それは変わる前の一歩である

 夏休みはひと月という長い期間、それは基本的に血染の中学校も俺の高校も変わらないため、必然的に長く一緒に居ることになる。

 朝から晩まで、それこそ血染は良く俺の部屋に来るし、そうでなかったらリビングでのんびりとするので本当に二人っきりの時間は多い。


「だからこそ、男だけの時間ってのは貴重だよ」

「お前、それは非リア充の俺らに対する当てつけか?」

「きぃ! いっつも美少女と過ごしている男は言うことが違うなぁ!!」


 そういうことじゃねえよと俺は真治と幸喜に苦笑した。

 既に時刻は昼を刻んでおり、俺たちはファミレスに訪れて昼食を食べていた。今日は朝から彼らと一緒に居るのだが、元々今日は遊ぶ約束をしていたためだ。


「血染ちゃんは何やってんだ?」

「友達と出掛けてるよ。あっちも約束してたらしい」

「ふ~ん……兄貴としては心配じゃないのか?」

「何がだ?」


 友達と遊ぶことに何が心配なのか、そう聞くと幸喜はニヤリと笑った。


「ほらさ、俺たちと同じように街中を歩くわけだろ? 血染ちゃんの友達って俺たちも見たことあるけど可愛い子揃いじゃんか。それなら良からぬ男に声を掛けられることもあるだろ?」

「あ~……まあナンパくらいはしょっちゅうされてるとは思うけど」

「だろ? だから心配なんじゃないかって」

「心配はするさ……相手の方に」


 兄貴としては可愛い妹を持つとそういうことも気にしてしまうものだろう。

 しかし俺からすれば確かに常にあの子のことは気に掛けているし、何か困ったことがあったらいつだって力になるつもりだ……でも、血染に関しては手を出した瞬間に血が流れるからなぁ。


「……いや、血が流れるはもうオーバーだな」


 血という単語に二人が反応したが、俺は何でもないと首を振った。

 その後、俺たちはファミレスを出て適当に遊び回り……そして夕方が近くなったところで二人と別れ、俺はまさかの人物と出会った。


「……進藤?」

「え? あ、六道さん?」


 俺もそうだが彼女も目を丸くして俺を見つめている。

 涼しそうな真っ白のワンピース姿の可愛らしい姿に見惚れてしまいそうになるが、確かこの服はゲームをプレイした時にも見たことがあった。


(確か壮馬とデートをする時に着ていた服だったな)


 そのデートの風景が実現する可能性は限りなく低くなってしまったけど、かつての記憶を思い出すようでこれもまた少し感動しそうになる。


「えっと……何してるか聞いても迷惑じゃないか?」

「えぇ構いませんわ。これから借りていたDVDを返しに行くところなのです」

「へぇ……?」


 別に美空がDVDを借りることに驚いたわけではなく、こういうことを彼女自身が進んでやるんだなと驚いたわけだ。

 彼女の家はお金持ちで正しくお嬢様というのは俺の知識にもあるし、確か家もかなりの大豪邸だったはず……それならお手伝いさんとかがやってもいいくらいなんだけどな。


「何故私がという顔ですわね?」

「いやまあ……その、こう言っちゃあれだけど進藤ってお嬢様だろ?」

「ふふっ、お父様のお知り合いから息子を是非にと何度も紹介されるくらいには家は大きいですわね」

「すっげえなそれ」

「面倒なことこの上ないですけどね。好みではない男性とお話をするのは」


 どうやら金持ちなりの悩みというのはあるんだなやっぱり。

 ゲームではこういった家族事情はそこまで説明はされておらず、基本的に美空とイチャイチャのヤンデレ生活を送るのが主体だったからな……やっぱり、俺が血染の母に出会ったのと同じであくまでここはリアルだからこそ、こういった事情も明確に存在しているわけだ。


「何でもかんでも使用人に任せるというのは嫌なのです。お父様はともかく、お母様は私のことを大切にしてくれながらも厳しい方ですので、自分で出来ることは可能な限り自分でするようにと言われていますから」

「あ、だから自分で返しに来たのか」

「そういうことですわ♪」


 なるほど、これもまたこうして話したからこそ知った事実だ。

 その後、せっかく夏休みの中で出会えたのだからもう少し話さないかと美空に誘われたので、彼女がDVDを返すまで一緒に居ることにした。


「ちなみに何を借りたんだ?」

「あら、見ますか?」

「え? うん」


 何やら楽しそうな様子の見空に首を傾げつつ、俺は借りたDVDを見せてもらい唖然とした。

 彼女が借りたのは三つ、その題名はこれだ。


・私の兄がこんなにかっこいいなんてあり得ない

・お兄ちゃん! こんなにも好きにさせたんだから責任取って!

