざます」

「……………


 うん、全然大丈夫じゃないね。

 戻って来た時に血染はポンポンと美空の肩を叩いていたので、何があったかは分かっているようだけど、まあ本人が話さないのであれば聞く必要もないか。


「……………」

「……………」


 しかし静かだな。

 隣を見るとジッと遊んでいる四人を楽しそうに見つめる美空、少し視線を下げると前世で何度かお世話になった特大のバストと……ふぅ、いかんいかんと俺は頭を振って煩悩を消し去る。


「……なあ美空」

「っ……なんでしょうか?」

「ありがとな。血染だけでなく真白とも友達になってくれて」


 特に言うこともなかったが、自然とこんな言葉が漏れて出た。

 美空はポカンとした様子で目を丸くしたが、すぐにクスッと笑ってそんなの当然ですと握り拳を作った。


「むしろこのような機会を下さった大河さんに私はお礼を言いたいですわ。兄妹愛という素晴らしいものに目覚めさせてくれたこと、この世において真の美しさを教えてくださったこと、本当にありがとうございます」

「そこまでかよ」


 やっぱりちょっと覚醒しすぎだろ美空は。

 力強くグッと拳を作り、ニッコニコで楽しそうな美空はどことなく無敵なイメージを感じさせたものの、すぐにそんなウキウキな様子から一転して表情を真剣なものに変えた。


「大河さん」

「うん?」


 そんな彼女に見つめられると俺も自然と姿勢を正した。


「私は本当にあなたたちと出会えて良かったです。実を言うと、少しばかり行き過ぎかなと自分のことを思うことはあるのですが、それでも絶対に越えてはいけないラインは越えないようにしているつもりです」

「そう……だね」


 まあ今のところそのようなラインがあるかはともかく、何だかんだで血染と真白が楽しそうにしているし、俺も疲れることはあるが悪い気はしていないのだから。

 彼女は俺から視線を外し、気持ち良く眠り続けている血染に視線を向けた。


「可愛いですよね本当に」

「あぁ」

「こういう子が妹だったらと何度思ったことか、それこそどんなことだってしてあげたいと思います。そしてその逆もまたあって、大河さんがお兄さんだとしたらどれだけ幸せなんだろうと」

「……そう?」

「はい。思いっきり性癖を捻じ曲げられてしまいました――責任取ってください」

「なんでさ」

「うふふっ、冗談ですよ♪」


 美空は口元に手を当てた後、まさかのこんなことを口にした。


「血染さんから聞いたのですが、大河さんは血染さんと出会ってなかったら私を好きになっていた未来があったかもしれないって本当ですか?」

「ぶっ!?」


 俺は口に含んでいたジュースを噴き出しそうになってしまった。

 いきなり何を言ってんだって思ったけど、確かにそのことは血染に話しているし結華にも似たようなことは話していた。

 美空のことは気に入っていたということはまあ好きになるという意味と同じかもしれないが、まさかそれを血染が話していたとは……めっちゃ恥ずかしいし、俺はどう言葉を返せばいいんだ?


「それを想像すると嬉しいですね。あの大河さんに……ですから」

「……まあ、確かに血染に出会わなかったら考えなかったこともないかな。今はもう想像できないけれど」

「分かっています。私もそれはないと思っていますから」


 もしも血染とずっと兄と妹として過ごしていたのだしたら……いや、もしそうなら美空とここまで仲良くなることはなかっただろう。

 そんな世界ももしかしたらあったかもしれないが、それを想像したところで何も意味を持たない。


「ですが気になるというのも女の性というもの! 私のどういった部分が大河さんにとってそういうことを思わせる要因になったのでしょうか!」


 そりゃアンタ、やっぱり一番はそのおっぱいだよ。

 たぶんびょうあいをプレイして美空のことを好きになったプレイヤーは二つに分かれるはずだ。

 まず美空のキャラデザを見た時にその大きな胸に惹かれる奴と、その美しい容姿に惹かれる奴とでまず別れるだろうが、そこから美空というキャラを知って同級生にお姉ちゃんになってもらうという一部人間の性癖を破壊する彼女を好きになるというのがおそらくの流れだろう。


「……っ! もう大河さんったら!」

「すまん」


 ジッと胸を見ていたら恥ずかしそうに美空は手で隠す。

 しかし、そうしても隠れてはおらず逆に腕の位置の関係で形が歪み、更に卑猥な光景になっているんだが美空は気付いてないようだ。


「まあでも、美空って人を知ってからは色々と変わったよ。俺や血染たちのことで興奮する姿はどうかと思うけど、少なくともそこに思い遣りがないわけじゃない。だから傍に居て嫌だと思うこともないからさ」

「……………」

「だからまあ、敢えてこう言えるんじゃないかな。今の俺は君のことを友人として本当に信頼しているし、そういう意味で凄く好きだよ」

「っ……」


 そう、だからこそこの想いが発展することはない。

 どれだけ美空のことを好きだと思っても、良い女性だと感じても、結局はそれ以上の気持ちに昇華することがないのだから。


「私も……私も大河さんが好きです。血染さんと真白さんが好きですわ。友人としてどこまでもお付き合いしたい、それこそ大人になってもずっと」

「ま、続くんじゃないか? 美空のことだし、卒業して離れるくらいじゃ別れにはならないんだろ?」

「当然です! むしろ、お世話したい気分ですから♪」


 パンと手を叩いて彼女はそう言った。

 確かにこんな女の子から愛され続けられるのも幸せだろうが、その本質の恐ろしさはそこに飽きなどといった感情が介在しないことだ。

 もっと溺れたい、もっと愛してほしいと人格すらも作り変えてくるほどの感情を彼女は抱かせ依存させるのだから。


「ま、それが美空先輩らしいよねぇ」


 そこで響いたのは血染の声だった。

 いつの間にか目を開けていた彼女はニコッと微笑み、体を起こして俺の頬に軽いキスをした。


「あらあらまあまあ!」

「興奮すんなし」


 ぺしっと血染が軽く美空の肩を叩いた。

 その後、美空は身体を冷やしてくると言ってみんなの元に向かい、俺は血染と並んで彼らを見つめていた。


「楽しいね本当に。まだまだこの世界は捨てたもんじゃないってそう思えたよ」

「ラスボスみたいな台詞だな」

「ある意味であたしはラスボスじゃんか」

「違いない」


 遠くで真白が結華と一緒に手を振って来たので、それに血染と共に振り返す。

 血染だけでなく真白も笑顔なのを見るに、何度も思うが本当にこうしてここに来て良かったなと、多くの友人が二人に出来て良かったと心の底から思った。


「兄さん」

「うん?」

「あたし、幸せだよ。この世界に生まれて良かった」


 ……………。

 その言葉が何より、俺は嬉しいってもんだぜ血染。


「兄さん、泣いてるの?」

「……うるさい」


 マジでなんでこの体は涙脆いんだ?

 これならもしも将来血染との間に子供が出来たりしちゃった時、俺は感動で辺りが洪水になるのではと心配になるぞ。


「さあ兄さん、あたしたちも遊びに行こ!」

「おう!」


 血染に手を引かれ、俺はみんなの元に向かうのだった。

 こうして夏休みの一番とも言える時間は過ぎて行き、そしてその時はやって来る。


 血染の決意、それを示すその時がついに。

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