同盟、そして名前呼び

「あぁ……まさか放課後も六道さんと血染さんの二人を眺めることが出来るなんて我が世の春が来ましたわぁ♪」

「……アンタ、進藤美空よね? こんなキャラだったかしら……まあでも、私だってこんなんだし良いわよね別に!」

「……………」


 取り敢えずなんでこうなんだったっけか。

 俺は確か校門で血染と合流したんだけど、そこで偶然に美空と結華とも鉢合わせして……それで流れのままに四人で喫茶店に来たんだったわ。

 突然のことでもあったし、何より色々と強烈なことになっている二人が目の前に居るということで記憶に障害が起きていたようだ。


「お兄様、大丈夫なの?」

「大丈夫だ。あぁ真白は可愛いな本当に。俺の癒しだ」

「……もっと甘えて良いんだよ?」

「甘えるわ」

「うん」


 隣に座る血染に微笑ましく見つめられながら、俺は膝の上に座って抱き着いてくる真白を思いっきり抱きしめた。

 真白を認識できない二人が目の前に居るのだが、俺はそれを気にすることなく真白から与えられる程よい冷たさと、血染と何一つ変わらない弾力を楽しんでいた。


「兄さんったら……それで、進藤先輩とは既に自己紹介はしてますけど、あなたとこうして話すのは初めてですね?」

「え、えぇ……」


 真白とイチャイチャしながら耳だけは彼女たちのやり取りを聞いている。

 どうやら血染に話しかけられたことで結華はかなり緊張している様子だが、まあそれも無理はないかと俺は苦笑する。


「わわっ……くすぐったいよお兄様」

「おっと悪い」

「ううん、驚いただけ。だからもっと引っ付いて、もっと私に甘えて?」

「……………」


 今日の真白はやけに大人っぽいというか、お姉さんみを感じるぞ。

 それでも真白はやっぱりボーっとしている表情が多いため、どこまで行っても妹だなという認識から抜けることはなかった。


「緊張してるんですか? 確かに話をするのは初めてですけど、兄さんから大分頭のネジが外れ……コホン、愉快な性格の方だと聞きましたが?」

「大河?」

「だって本当じゃん」

「……それはそうだけど。なんか釈然としないわ」


 いやだって……ねえ?

 なんてやり取りをしていたら何故か美空が頬を膨らませており、俺たちはどうしたのかと彼女に一斉に目を向けた。


「何故、六道さんはこんなにもすぐに間桐さんと打ち解けているんですか? 私はまだ名前で呼んでくださらないのに!」

「……えっと」

「……それなりに仲良くなれたと思いました。でも、それは私だけがそう思っていたのでしょうか?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 おかしいな、なんで矛先が俺に向いているんだろうか。

 この美空の言い草はある意味で別の女性に嫉妬している姿に見えなくもないが、彼女の真意はおそらくそんなものではないはず……困り果てていた俺を助けるように血染が口を挟んだ。


「どうして兄さんと親しくなりたいんです?」

「私、六道さんともですが血染さんとももっともっと親しくなりたいですわ!」

「その心は?」

「親しくなればこのてぇてぇ空間をもっと見れるからです! もしかしたらお家に遊びに行く機会もあって、その時の完全プライベートなお二人を見れる可能性も圧倒的に増えます! なので私、もっと親しくなりたいのです!」

