その血は悪夢を呼び、同時にシスコン魂を覚醒させる
人間、時には怖い夢を見ることがある。
「……なんも見えねえ」
俺は今、暗闇の中に居た。
目の前は何も見えず、体も動かせず、そして俺以外の存在が何も居ないような薄暗い空間だ。
「……さて大河、どうやって目を覚まそうか」
これが現実ならたまったものではないが、不思議とこれが夢だと認識出来ているのでいくらか気は楽だった。
腕を組み……まあ組んでいる感覚すらないが、とにかくどうやったら目が覚めるのかと俺は考え続け、そしてしばらくするとこの夢にも変化があった。
「なんだ?」
目の前に赤黒い何かが現れたのだ。
それは意志を持っているかのようにゆらゆらと蠢いており、徐々にそれは俺に向かって近づいてくる。
「……きめぇ」
それが何かは分からない、それでも気持ち悪いという感覚はあった。
目の前のモノを認識すると体は動くようになり、当然だが俺はそれから離れようと後ろに下がる。
「壁?」
だが背後には壁がありこれ以上は下がれなかった。
赤黒い何かは俺との距離をゆっくりと詰め、そして何かが伸びて俺の頬に触れた。
「っ!?」
その瞬間、得体の知れない悪寒が体の中を走り抜けた。
本能的にも、生理的にも受け入れられないそれから逃れようとするが、体の至る所に赤黒いモノが糸のように巻き付き逃げられない。
「くそっ……なんだこれ……気持ち悪い!」
吐き気がするだとかそんな生温い気持ち悪さではなく、自分の中の何かがおかしくされそうなほどの不快感だった。
これに長く触れていたらダメだと、早く離れないとおかしくなると脳が必死に警鐘を鳴らしてくるほど……しかし逃げられない。
「……助け……ちそめ……っ」
妹に助けを求めるなんざ情けない兄という自覚はある。
だが今の俺にはそれになりふり構っている余裕はなく、ただただもっとも近い存在である血染の名前を口にし、彼女が助けてくれることを求めた。
『……苦しいかぁクソ息子がよぉ』
「っ!?」
その声は聞き覚えがあった。
何故ならその声は……間違いなくクソ親父のモノだったからだ。
『よくも俺を殺してくれたなぁ……後少しであのガキを味わえたってのによぉ。親を殺した子供は罰を受けないとなぁ? なあそうだろう大河ぁ!』
うるさい黙れと、そう言いたいのに声が出せない。
親父を前にしたところでビビったことはないし、何なら言い返すだけの余裕はあったはずなのに今の俺は何も出来なかった……体を蝕む気持ち悪さに意識を割かれ、親父に対抗する力がなかったのだ。
『くくっ、どうだ苦しいかぁ? あのクソガキと同じ苦しみは――』
「……はっ?」
親父の言葉に、不思議と体を蝕む苦しみが遠のいた気がした。
一気に楽になった頭で俺が辿り着いた答え、それはあの血染が苦しんでいた悪夢はこれなんじゃないのかというものだった。
「血染が……あの子もこの夢を見ていたってことか?」
『その通りだぁ。ぶっ壊してやろうとしたのにてめえがずっと邪魔しやがって』
やはり俺の思った通りだったみたいだ。
そして同時にもう一つ気付いたこと、俺の耳に届くこの声は確かに親父のものだがその根本は違う気がする。
きっと、俺にとって一番嫌いとも言える存在を模しただけだ。
「……なるほどな。あの子はずっとこんな苦しみを抱えてたのか。何日も何日も、うちに来る前はずっと一人でこれと戦ってたって? どんだけ強いんだよ血染は」
俺はこの一瞬で心がグチャグチャになりそうなほどしんどかったってのに、どれだけあの子は耐えていたんだ……彼女の苦しみに気付けた俺グッジョブとか思っていたけど、それでもあの子は俺に魘されることはよくあることから気にしないでとさえ言ったんだぞ? こんなの……普通じゃないし、やっぱり放っておけるわけがないだろうが!
