二人の心
最近、ふと夜に起きた時にあたしはある瞬間を眺めるのが好きだ。
それは今あたしの目の前に広がっていて、具体的に説明すると仲良く抱き合って眠っている兄さんと真白の姿だ。
「なんか、良いよねこういうの」
兄さんも真白もあたしにとっては大切な存在だ。
それこそ何があっても守らないといけない存在で、もしも居なくなってしまったらあたし自身が壊れてしまいそうな……それほどに大事な存在だ。
兄さんと真白が抱き合っていることに対して嫉妬? するわけないよ、だって真白もあたしなんだから。
「時間は……三時か。微妙な時間に目が覚めちゃったな」
そう呟いたあたしはベッドから出てリビングに向かった。
コップに冷たいを水を注いでゆっくりと喉に通すと、残っていた眠気が吹き飛ぶ気がしてならないが喉が渇いていたので仕方ない。
「……あぁ美味しい」
コップを置いてあたしは今日のことを思い返す。
兄さんを待っていたらやってきた美空先輩と結華先輩、その二人と私は自分でも驚くほどに仲良くなった。
真白のことを知ってもらったのはまだ結華先輩だけではあるけれど、いつか美空先輩に教えてあげても良いかなと兄さんに言ったのは冗談ではない。
「裏切るか裏切らないか、友人を作る上であまりにも身も蓋もない理由だけどあたしたちにとっては大切なんだよ」
裏切ること自体はどうでも良い、けど兄さんに何かした場合は遠慮なく喰ってやるくらいには私は常に考えている。
でもあの二人は本当にその心配はないと思えるほどに頭がおかしいのだ。
「……ふふっ、頭がおかしいってちょっと酷いかなぁ」
あたしは苦笑した。
しかしそう思えてしまうほどにあの二人に関しては今まで出会った人よりも明らかにおかしいのだけは確か、もちろん良い意味でね。
「それにしてもびょうあい……かぁ。本当に不思議な感覚」
兄さんに教えてもらったこの世界のこと、それは本当に驚きで溢れていた。
そもそも自分自身が生きているこの世界がゲームの世界だなんて思えるはずもないのは当然だけど、あたしが手を出した瞬間にデッドエンドまっしぐらの地雷ヒロインというのも中々に新鮮な気持ちで聞いていた。
「ヒロインである以上は可愛い子でありたいよねぇ」
まああたしは自分の容姿に絶対の自信を持っているし、可愛くもあって美人で、更にはエロい体付きだということも自負している。
無論、この体に触れることが出来るのは兄さんだけだが、それでも絶死を約束するヒロインというのはなんかこう……あたしに似合ってるなとも思った。
「ゲームのあたしは誰とも結ばれず、近づいてきた人を喰い殺す化け物だった。でもこの世界のあたしは兄さんと結ばれ、自分の力に振り回されることもない……それってさ――あたしは兄さん以外と恋愛することは出来ないっていう証明じゃないの?」
なんてことも最近は思い始めたわけだ。
兄さんと言っても今の兄さんで、もしかしたらあたしが本来出会っていた兄さんのことではない。
「あたしと真白はこれからもずっと兄さんの傍に居る。学生という時代を過ごして大人になり、兄さんと結婚して幸せな家庭を築いて……ふふ♪ それだけを考えるだけで毎日が幸せだなぁ」
あたしたちはまだまだ若い、だからこそもっともっと長い時間を愛する人と一緒に居られる幸せに体が歓喜で震える。
こんな風に幸せでいっぱいだけど、あたしは最近一つだけ考えることがある。
「……母親か」
あたしにとって母親との記憶は少ない。
あの人があたしのことを嫌っていたのは知っているし、何なら周りの人だって仕方ないことだけど母と同じだった。
大よそ母と娘というより、仕方なく飼われていた厄介者のペットみたいな扱いだったけど、それでもあの人が居たからあたしは兄さんに出会えた。
「……お互いに会うつもりはなく馴れ合うつもりもない。ましてや家族としての絆はもう絶たれている。それでも、あの人にあたしは今幸せだよって伝えても良いかなって思えるようになったのはたぶん……兄さんのおかげだ」
あの人は……母はあたしにとってもはや憎しみの対象ではない。
そんなマイナスな感情を抱くことの方が勿体ないと感じるほどに、あたしは今幸せなんだよ。
「さ~てと、何だかんだ三十分くらい考え事しちゃったな」
時刻は三時半、流石にそろそろ戻って眠らないとお肌に悪い。
しかしと、立ち止まってあたしが思い浮かべたことがもう一つ――それは改めてこの世界がヤンデレの子たちをメインにした物語であること、それってつまりあたしもヤンデレになるのかという単純な疑問だ。
「別にあたしは兄さんを束縛しようとは思わない、ただ独占したいだけだ。兄さんに迷惑は掛けたくないし兄さんがすることに文句もない……ただただ独占したいだけなんだよ本当に。兄さんの友人関係に口を出すつもりはないから美空先輩や結華先輩みたいな綺麗な女性が知り合いになっても嫉妬なんてしない……あたしはただ兄さんが傍に居てくれるならそれで良いし、本当にとにかく独占したいだけだし?」
……うん?