・俺の妹がヤンデレ過ぎて手に負えない件


「……見事に兄妹ものっすね」

「えぇ♪ どれもこれも最高のアニメでしたわ!!」

「そうなんだ――」

「はい! まずは“わたあに”なのですが、これはツンデレをイメージした妹のお話でして……はっ!?」


 たぶん、時と場合が違ったら完全に止まらない勢いだった。

 喋っている最中に我に返った美空は顔を赤くして俯いてしまったが、店が近いのもあってすぐに顔を上げた。


「その……申し訳ありませんでした」

「謝る必要はないって。まあ進藤ってあんな姿も見せるんだなって驚いたけど」

「……人間、好きなものを語る時は気分がアゲアゲになるものですわ」

「それはそうだな」


 その言葉には俺も大いに納得した。

 しかし……本当に弟好きから兄好きになったんだなと、まるで世界の法則を変えてしまったかのような感覚だが、まあなるようにしかならないのが人生だし良いんじゃないかな。


「六道さん、少しとはいえ付き合わせて申し訳ありませんでした。ですがお話しできて楽しかったです」

「いやいや、こちらこそ知らなかった進藤の顔が見れて面白かったよ」


 そう伝えると彼女はまた顔を赤くしてしまった。


「忘れてくださいとは言いませんが、あまり言わないでいただけると……」

「分かった」

「ありがとうございます。ところで……」

「なんだ?」

「先ほどからジッと見つめてくる女性が居るのですが……お知り合いですか?」

「……え?」


 美空にそう言われ俺は振り向いた。


「……おうふ」


 そこに聳え立つは一本の電柱、その電柱から半身を出すようにして血染たちが俺を見ていた。

 左から血染、右から黒血染が隠れながらこちらを見ているという完全にバレバレな二人がそこには居た。


「……知り合いというか妹だよ」

「え? あれが妹さんなのですか?」

「あぁ。お~い血染!」


 名前を呼ぶと血染はビクッとしながらも、すぐに俺の元に駆け寄ってきた。

 血染にとって美空を見るのは初めてだろうけど、基本的にこの子は誰が相手でも物怖じすることはないので、俺の背に隠れたりすることもなかった。


「進藤、この子が俺の妹だ。血染、こっちはクラスメイトの進藤だ」

「……可愛い」


 分かるぞ美空、血染は本当に可愛いんだ。


「えっと……六道血染です。兄のことが大好きな妹です」

「あらあら♪ 私は進藤美空と言いますわ。六道さんと同じクラスなのです」


 ……あれ、そう言えば血染と美空って話したシーンはなかったような気がするな。

 それを考えるとこうして二人が話をしているのはレアというか……いや、それ以上に二人の美女が並んでいるのは絵になるなやっぱり。


「というか血染、その自己紹介は……」

「別に間違ってないよ? あたし、兄さんのこと大好きだもん」

「……………」

「これぞ美しき兄妹愛……良いですわぁ♪」


 そしてこのお嬢様、かなりノリノリである。

 それからは流石に時間が遅いこともあって、美空とはそのまま別れて俺は血染と一緒に帰ることに。


「にしてもどうしてあそこに居たんだ?」

「うん。ほら、近くにカラオケあるでしょ? そこで解散したんだけどさ、兄さんの匂いがするって思って探してたら見つけたの」


 臭いって……俺ってそんな変な臭いがするんだろうか。

 まあそれは血染の冗談だと思うので、取り敢えず気にしないで良さそうだ。


「あの人……なんか変な人だったね」


 普段はそうじゃないんだと伝えたいところだが、完全に俺たちを前にして美空は自分の世界を作ってたからな……血染がこう言ってもおかしくはない。

 来年には同じ学校になるので話をする機会はあると思うけど、ある意味こうやって最初に出会ったのは良いことだったのかもしれないな。


「一瞬、兄さんが彼女でも出来たのかと思った」

「いやないって」

「分かんないよ。兄さんって凄く素敵な人だもん」

「っ……」


 血染の素直な言葉に心臓が跳ねる。

 あの日……レジャー施設に行った日から、妙に俺は血染にドキドキすることが増えてしまった。

 今まで彼女の存在にドキドキすることは当然あったけれど、あの日から感じるドキドキはどうも今までと違う。


(……恋人とか旦那さんとか、血染の口からその言葉を聞いたのが原因なのかな)


 血染のことは好きだ……けど、これはずっと兄妹としてのモノだと、彼女を守らないといけない気持ちからだとずっと思っていた。


「えへへ、兄さん♪」


 傍に居る血染の存在に幸せを感じるこの気持ち……これはたぶん、そういうことなんだろうなと俺は自覚した。


「……なあ血染」

「なあに?」

「来週、夏祭りなんだけど当然一緒に行くよな?」

「もちろんだよ! 絶対行くからね!」

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