覚醒

「なあ大河」

「なんだ?」

「……何がどうなってこうなったんだ?」

「色々あったんだよ。色々とな」


 真治と幸喜の視線の先、それはつまり俺の目の前になるわけだが、美空と隣のクラスに居るはずの結華が楽しそうに会話をしている。

 つい先日まで彼女たちに接点はなかったのだが、あの喫茶店でのやり取りを経て本格的に結華もこちらに接点を持つようになった。


「へぇ、美空ってばそんなことをしてたのね」

「はい。とはいってもそこまでではあるのですが――」


 基本的に俺たち男三人の元に美空がやってきて、廊下から見えたのか楽しそうに話をする俺たちに加わろうと結華も堂々と教室にやって来た。

 真治と幸喜からすれば驚きの連発だろうけど、別に彼女たちは俺だけを相手するわけではなく、二人にも話を振ったりするので逆に嬉しそうだ。


「お前には血染ちゃんが居るし……これはワンチャンあるやつ?」

「……まさか!?」

「ないですわねぇ」

「ないねぇ」

「ですよねぇ!」

「調子に乗りましたぁ!!」


 なんてやり取りもするくらいに打ち解けていた。

 ここに血染が居ればと思わなくもないが、学年の違いだけはどうにもならないので諦めるしかない。


「つっても……この子は居るんだがな」

「えへへ、お兄様」


 俺の膝に座るように真白がリラックスしている。

 美空や結華を知ったことで、真白も俺以外の人間に対しある程度の興味が出てきたのか、こうして休み時間の度にやってくるようになった。


「……血染が羨ましがってるけど、これは私の特権」


 そう言って真白はえっへんと胸を張った。

 姿が見えず、壁を好き勝手に貫通出来たり文字通り幽霊みたいなことが出来る真白だからこそこうして自由に動いているが、逆にそれを見て血染は心の底から羨ましがっているらしい。

 彼女にも付き合いがあるし、休み時間の度に離れた俺の教室に来るというのも現実的ではない……というかあまりにも目立つため、血染もその辺りを考慮して基本的には遠慮している。


(その分、夜に甘えてくる血染の可愛さが限界突破してるんだけどさ)


 まるで真白に与えた分を吸収するかのように、最近の夜の血染はとても可愛い。

 ちなみに、俺が美空と結華のことを名前で呼ぶことに驚くクラスメイトはそこそこ多く、今もかなり見られていた。


「あ、そうだわ。ところで大河」

「なんだ?」

「今週の土曜に遊びに行くからよろしくね? ちなみに血染ちゃんとは話付いてるから」

「……え?」

「私も行かせていただきますわ。……はぁ♪」


 マジか、それは知らなかった。

 視界の隅で一人の女が体をブルっと震わせていることに気付かないフリをしつつ、そういえば血染が驚くかもねと朝に言っていたのを思い出したけどこれだったのか。


「もっと……もっと血染ちゃんと仲良く、真白ちゃんも……ぐへへ」

「やっと二人のありのままの姿を間近で……くふふっ♪」


 今、二人の表情を見れているのは俺たちしか居ないわけだが……二人ともその美しい表情を大変他所には見せられないものに歪めている。

 真白はのんびりとした様子を変えていないのだが、真治と幸喜は隠されていた美女たちの表情にちょっと引いていた。


「二人とも、俺はこの顔を知っていたわけだ」

「……みたいだな」

「なんか……言葉が見つからないけど、なんかあれだな」


 これも血染たちが関わることでしかこうはならないので、普段の彼女たちはちゃんとした美少女だ。

 二人が家に来るということで嫉妬の視線を向けていた彼らだったが、彼女たちの顔を見たことでその視線を和らいでいた。


「やっぱり、おもしれえ女……たち?」


 そうだね、おもしれえ女たちだ。

 その後、結華は教室に戻り真白も地面に潜るようにして帰ったので、いつも通りの光景が戻ってきた。


「大河さん。私、最高に楽しみにしておりますわ♪」

「何を楽しみにするんだよ。美空たちが居るから二人っきりの時みたいなことはしないからな?」

「……え?」


 一体何を言っているんだと、彼女はそんな眼差しで俺を見つめた。

 まるでこの世の絶望を見たかのようにその表情は青くなっており……というか、ゲームで壮馬に一度だけ見せた表情にそっくりだった。


『なんでそんな風に言えるんだ? おかしくないかそれは』

『何を言っているのです? さあお姉ちゃんに――』

『……少し、距離を取らないか? 俺たち、ちょっと離れた方が――』

『……え?』


 それなりに好かれていた原作主人公の壮馬は考えなしではなく、ちゃんとヒロインたちに愛されながらも未来を見据えていた。

 だからこそ、お姉ちゃんになると言ってあまりにも変貌してしまった美空を元に戻すべく起こったイベントだった。


(……あの時の美空の顔は味があったんだよなぁ……って、そんな場合じゃねえ)