何か言葉の節々で引っ掛かった気がするけれど、あたしは別にどうでも良いかと思って部屋に戻った。
ベッドの上で相変わらず兄さんと真白は眠っていたが、兄さんの体勢が少し変わっていた。
「もしかして兄さん……あはっ♪」
あたしも抱き着いて眠れるような体勢になっているというのはつまり、あたしのことを待っていたってことだよね?
それならばとあたしはすぐに兄さんの隣に横になった。
「……すぅ……はぁ」
兄さんに思いっきり抱き着くようにしながらその体臭を嗅ぐ。
すると大好きな兄さんの香りが鼻から体の内側に進入し、兄さんだけのモノとなったこの体を熱くさせる。
奥底からあたしの女の貌が姿を現してしまう。
「兄さん、愛してるよ」
この体の疼きはまたの機会まで溜め込んでおくとしよう。
あ~それにしても……この香りに包まれて眠れるなんて、あたしったら最高に幸せだね!
▼▽
「……?」
何か、とてつもない喜びを感じた。
「お兄様? 血染?」
ゆっくりと体を起こす。
お兄様と血染は眠ったまま……あれ? なら今のは何だろう。
良く分からないことに首を傾げ、私は再びお兄様の体に抱き着くようにした。
「……えへへ♪」
今日の私は偉い。
いつもなら寝ぼける勢いで血染の影に潜ってしまうのに、今日はまだちゃんとお兄様の横に居ることが出来ている。
「……??」
けど、不思議な感覚は消えてくれない。
最近、良く分からない感覚が私の中を駆け巡る。
それは兄さんを見ていると胸の辺りがほんわかとしてくること、そして思わず手を伸ばしてしまうこと。
血染はそれを女として求めているんだよって言ったけど、イマイチその意味が私には分からない。
「女として求める……う~ん?」
感覚が分からないのであって、女として求めるという言葉の意味は理解している。
それはつまり、以前に血染と一緒になった状態で兄さんと体を重ねたあのことを意味しているんだろう。
「……っ~~」
今までそんなことは一度も考えたことはなかった。
けど、あの幸せを知ってしまった私はもうあの感覚を忘れることは出来ない。
「……血染と一緒じゃなくて、私ともしてくれるのかなお兄様は」
どこまで行っても私と血染は繋がっている。
だからどんな形であっても、私と血染がお兄様に愛されていることに変わらない。
それでも……私自身をお兄様は愛してくれるのかな?
「不思議な感覚。まるで人間みたい……あ、ダメだ。こんな考えはダメ、私は人間だということに自信を持たないと」
私は化け物ではない、それはお兄様と血染が言い聞かせてくれたこと。
ちょっとだけ特殊な力を持った人間であると、私はそう思わないと。
「……お兄様、血染、大好き」
分からないことはこれからたくさん覚えていけば良い。
私は真白……化け物じゃない、私は真白……お兄様の妹で、血染の半身だ。
「そうだよ。あなたは化け物じゃないんだから」
「あ……」
ふと聞こえたその声に、私は心から安堵し……そして体を浮かせてお兄様と血染の間に挟まれるように移動した。
血染は困ったように笑ったけど、私は幸せだった。
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