彼だけは何も気付いていない、故にイキる
「お客様~? 痒い所はございませんか~?」
「ないですか~」
「二人のおかげで気持ち良いよ凄く」
俺は、今天国に居た。
その一日の疲れと汗を洗い流す風呂の時間、いつもなら一人で入ってのんびりとしているところなのだが、今日はなんと妹たち二人との入浴だ。
今の彼女たちの台詞からも分かるように、二人がタオルに泡を立てて俺の体を洗ってくれている……これを幸せだと、天国だと言わずして何と言うのか。
「お兄様が凄く幸せそうな顔をしてる」
「ふふっ、良いことだよそれは。ささ、流すよ~」
肩からお湯を掛けられ、体に纏わりついていた泡が洗い流された。
二人とも体にタオルを巻いていたりするわけでもないので、大事な部分など色々な場所は丸見えだが、これくらいで照れるようなことはもうない。
そうはいっても血染も真白も魅力的な肉体を持っているので、ムラムラするのは当たり前だが我慢できる。
「……あ、そろそろ始まる」
「あ~テレビか」
俺の体を洗い終えたちょうどいいタイミングで真白は一目散に風呂を出て行った。
時間は今夕方の六時を回るかどうかくらいだが、真白がハマっているテレビがこの時間帯にはあるので、どうもそれは彼女にとって見逃せないらしい。
「あたしが言うのもなんだけど人間臭くなったというか」
「良いことじゃないか」
「まあねぇ♪」
真白ももう人間とどこも変わりはしないなと俺たちは笑った。
「それじゃあ兄さん」
「おぉ、任せてくれ」
俺の前に血染が背中を向けて座ったので、今度は俺が彼女の体を洗う番だ。
自分の体が汚いとか言うつもりはないが、血染の体は本当にシミ一つない綺麗な肌で、下手に力を入れて痕でも付いたらどうしようかと正直ビクビクしている。
(ま、それも少しずつ慣れてはきたんだが)
優しく血染の体を撫でるようにして洗っていくと、彼女も気持ち良さそうにしてくれるので力加減は概ね間違っていないようだ。
背中を洗い終えてお湯を流すと、彼女はこちらにお腹を向けた。
その拍子に成長中の大きなバストがぷるんと揺れ、血染はクスッと笑って前もお願いと口にした。
「……そうだな。逃げるわけにはいかねえ、俺も洗ってもらったし」
「うんうん♪ そうだよねぇ? 決して逃げ道を無くそうと思って積極的にやったわけじゃないよ?」
「それ、自白してるようなもんじゃねえか?」
「そうとも言う~♪」
妹の積極的な様子に俺はため息を吐きつつ、しっかりと手を添えて洗っていく。
肩やお腹だけではなく、ちゃんと胸の柔らかさも感じながら洗い、更には持ち上げて隠れている部分も洗って……そして全てが終わった頃、俺と血染は並ぶように湯船に浸かっていた。
「ふぅ、やっぱり兄さんとのお風呂は格別だなぁ」
「そうか? まあ俺としても嬉しいことではあるけど、ちょっと疲れるかも」
「緊張とかで?」
「あぁ」
慣れたとはいってもやっぱり緊張するんだ分かってくれ。
「つんつん」
「……………」
「えへへ♪」
静かになったかと思えば血染は俺の肩や頬をつんつんとわざわざ口に出して突いてくるので、俺も反撃と言わんばかりに彼女の頬をツンツンしてみる。
ぷるぷると柔らかな肌の感触がとても気持ち良く、軽くじゃれ合いたいがための行動としては確かにやりたくなるなと納得した。
「それで兄さん?」
「う~ん?」
「学校で何かあったの? ずっと何か考えてない?」
「……あ~」
血染の言葉に流石によく見ているなと苦笑した。
「ま、隠すことでもないか。実は――」
俺は学校の屋上で見たモノを血染に説明した。
すると血染は最初に出た名前に表情を不快に歪めたものの、更に続いた言葉を聞いて興味津々の様子になっていた。
「まさかあの勘違い男がそんなねぇ……ふ~ん」
てっきり嫌われるかと思いきや、連城時雨に壮馬は気に入られたようだった。
しかし、あの気に入り方は普通ではなく、正にその言動は雰囲気に関してもヤンデレと呼ばれるそれだった……まあ、その雰囲気に関しては時雨のそれがゲームの彼女に酷似していたからだ。
(あの時雨を見てそう言えばこの世界ってヤンデレものだったなとつい思い出したくらいだからなぁ)
ただ、少しだけ変化があったのも確かだ。
どことなく……本当にどことなく感じたこと、それは原作よりも時雨の反応というか、その雰囲気に恐れのようなものを俺は感じた。
