恋人としての日々、近づく羽虫

 基本的に俺の傍に居る血染だが、彼女の異性の知り合いというのはそこまで多くはない。

 クラスメイトとは必要なことはそれなりに話すようだが、プライベートのことや彼女にとって必要がないと思っていることは絶対に話すことはない――そう彼女は口にしていた。


(まあ完全に関わりがないよりはマシなんだよな。血染も昔に比べたらかなり他人を受け入れられるようになってる。あんな風に)


 俺の視線の先で血染は真治と幸喜の二人と話をしていた。

 二人とも今日は暇だったということで俺の家に遊びに来たのだが、ジッと俺の腕に抱き着く血染の様子から何か違うと彼らは感じ取ったようだ。


『……もしかして二人とも?』

『いやいやそんな。だって大河は俺たちを裏切らないよな?』


 すまん、非リア同盟を結んだつもりはこれっぽっちもなかったが俺は一足先に進んでしまったよ。

 もちろん最初はどんな風に言葉を伝えようか迷ったのだが、それを呆気なくバラしたのは血染だった。


『あたしと兄さん、もう恋人同士だから。二人とも、よろしくぅ!』


 俺の腕をその豊かな胸が歪むほどに抱きしめながらそう言った。

 その瞬間の二人の表情と言ったら印象的で、二人とも魂が抜けたように唖然としたと思えばショックを受けたように膝を突いていた。


『分かってたさ……きっとこの二人はこうなるってことに』

『そうだそうだ! しかもめっちゃ幸せそうでこっちも嬉しくなるのに悔しい!』


 コロコロと表情を変えて忙しそうだったけど、二人ともちゃんと俺と血染のことを祝福してくれた。


「それでね? 兄さんったら凄くかっこよくて! お祭りの時に――」

「……これって拷問か?」

「聞けば聞くほど大河がイケメンにしか聞こえてこねぇ……」


 ……すまんな二人とも。

 何を仲良く話しているかと思えば、ずっと血染は彼らに対して俺とのことを話し続けていたわけだ。

 今は夏休みということで友人と会う機会は今のところないとのことで、正真正銘彼らが初めて血染の惚気を聞き続ける犠牲者になった。


「……俺たちはのんびりしてような」


 三人と離れた場所で俺はソファに座っているのだが、俺の膝を枕にするように黒血染が横になっていた。

 いかに血染が真治と幸喜にそれなりに心を許しているとはいえ、黒血染に関しては全く興味がないのかずっと俺の傍に居た。


「……よしよし」


 思えば血染にもあまりこうやって膝枕をせがまれることはなかったが、本当に黒血染に関してはとことん俺に甘えてきてくれる。

 可愛いなと思いながら頭を撫でていると、ジッと黒血染が俺を見つめていたことに気が付いた。


「? どうした」


 友人二人からすれば何もない虚空に話しかけるという異常人物でしかないため、俺は二人に不審に思われない程度に声を潜めているのでたぶん聞こえないはずだ。

 どうしたのかと問いかけた俺に対し、黒血染はもごもごと口を動かしている。


「……なんだ?」


 どうしたのかと思って彼女の口元に耳を近づけると、僅かに声が聞こえた。


「……おに……ぃ」

「っ!?」


 思わずガタッと足音を立ててしまった。


「どうした?」

「なんだ?」

「……………」


 真治と幸喜が驚いたように俺を見たが、血染だけは特に驚くことはなく、俺と黒血染の間に何があったかを察したのかニッコリと微笑んだ。


(もしかして血染は……あぁいや、普通に血染はこの子と意志の疎通は出来るみたいだしこれも全部伝わってるのか)


 黒血染は頑張るように口を動かしながら言葉を変わらず伝えようとしてくれているのだが、まるで俺は父親になったかの気分で黒血染の言葉を待つ……いや、父親になったことはないけどこの気持ちはたぶんそれに似たものだと思う。


「ほら、よそ見しない! それで兄さんは――」

「に、二回攻撃だと!?」

「いやこれは再攻撃……俺たちの方が技量は下か!?」


 何言ってんだこいつらは……。

 取り敢えず俺は彼らから視線を外し、ジッと黒血染を見つめ……そしてようやく彼女はこう言葉を紡いだ。


「おにい……さま」


 おにいさま……今確かに彼女はお兄様と口にした。

 その呼び方は斬新かつリアルでは聞き慣れない言葉だったものの、血染と寸分違わぬ可愛らしい声で紡がれたその声に俺は大粒の涙を流し彼女を思いっきり抱きしめ、よしよしと黒血染の頭を撫でた。


「お、おい本当に大丈夫か?」

「泣いてるじゃないか! どこか体痛いのか!?」


 ええいうるさい!

