幕間

それは一時のお休み時

「夏休みってのは退屈だぜ」


 学校がない休みというのは学生にとって嬉しいものではあるのだが、俺としてはヒロインたちに会えないこの長い休みの日々はとてもつまらない。

 俺、伊角壮馬はそう呟いた。


「別に悪くはないんだけど、流石にまだ原作も何も始まってないしやることは何もない……はぁつまんね。美空にも茜にも会えねえし」


 俺はこの世界、びょうあいにおける主人公だ。

 いずれ彼女たちの誰かと結ばれることは確定しているのだが……せっかくこの世界に生まれ変わったのだから俺はそれ以上のことを成し遂げたい。

 ずばり、ハーレムである。


「くくっ、俺を好いてくれる美少女たちに囲まれるとか幸せじゃねえか。良いねぇ、想像するだけで興奮しちまうぜ」


 ヤンデレがメインだからこそ、主人公である俺はヒロインにとことん愛されるというのが本来の形なので、動き方次第では多くのヒロインに想いを寄せられるのも夢ではない……だからこそ一年の段階で動いているのだが、少しばかり戦果は著しくなかった。


「美空は素っ気ねえし、茜に至っては目も合わせてくれねえ……ったく、俺は主人公だぜ? 大人しく原作開始を待てってか?」


 同級生である進藤美空、そして先輩である北川きたがわあかねは間違いなくヒロインのオーラを放っていた。

 二人とも美人なのは当然だが、美空は三桁越えの圧倒的な爆乳と、茜はスレンダーな体型だがモデルの仕事もしているのでやはり美人……欲しい、誰か一人なんてあまりにも勿体なさすぎる。


「……何が迷惑を掛けるなだよクソッタレ。原作開始前に死んでるはずのゴミカスが俺に指図すんなっての」


 あいつを……六道大河のことを考えるとむしゃくしゃしてくる。

 どうして奴が生きているのかと驚いたのは確かだが、俺と同じ転生者なのだとしたらある意味で納得だ。

 俺もあの化け物である血染の過去はゲームを通して知っている。

 大河とその親父が性的に襲い掛かることで血染は抵抗するように殺すのだが、まあ手を出さなければ生き残るのは容易い……あの野郎、生き残ったからって絶対調子に乗ってやがる。


「……いや待てよ。もしかして血染は誰かを殺す力を持たないんじゃないか?」


 そもそもの話、血染は原作のような力を持っていないのではと俺は思った。

 そうでなければ大河の野郎が生きていられる可能性はゼロに等しい、そもそも簡単に殺せる奴の傍に居られるわけがないだろうしな。


「だとするなら血染もヒロインとして俺がもらってやっても良いか。あの時にそう言ってやったしな」


 仮に何か力を持っていたところで、言葉さえ間違わなければどうとでもなる。


「それに……」


 俺は大河と一緒に街中に居た血染の姿を思い出す。

 流石はこの世界のヒロインの中でも一番人気のあっただけに、こう言ってはなんだが美空や茜よりも遥かに美しい容姿だった。

 大河も血染のことを大切にしていたが……化け物とは言ったものの、確かにあんなにも可愛くて綺麗な妹が居れば大事にもしたくなるか。


「所詮奴は運良く生き残っただけに過ぎない。モブと何も変わりはしねえよ」


 だから血染もきっとあんな奴に心は許しても惹かれることはないと断言できる。

 まだ俺の中に血染に対する恐怖心は当然のように残っているが、それでも恋愛にスパイスは付き物だとして今から来年が本当に楽しみだ。

 待ってろよ六道大河、お前に主人公の補正ってのを見せてやるよ。

 精々血染を奪われて泣き喚くなよなぁ!!


▽▼


「……?」

「どうした?」


 突然、編み物をしていた手を止めて血染が窓の外を見つめたので気になった。

 血染はしばらくジッと外を見つめ続けた後、手に持っていたものをテーブルに置いて俺の隣に腰を下ろした。


「どうした?」


 そのまま俺の腕を抱くようにして身を寄せてきた彼女はボソッと呟いた。


「なんか気持ち悪いモノを感じただけ。特に気にならない羽虫程度の感覚だけど、とにかく踏み潰したいくらい気持ち悪いって思った」

「……どういうこと?」


 取り敢えず、何か嫌なモノを感じ取ったようだ。

 血染の場合はただの予感では済まないこともあるものの、羽虫程度って言うくらいなら本当にその程度なんだろう。


「ねえ兄さん、もう少しこうしてても良い?」

「あぁ。というか許可なんて要らないだろもう。俺と血染は恋人なんだ」

「そう……そうだね! あたしと兄さんは恋人だもん!」


 夏祭りの日に俺たちは恋人同士になった。

 この世界に来て出会った彼女を俺は心の底から好きになり、それはただ彼女というキャラクターを好きだっただけの気持ちとは一線を画するものに変化した。

 彼女とのキスもそうだし、体を寄せ合って新しいベッドで眠ったのもそう……そして何より、朝に起きた時にあどけない寝顔で俺の方を向いている彼女を見れたことは本当に幸せだった。


