混じり込んだ歪は一つではない

「……ぷはぁっ!!」


 その日の疲れを洗い流す入浴というのは本当に気持ちの良いモノだ。

 体を流し、頭も洗った後は湯船に浸かってのんびりと体が温まるのを待つ至福の時だが、少しばかり学校での会話を思い出す。


『今日さぁ、母ちゃんに叩き起こされたんだよ』

『そうなのか? まあでも偶には良いんじゃね? 起こしてくれるだけまだマシだろ。うちなんかは――』


 俺は自分の家庭のことについて特に話していない。

 まだ高校生だというのに親が居ないとなると、必ず妙な憶測と必要のない心配を彼らに与えてしまうからだ。


「血染の力が働いているとはいえ……話せないよな流石に」


 まあ話すつもりは一切ないんだけど。

 そんな感じで俺と血染の家庭環境に関しては少々特殊なため、家族の話……とりわけ両親などのことになると俺も必然と喋ることがなくて気まずくなるわけだ。


「俺は別にそんなことはないけど、血染にとって一番親っていう存在が必要な時期が今だと思うんだよな。血染を生んだ両親も俺の父もクソだったけど……血染は寂しいと思ってないのかな」


 最近、俺は良くそんなことを考えるようになっていた。

 血染は親が居ないことで寂しがる素振りは一切見えないし、常に俺の傍ではこっちまで笑顔に変えてくれるほどの綺麗な微笑みばかり浮かべている。


「……………」


 俺は人の心を読むことは出来ない、もしもあの笑顔が強がりで実際は心に血染が寂しさを感じているのだとしたら……俺には何が出来るのかな。

 しばらくそのことを考え続けていたが、考えれば考えるほど気分が暗くなる。

 こんな顔をしたまま風呂を出ると確実に血染を心配させてしまうため、俺は何とか気持ちを切り替えた。


「上がったぞ~」

「お帰りなさい兄さん」


 既に家事を全て終わらせた血染はテレビを見ていた。

 黒血染も隣に座るようにしており、二人して本当に仲の良い姿についついクスッと笑ってしまう。

 冷蔵庫から麦茶を取り出して喉を潤しながら……俺はふと血染に問いかけた。


「……なあ血染」

「なあに?」

「……いや」


 いやいや、気分を切り替えたはずなのに聞こうとしてどうするんだよ俺!

 変なところで喋るのを止めてしまったせいで血染は気になったように俺を見つめたまま……仕方ないとため息を吐き俺はストレートに聞いてみた。


「……学校でさ、家族とかの話になることがあるんだわ」

「うん」

「それで……血染は寂しくないか? 家には俺しか居ないわけだし」


 そんな俺の問いかけだったが、血染の返事は爆速だった。


「寂しくないよ? 全然これっぽっちも寂しいなんて思わないよ」

「そ、そうか……」


 目を丸くした状態でそう言われ、本当に何も気にしていないんだなと言うことが分かった。

 そのことについて俺はホッとしたら良いのか、逆にそれはそれでどうなんだと不安に思えば良いのか……まあなんにせよ、血染が寂しさを感じていないのならそれで良しとするか。


「家に帰ったら兄さんが居るのに寂しいわけないじゃん。あぁでも、兄さんに会えない時は寂しくて嫌になるけど」


 言ってくれることは凄く嬉しいけど、本当にいつも通りだなと俺は安心した。

 その後、血染が風呂に行ったので手持無沙汰になった俺は自室に戻り、明日の準備を終わらせてからベッドに横になった。


「本当に何もなくて平和だなぁ……今の段階で物語が動かれても困るけどさ」


 仮に動いたとしても何度も言うが血染が関わらなければ大なり小なりヒロインたちの不気味さはあったとしても、別に血は流れないし死者が出ることもない。


「……気にしすぎだなやっぱり」


 彼らに関わるつもりはないのだが、逆に今から一年後にゲームで見たシナリオをもしかしたらこの目で見ることが出来るかもしれない……そのワクワクを胸に過ごしていくのも一興か。


「兄さん、入るよ?」

「血染? どうぞ」


 どうやら血染が風呂から上がったようだ。

 返事をすると扉が開き、先日買ったばかりのパジャマを着た血染が入ってきた。


「よっこらせっと」


 髪も手入れを終わらせ後はもう明日に備えて寝るだけなんだろうが、こうして部屋に来たということはまだまだ構ってほしいというアピールだろう。

 俺が血染と出会ってからもう八ヶ月くらい……か、本当に仲良くなったなとしみじみ思いながら俺は手招きした。


「おいで血染」

「うん!」


 起き上がってベッドに座るようにすると、血染は笑顔を浮かべて俺の隣に腰を下ろした。


「?」


 血染が座った瞬間、黒い靄が見えたと思ったら黒血染も背後に現れそのまま俺に抱き着いてきた。

 背後から黒血染の柔らかい感触にドキドキしながら、俺は隣に座った血染の頭を撫でた。美しい銀髪はビックリするほどにサラサラとしており、ずっと触っていても飽きないほどに触感だ。


「本当に綺麗な髪だよな。サラサラだししっかりと手入れしてるんだってことが分かるよ」

「そうかな? えへへ、兄さんにそう言われるのが好きだから頑張ってるの♪」

「……………」

「兄さん? 顔が真っ赤だよどうしたのかなぁ?」

「分かってるだろこいつめ!」

「いやん♪」


 この子、あまりにも可愛すぎるんですが!!