 俺は今感動しているんだこの尊い時間を邪魔するんじゃない!!

 それからしばらく俺は彼らには見えていない黒血染を抱きしめ続け、結局それは彼らが帰るまで続くのだった。

 血染が相手をしてくれたおかげで俺がちょっと頭のおかしい奴に見られた程度で済んだので、本当に血染のフォローには頭が上がらない。


「そっか。この子も段々表で喋れるようになってるんだね」

「……やっぱりあれはそういう認識で良いのか?」

「たぶんね。あの子の考えていることは伝わってくるけど、ちょっとカタコトっぽく伝わってくるんだよ」

「へぇ」


 黒血染に関しては本当に喋っているところはゲームでも見たことはない。

 けれどあの子がちゃんと言葉を発せられるようになったなら、その時は今以上に楽しい毎日が待ってるんだろうなぁ……ふぅ。


「ところで血染さん」

「なんですか兄さん」

「……俺たち、一緒にお風呂入ってるね」

「入ってるねぇ。だってあたしたち恋人同士じゃん。遠慮することないし」

「それはそうだけど……」


 そう、俺たちは一緒に風呂に入っていた。

 どうしてこうなったのかはイマイチ覚えていないのだが、黒血染のことで感動していたら流れるように血染に風呂へと誘われたのである。


『は~い、脱ぎ脱ぎしようね♪』


 あの時の血染にママみを感じなかったと言えば嘘じゃないが、それでもこうして実際に湯船に浸かった段階で気付くあたり俺はどれだけ感動していたんだ。

 まあそんなことがあって俺は血染と風呂に入っているわけだが、隣を見るとお湯に濡れて髪の毛が肌に貼り付く血染がジッと俺を見つめている。


「どうしたの?」

「……色っぽすぎるだろと思ってさ」

「ふふん♪ 兄さんの為に磨いた体だよ? 当然じゃん」


 そう言って更に彼女は身を寄せてきた。

 一般家庭の浴室の湯船というのはそこまで大きいわけがなく、こうして二人で入っているだけでそれなりに狭い。

 こうして魅惑の体を持つ彼女が裸で傍に居るというのは緊張以外の何者でもないのだが、俺は別に照れてりはしていなかった。


「……だよな。俺たちはもう付き合ってるんだし、こんな風に一緒に風呂に入るのもおかしなことじゃないもんな」

「そうだよ。だから――」

「ということで血染」

「わわっ!?」


 俺は血染の肩に手を置いて抱き寄せた。

 彼女は驚いたように声を上げたものの、抱き寄せられたことが嬉しいと言わんばかりに笑みを浮かべてピタッと引っ付く。


「あたしたちさ。本当に恋人同士ではあるんだけど、今までの距離が近すぎてあまりドキドキしないのかなぁ」

「いいや、ドキドキはしてるぞ? でも……これは緊張とかそういうのより、こうすると血染は喜ぶだろうなって思ってやっただけだ」

「……それが分かるんだ?」

「分かる」

「そうやって断言する兄さんが最高に好き♪」


 そんな風にイチャイチャしてお風呂での時間を過ごし、その後は夕飯も済ませて俺たちの寝室に移る。

 二人の血染に挟まれてベッドの横になるのだが、そこで血染がこんな提案を俺にしてきた。


「兄さん、あたし兄さんの世界の話が聞きたいな」

「俺の……っていうと前の世界のことか?」

「うん。どんな世界だったのか、ここと何が違うのか……そして、出来たら兄さんの記憶にあるこの世界のことも聞きたいかな」

「……そうだな。別に構わないよ」


 血染だけでなく黒血染も聞きたそうな雰囲気だ。

 俺は二人にまるで昔話を聞かせるような感覚で、二人にかつての世界のことを含めて色んなことを話すのだった。


▼▽


 びょうあいの世界をなぞる今の世界は独自のルートを創造していく。

 恋人として順調に愛を育んでいく大河と血染の二人は、どこまでも笑顔の絶えない幸せな日々を過ごしていた。


「……ふふっ♪」


 大河との日々を思い、頬が緩んで笑みが零れるのも血染にとって珍しくはない。

 彼と知り合うことで力の使い方を含め、命の大切さを心に刻んだ彼女は無暗に人を喰らうようなことはしない……そんな風に変わった彼女の前に馬鹿は現れた。


「おう血染! 奇遇だなこんなところで――」

「?」


 彼女にしては珍しく傍に兄が居ない状態での外出の時だった――伊角壮馬がニヤニヤとした表情を隠さずに近づいてきた。

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