 俺はため息を吐きながら言葉を続けた。


「何を期待していたんだ君は……」

「……出来ることなら、お二人の熱い濃厚な絡みを――」

「見れるわけないよね? キスくらいならまだしもさ」

「キスが見れるのですか!?」


 おっと、どうやら言葉を間違えたらしい。

 鼻息を荒くしてグッと顔を寄せてきた彼女を、いい加減に戻ってきなさいと言って友達が引っ張っていく

 助かったなと安心していると、やっぱり感じる多くの視線だ。


(……はぁ、疲れる)


 まあでも、美空の変貌ぶりを見て離れようと提案した壮馬の気持ちが俺は今これでもかと理解出来る……そりゃそうなるよって感じだ。


「……学校が終わったら血染と真白に癒されよっと」


 なんてことを思ったその日の昼休み、俺はまた奴の愚行を目にした。


「……あれは」


 それは二人の男女……言ってしまうと壮馬と時雨だった。

 二人が向かう先は例によって例の如く屋上で、自信満々の顔をした壮馬の後ろを時雨が黙って付いていっている。


「あいつ……」


 俺はもう詳しく覚えていないのだが、確か壮馬と時雨の出会いは街中のはずだ。

 何気なしにボランティア活動に応募して、そこで壮馬は時雨と出会い仲を深めていくことになる。

 時雨は元々誰かに頼られることを喜びとしているのだが、その時に彼女は壮馬に対して感覚全てが反応して好意を持ったとか良く分からない説明もされていたような気がする。


「……流石ヒロインの中で一番やべえ奴って感じだな」


 もちろん血染は除くが。

 流石に主人公然とした行動を取らない壮馬なので、きっと時雨も彼に惹かれるようなことはないんだろうなと思いつつも、つい気になってその後姿を俺は追った。

 そして――。


「何かあったら頼らせてもらって良いか? だから番号とか教えてくんね?」

「……それは……構いませんが」


 俺はこの時、まるで無理やりにでも連絡手段を手に入れたように俺は見えた。

 頼られることを喜びとする時雨に対し、直球にその言葉を選んで内側に入り込もうとするが、常識的に考えればなんだこいつはとなるのが普通……そう俺はこの時思っていたんだ。


「じゃあな時雨、また連絡するわ」

「……………」


 壮馬の言葉に時雨は何も答えず、そのまま壮馬は屋上を出て行く。

 扉の陰に隠れていたのでバレることはなかったが、ある程度の手応えを感じたのか壮馬はこんなことを言っていた。


「やっぱ俺は主人公なんだよ。少し予定とは違うけど、この調子で――」


 そんなことをブツブツ言いながら奴は階段を下りて行った。

 入学早々に迷惑な先輩に捕まってしまった時雨が不憫で仕方ないと、そう思った俺の耳に時雨の可愛いらしい声が届いた。


「何あの先輩……どうして私が誰かに頼られたいって思ってることを知ってるの?」


 それは奴が転生者だから……ってあれ、何か様子がおかしい?


「……なんで私のことが分かるの? どうして私の願いを知っているの? まるで私のことをある程度分かっているかのように話してて……まさか、私にとっての運命の人なの? あの人が……あんな……あんな人が……ふふっ……あははっ♪」


 おや?


「どうして私のことを知ってるんだろう……でもそうだなぁ、そんなに甘えたいのなら私も色々と考えがあるかも。あんな風に無理やり接点を持ったんだもん、こっちがある程度何をしたところで文句はないよね? 私のことを知っているんだとしたら私の方もあの人のことを知らないとおかしいよね? アハハ♪ やること増えちゃったなぁどうしよっかなぁ」


 ……………。

 俺は黙ってその場を去った。

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