どんなストーリーだったか既に記憶は朧気で……唯一覚えているのはあの小さな体に似合わない別格の母性が備わっているということくらいだ。
「それにしても連城さんかぁ。あの子とはクラスメイトとしてそれなりに会話はするんだけど、普通の子って感じなんだよね」
「そうだよなぁ。それが普通だよな」
「うん。だから今兄さんが言ったように病的なまでに誰かのことを想ってブツブツ喋るようなイメージはないんだけど……」
そうだな、俺もまさかあんな風になるとは思いもしなかった。
以前にスイーツショップで出会った時は普通の女の子だったし、壮馬の話を一方的に聞かされている時点でも普通だった……やはり、壮馬が彼女の心に抱いていた願いを見通したのが全ての原因か。
「……なあ血染」
「なあに?」
「仮になんだが……」
それで俺は彼女に聞いてみた。
「ちょい想像がするのが難しいかもしれないけど、血染が例えば何か病的なまでの願いを心に持っていると仮定してくれ」
「うん」
「その願いが偶然に相手に知られて受け入れられるのと、出会った瞬間からその願いを知られていて、尚且つ受け入れてもらえるのだとしたらどっちが良い?」
「それは……」
う~んと顎に手を当てて血染は考え、そして答えが出たのか口を開いた。
「たぶんだけど……後者かな? 普通ならどうして知っているんだって疑問には思うかもしれないけど、普通と違うのだとしたらそのことに運命を感じるんじゃ?」
「……そうか。やっぱりそうなるのか」
「連城さんも運命云々言ってたんでしょ?」
「あぁ」
「じゃあそういうことなんだろうねぇ」
つまり、時雨の願いを元々外から知っていた壮馬がまんまと叶えてしまいそうになっているということか……しかも原作よりも遥かに強い想いが今、壮馬に向けられそうになっていると。
「……ま、触らぬ神に祟りなしか」
「そうだね。もしもこれであの勘違い男が無理やりとか、連城さんが何か悲しむことになるとかなら少し干渉したかもしれないけど……くふふっ♪ なんか楽しくなりそうな雰囲気があるね兄さん!」
「……楽しんでんね血染さん」
「うん♪」
まあ実を言うと俺も少し楽しんでいる。
どんな化学反応が起こるのか、どんな風に壮馬と時雨の絡みはこれから発展していくのか……時雨の様子に若干の恐怖は感じてもやっぱり気になるのだ。
「けどなるほどねぇ。その連城さんの様子がヤンデレってやつなんだ」
「ヤンデレってのがどういうものなのか、どんな概念なのかハッキリと分かっている奴は少ないと思うけどな」
俺もそこまで完全に理解しているわけじゃないからなぁ……。
なんてことを思っていると、ガシッと血染に肩を掴まれた。
「ちそ……め?」
俺をジッと見つめる血染の雰囲気は異様で、いつもよりも遥かに恐ろしさを感じさせるような表情だった。
「兄さん、ずっとあたしと一緒に居ないとダメだよ? 誰にも渡さない、誰かに奪われることも許さない。ずっとずっと一緒なの――あたしと兄さんは運命という糸で繋がれている。誰にも侵させない領域にあたしたちは居るんだからぁ!!」
目をカッと見開き、彼女は物凄い勢いでそう言った。
「……って感じ? どう?」
しかし、すぐに恐ろしい雰囲気を血染はおどけるように笑った。
ゲームでの血染はヤンデレというわけではなかったので、怖くもあったが新鮮な表情でもあったのは確かだ。
「血染に病的なまでに愛されるのも幸せじゃないか? 俺はそう思ったぞ」
「……えへへ♪」
少なくとも、俺はこんな子にあそこまで愛されるのは幸せ以外の何者でもないと思うけどなぁ。
とはいえ、このやり取りが若干のヤンデレごっこに対する興味を血染に抱かせた。
そして、血染だけでなく時雨のことは結華にも共有した。
「なにそれ面白くない? ちょっとどうなるか気になるんだけど!」
結華も乗り気っぽく、これからの動向に注視するようだ。
更に言えば、時雨とのやり取りに関して調子に乗ったのか、また壮馬自身も絡んできた。
「おう大河、一人ヒロインが俺の手元に来たぜ? やっぱりこうなる運命だったんだよ。つうわけで、次は結華と話を付ける。邪魔すんじゃねえぞ」
「……………」
なあ壮馬、自信を持つことは良いことだ。
まあでも、裏側を知っているからこそこの言葉にウザいとか面倒だとか感じるよりも、俺はやれるなら頑張れよとちょっとだけ小さな子供を見る気分になるのだった。
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