「……だと思ったよ全く」


 そのうちストーカーになりそうな勢いだけど大丈夫かこの子は。

 ちなみにこの美空の変容を見た結華は先ほど、驚きながらも受け入れていたが流石にここまでとは思わなかったようだ。


「限度はありますが、あたしと兄さんのラブラブな光景を見たいというのであればどうぞ見てくださいとしか」

「ちゃんと、限度は弁えておりますわ」


 血染の一言に美空は瞬時に姿勢を正した。

 先ほどまで鼻息も荒くなっていたし、何なら鼻の穴まで大きくなっていたのに今の彼女は完全に淑女の姿を見せていた。


「兄さんの周りには面白い人が集まるんだねぇ。あたしは何か良からぬことをしてくる人たちについては容赦しないけど、進藤先輩や間桐先輩みたいな人たちは嫌じゃないです」

「……血染さん!」

「……血染ちゃん!」


 美空と結華が感動したように差し出された血染の手を握っていた。

 昔ならいざ知らず、今の血染に対してこのような笑顔と言葉を伝えられて嫌な感情を浮かべることはまず無理だろう。

 万人にウケるものはないという言葉はあるんだが、血染の醸し出す魅力は全ての存在を魅了して惹きつける力があるのだから。


「兄さんもさ、進藤先輩のこと名前で呼んであげたら? あたしも良い機会だしお二人のこと名前で呼ばせてもらっても?」

「あぁ……進藤が良いなら全然」

「もちろん構いませんわお兄様……じゃなくて六道さん!」

「わ、私も全然オッケーだよ血染ちゃん! というかもう私は呼んでるけど!」

「……お客様、少しお静かにしていただいてもよろしいですか?」


 盛り上がる俺たちの元に店員さんが注意を促した。

 流石に彼女たちの声がうるさいんだろうなとは思っていたけど、流石に注意をされてしまうほどにうるさかったらしい。

 美空と結華は落ち着いてくれたが興奮は冷めないようだ。

 その後、お互いに名前を呼び合うということになり、美空がハンカチを手に涙を流していた。


「あぁ♪ 今日という日は最高の日ですわ。大河さんと血染さん、お二人ともっと仲良くなれた気がしますもの」

「そうねぇ……ねえ美空、アンタ凄く面白い子じゃない。それに……」

「分かってますわ結華さん。私たち、気が合いますものね。正にマブダチというものではありませんか?」

「マブダチ……良いわね凄く! お互い、これからも仲良くしましょう!」

「えぇ!!」


 目の前で新たな友情の誕生を俺たちは目撃した。

 それから美空に関しては実は習い事があるようで、名残惜しそうにしながらも店から出て行った。


「俺たちとの時間の方が大事だから遅れて良いって大丈夫かよ」

「あれでお家は凄くお金持ちなんだよね? お嬢様ならそういうのって家族が凄くうるさそうだけど」

「あの子は大丈夫よ。確かに将来の為にということで習い事をしてるけど、美空の家族はあの子の考えを第一としてるからね」


 そうだった……ような覚えがあるようなないような。

 たぶんだけど現時点だと俺よりも結華の方が物語について覚えていることは多いだろうし詳しいと思っている。


「でもまさか、本当に結華さんは特殊な存在だったんだね」

「えぇ。あの時点で気付かれているとは思わなかったわ」

「……兄さんと同じ世界の人?」

「みたいね」

「……………」


 結華の言葉に血染は頬を膨らませて俺を見た。

 血染は滅多に嫉妬はしないとはいえ、今の彼女が抱いている感情は間違いなく嫉妬が見え隠れしていた。

 そしてそれは血染だけでなく、感覚が共有されている真白も同様だった。


「……仕方ないとは分かっててもさ。あたしは兄さんの居た世界がどんなのかは知らないし、そっちに行くことは出来ないから」

「それはまあそうだな」

「だからちょっとジェラシー感じてるかも」

「……私もだよお兄様」


 やれやれ、妹二人が可愛くてどうしようもないほどに愛おしいんだが。

 目の前に結華が居る以上はあまり周りを忘れて彼女たちを可愛がることは無理なので、家に帰るまでは少し我慢をしよう。

 さて、見えないとはいえ真白の存在を結華は知っているからなのか、血染は不自然にならない程度に力を解除した。


「……え?」


 結華の驚いた声と唖然とした表情が印象的だった。

 彼女の瞳に映るのは血染と瓜二つの美少女であり、彼女の認識で言うところの黒い血染が姿を見せたのだ。


「真白、改めてご挨拶だ」

「うん。初めまして、真白だよ」

「あ……うん。初めまして」


 結華、度重なる感動により脳がキャパオーバーを起こしたようだ。

 とはいえ転生という経験をしたからなのか物事を受け入れる能力はそれなりに養われているようで、店を出る頃には真白の手を握って仲良くなっていた。


「この世界は神ね! あんなにも恋焦がれた二人に会えるなんてマーベラスだわ!」

「……テンション高すぎ」

「あ、ごめんなさい真白ちゃん! お願いだから嫌わないで!」

「嫌うまではいかない」

「天使や……天使がおる!!」


 もはや間桐結華とは何なんだというキャラ崩壊が起こっている。

 こうして俺たちの秘密を知る存在が増えたわけだが、結華が何か良からぬものを引き込むようなことは全く想像できないので、血染や真白にとっても全てを受け入れて接してくれる結華の存在は大きいモノになるのではないかと俺はそう思っている。


「別に美空先輩にも真白のことは伝えて良いと思ってるよあたしは」

「そうなのか?」

「うん。言ったでしょ? 絶対に裏切らないって分かってるから。むしろ、今日見せた以上の感動で涙止まらなくなるんじゃない?」

「……ありそうだな」


 簡単に想像出来た美空に俺と血染は笑うのだった。

 彼女たちヒロインにおける変化、それは主人公である壮馬の与り知らぬところで取り返しの付かない変化を齎している。

 自分は好かれて当然だと考えている壮馬がここまで来ると不憫に思えるが、まあこれが現実だとあいつには理解してもらうしかないのだろう。

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