「……よし! 充電完了。続きをしよっと」


 血染はそう言って俺から離れて元居た場所に戻った。

 腕から離れた柔らかな感触を残念に思いつつも、再び編み物を始めた彼女をジッと見つめてみる。

 まだ夏休みということで夏なのは当然だが、今彼女は秋に向けてのセーターを編んでくれていた。


(……こういう細かいことも出来るんだな血染って)


 料理を始め家事全般何でもござれ、そしてこのようなことまで彼女は出来るということでスペックがあまりにも高すぎる。

 おまけに勉学の面でも常に学年で成績は一位と非の打ちどころがないのである。


「ふんふんふ~ん♪」


 鼻歌を口ずさみながら大変機嫌が良いようで、俺はそんな彼女を見つめているだけで時間が過ぎていく。


「うん? どうした?」


 血染を眺めていると黒血染が俺をジッと見ていた。

 彼女がビシッと壁に掛けられた時計に指を向けたので、俺はあぁっと納得して立ち上がった。


「もう三時だもんな。おやつのじかんか」


 どうやら黒血染はおやつを御所望のようだ。

 おやつとはいっても夏なので彼女が求めているのはアイスのはず、俺は冷凍庫からソーダ味のアイスを取り出し袋を開けて彼女に渡した。


「ほら」


 黒血染は嬉しそうに笑顔を浮かべてアイスを受け取り、パクっと大きな口を開けてアイスを食べ始めた。


(ゲームでもこの子は喋らなかったけど、こんな風に幼い印象はなかったんだが)


 血染の後ろで見守っていた彼女はどこかお姉さんみたいというか、年上を思わせるような表情をしていたような気がするんだがもうその記憶はもう定かではない。


「……ま、良いか、別にもう気にすることでもないからな」


 どんな姿の黒血染もこれから共に居ることは誓ったのだから、俺はただありのままの彼女と過ごせばいい……記憶の中の黒血染もよりも、目の前に居る黒血染の方が全てであり本物なのだから。


「あ~あ、それにしても本当に高校生になる時が待ち遠しいなぁ」

「焦らなくても絶対にその時は来るさ」

「それはそうだけどさぁ! やっぱりあたしとしては兄さんと同じ学校に通えるってことでワクワクするわけなのですよぉ!」

「そんなもんかねぇ……まあそれは俺も同じだけど」

「でしょ~? それに、あの変な奴が兄さんにちょっかいを出さないように見張らないとだし!」

「変な奴……あぁあいつか」


 十中八九壮馬のことだろう。

 血染自身はまだ話したことはないが、あの時のことで奴に対する評価というか好感度はマイナスに振り切ってしまっている。


「ねえ兄さん、あいつ喰っちゃダメ?」

「……客観的に見たら別に良いって言いたくなるけどなぁ」

「ふふっ、分かってるよ。ごめんね意地の悪い質問だった♪」


 それにしては随分と楽しそうだけど。

 まあでも、あいつはあくまでこの世界をゲームだと信じ込み、ヒロインたちも自分に振り向くと信じて疑っていない様子だからな……もしかしたら血染のことを化け物だと言ってはいたが、ちょっかいを掛けてくる可能性も考えられるか。


「ま、喰らうつもりはないよ。凄く不味そうだし」

「それは違いない。腹壊すぞきっと」

「だよねぇ♪ でもさ、個人的にはああいう人を見るのは好きだよ? どんな風に暴走して間抜けな醜態を晒してくれるのか凄く楽しみだもん♪」

「……中々血染も悪よのう」

「ふっふっふ、兄さんと恋人になって心に余裕は常にあるからねぇ」


 そうか、それなら何も心配は要らなそうだな。

 まあでも、確かにあいつがどんな暴走をするのかは迷惑が掛からない範囲で興味は尽きない……自爆しても、或いは自分を見つめ直して真っ当になったとしても面白そうだし。


「心に余裕はあるけど、もしもがあったら容赦しない。ねえ兄さん? あたしはね、兄さんのことを心の底から愛してる。兄さんがもしも居なくなったりしたら、その時は全部喰っちゃうかもね」

「……そうならないように頑張るさ」


 言ってることは物騒なのに、美少女だからこそ絵になるなぁとか思っている俺も十分に毒されてると思うよマジで……。

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