 髪の毛が乱れない程度に少しだけ強くグリグリと頭を撫でると、血染は嬉しそうに笑いながら抱き着いてきた。

 前と後ろから血染に挟まれながら、俺は彼女の髪が変化した時を思い出す。

 あれは俺が中学校での卒業式を迎えた日だった――その日の夜に、いきなり血染の髪の毛が黒から銀へと変化したのだ。


『えっ!?』

『あれ? なんか髪の色が変わった?』


 あの時は本当に驚いたけど、俺の驚きとは裏腹に血染はひどく落ち着いていた。

 そもそも彼女の銀の髪は原作でもそうだったし、後から血染に聞いたことだが元々から彼女は銀髪だったらしく、家庭環境の悪さと境遇のせいで溜め込んだストレスによって黒く変質したとのこと……つまり、彼女の髪が銀髪に戻ったのは何もストレスを抱えていないことを意味している。


「兄さんは黒い方が好き?」

「え? う~ん」


 ぶっちゃけどっちも好きといえば好きだ。

 でもやっぱりどっちかってなるとその綺麗な銀髪の方が俺は好きかな。


「今の髪色の方が好きだ。銀髪なんてそうそう見ないし……あ、別に珍しいからってわけじゃないんだぞ? 素直に綺麗だって思うし、血染に良く似合ってるから」


 そう伝えると血染は少し目を丸くした後、ポツリと呟き始めた。


「……実はね、ちょっと不安だったんだ。いきなり髪の色が変わって、気味悪いとか思われたんじゃないかって。でも兄さんからそんな感じはしなかったしそこまで心配じゃなかったけど」


 そんな不安を抱いていたのかと俺はため息を吐いた……いや、俺だけでなく背後に居る黒血染も同じようにため息を吐いたようだ。


「な、なんで二人してため息を吐くの……」


 俺は黒血染と見つめ合った。


「この子は分かっていませんなぁ」


 そう言うと黒血染はうんうんと頷いた。

 完全においてけぼりを食らってしまった血染は面白くなさそうに頬を膨らませ、どういうことかと至近距離まで顔を近づけてきた。

 少し顔を近づけたらキスが出来てしまうほどの距離にドキドキしつつ、俺は血染の問いかけに答えた。


「つまりだな? 俺は血染が持つ力のことも知ってるし、目の前でクソ親父が喰われる瞬間も見たわけだ。そんな光景を見た後に髪の色が変わったくらいで俺が血染の見方を変えると思ったのか?」

「……あ」


 今気づいたと言わんばかりに血染はポカンとした。


「心外だなぁ? そんな風に俺は見られてたかぁ……」

「あ……あ……あぁっ!!」


 いつになくオロオロしだした可愛い妹でしたっと。

 その後、揶揄った罰にということで一緒に寝ることになってしまい、今日もまた俺は二人の血染と一緒に眠ることになった。


「おやすみ兄さん」

「おやすみ血染」


 それからすぐに眠るものと思っていたが、どうやら先に血染が眠ったらしい。

 すぅすぅと寝息が聞こえる彼女を見つめながら、俺はボソッと呟く。


「いつまでも変わらないさ。俺にとって血染は大切な妹、何があったって大好きな妹に変わりはないよ。だからこれからもよろしくな?」


 聞こえていないのは分かっている。

 それでもそう伝えた瞬間、両の手で握っている二人の指に力が少しだけ込められた気がするのだった。




 びょうあいの世界、血染のルートに進まなければ必ず各ヒロインとの薄暗くもあるが基本的にはドロドロに愛されるエンディングが待っている。

 産まれた瞬間からそんな素晴らしい未来が約束された主人公……彼と俺との出会いは突然だった。


「……なんで……六道大河が生きて――」

「なんか言ったか?」

「いや……」


 トイレに帰りにドンと肩がぶつかった相手、それが主人公の伊角いすみ壮馬そうまだった。

 俺は遠目から今まで彼を見たことはあったが、こうして実際に近くで目を見合わせたのは初めてだ。

 彼は目を丸くして俺を見つめていたものの、何かを呟いたと思ったらそのまま歩いて行ってしまい……俺と彼のファーストコンタクトは良く分からない微妙なものになるのだった。


「……なんだあれ」


 ある意味で接点は出来たものの、やっぱり俺はだからといって彼と何かを話したいとは思わなかった。

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