「……?」
その時、俺はふと親父に刺された場所に目を向けた。
服を捲るとその傷口が赤く光っており、黒血染の体の模様のような赤い線がそこから伸びている。
「まさか……これはあの子の血の影響か?」
『アレは呪われた力だからなぁ。元より普通の生活なんか送れない……化け物は化け物らしく苦しんで死なないといけないんだよぉ』
親父だった何かが耳元で語り掛けてくる……俺はそれを振り払った。
「うるせえよ」
自分でも思った以上に低い声が出たがそれだけではなく、この纏わりつく赤黒いモノを振り払うことが出来るほどの力があった。
目の前で俺を見る何者かの瞳には、当然俺の姿が映り込んでいる。
血染のように目が赤くなり、黒血染のように顔から首にかけて赤い線がチラチラと刻まれている。
(……良く分からんけど、なんか俺かっけえな)
中二病心を刺激してくれるじゃないかと逆に苦笑してしまう。
俺を見て困惑している様子の目の前の存在に対し、俺は思ったことをそのまま口にした。
「悪いが、お前が何者であろうとどうでも良い。ただ、あの子を苦しめていた元凶だと分かればそれで十分だ。あの子の力が誘う悪夢みたいなもんだろうけど、もう何も怖くねえよ――妹を想う兄貴ってのは強いからな」
自信を持てば持つほど、勇気を振り絞れば振り絞るほど、目の前の存在はどんどん小さくなっていく。
血染があれから魘されなくなったのも、もしかしたら本当の意味で怖がる必要はないと思ったからなのかもしれない……俺が傍に居るからと、それで安心してくれたのかもな。
「あの子たちは優しい子だからな。これでもしも俺が苦しんでると知ったなら、絶対に二人は気にしてしまう……なら、そうさせないためにも兄貴として俺も乗り越えるしかないよな」
別に抱え込むわけじゃない、俺だって何かあれば血染に頼ることは多い。
俺たちはお互いに助け合い、尊重し、そして毎日を楽しく過ごしている……そんな俺たちの平穏な日常に、こんな悪夢なんてものはお呼びじゃないんだよ。
『お前は狂っている……何者だお前は』
「狂ってるは余計だ馬鹿野郎。前世から血染のことが好きだっただけの転生者ってやつだよ」
ドヤ顔でそう言ってやると赤黒いソレは綺麗に消えた。
それと同時に、もう大丈夫だなと思って俺は笑った。
「この傷は悪夢を呼ぶもんじゃない。ある意味、俺と血染を繋ぐ証みたいなもんだ」
そう口にした瞬間、俺はそっと目を覚ますのだった。
しかし、目を開けた瞬間に俺はその考えに至るべきだった――血染が魘された時に俺が気付くのなら、その逆も当然あるということを。
「兄さん!」
目を開けた俺を泣きそうな顔で血染が見下ろしていた。
黒血染も俺の手を握るようにして傍に控えており、もしかしたらずっと二人は俺を呼びかけてくれていたのかもしれない。
「よお二人とも、悪夢から帰って来たぜ」
「っ……やっぱり、兄さんもしかしてあたしの――」
「血染、それ以上は言うな」
その先に続く言葉を俺は望んではいない。
言わなくても良いと伝えても血染の表情は優れないため、俺は何があったのかを簡単に話した。
「血染はずっとあんな苦しみを味わっていたんだな」
「……そう、だね。でも兄さんと会ってから本当に大丈夫になったの。今はもう全然悪夢なんて見ないから」
「そうだよな。たぶんだけど俺ももう大丈夫だと思う。無駄だってきっと分かったと思うから」
「え?」
「血染のことが大好きな俺は無敵だって、そういうことを伝えたんだ」
「……っ!?」
血染がかあっと顔を赤くしたが、俺は気を利かせて彼女の顔を見ないようにと思いっきり抱きしめた。
幸いにも以前の血染のように大量の汗を掻いたりはしていないようで、俺の体から変な臭いとかはしないはずだ。
「だから大丈夫だ。謝るな血染、謝るくらいなら笑顔を見せてくれな?」
「……うん……うん!」
これくらい言わないと血染は笑顔を見せてくれないからな。
おそらく彼女にとっても気になることはあるだろうし、俺が血染のことを思ってこんな姿を見せているのも分かるはずだ……けど、誰だって相手がこんな風に言ってくれたら安心するだろ?
「う~ん、まあでもちょっと怖かったのは確かだしなぁ。ということで血染」
「一緒に寝るの? 良いよ望むところ!」
「……良く分かったな?」
「えへへ、兄さんのことならお見通しだよ♪」
……やっぱり、俺たちはこうなんだよな。
正直なことを言うと、もしかしたらまた悪夢を見ることもあるかもしれない。
けれど、目を開ければこんなにも可愛くて兄想いの妹が待っているのだから、悪夢に負けることなんて容易に想像できない。
「ねえねえ兄さん」
「なんだ?」
「その……提案なんだけどさ。大きなベッド……買わない?」
「……欲しい?」
「うん。そうすれば狭くないし、何より三人で並べるしね」
大きなベッドって響きはやらしいけど、確かに買うのもありかもな。
黒血染も俺の体の上で横になりながら強く頷いているし、次の休日にでもベッドを見に行くか!
「兄さん」
「うん?」
「あたし……兄さんがあたしの兄さんで良かった。本当に大好き♪」
「……血染ぇ!」
「わわっ、また兄さんが泣いちゃった!」
泣くに決まってんだろ! というか何度目だこのやり取り!
結局、深夜だというのに俺たちは寝ることを忘れてずっと話し込み……そして次の朝にお互い睡眠は大事だと思い知るのだった。
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