嵐の前の静けさか、はたまた嵐は来ないのか
時間が経つのは早いもので、俺は中学校を卒業して高校生になった。
俺より一つ下の血染は残ってしまうことになるが、最近の彼女は本当に明るくなりクラスでも人気者なため何も心配は必要ないだろう。
もちろん心配の必要がないというのは気に掛けないという意味ではなく、常に俺は血染が大丈夫かと気にしてしまっている。
「……はぁ」
いかんいかんと俺は頭を振った。
以前までの血染なら……まあ俺が関わらなければ原作通りの血染になっていただけなので変わらないにしても、今の血染は本当に優しい子に育ってくれている。
だからこそ、こうして彼女が傍に居なくても俺はただ血染を信じていれば良い。
「それにしても……何だろうなこの感慨深い気持ちは」
常徳高校、俺が今通うこの高校がびょうあいの舞台になる学校だ。
この場所でびょうあいの主人公はヒロインたちと触れ合うことで誰かに病まれるほどに愛されるか、それとも罠のように仕組まれた血染に殺されてしまうかのどれかのルートに進むことになる。
「今のところは主人公ともヒロインとも接点はないけど、ぶっちゃけどうでも良いって感じだしな」
この世界はやり込んだゲームの世界、だというのに今の俺はそこまでこの世界に対して興味を持っていなかった。
物語が動き出すのが来年とはいえ、既に主人公含めヒロインの何人かはこの高校に通っているが……彼女たちと進んで知り合おうとは思わなかった。
『兄さん、今日も早く帰ってきてね?』
そんなことに時間を使うくらいなら、大切な妹の為に時間を使いたいという気持ちがあるからだろうか。
今までお兄ちゃんと呼ばれていたが兄さん呼びに変わり、真っ黒だった髪の毛もゲームと同じ銀髪へと変化した。
雰囲気も更に明るくなってオタクに優しいギャルという姿を体現している。
「綺麗に原作通りの血染になってきたなぁ」
学校で血染は人気者になる、それはゲームと全く同じだ。
街中でモデルの誘いもしょっちゅうあるらしいが、俺との時間が減るから絶対に嫌だと言って受けることはなく……それを聞くたびに俺は泣きそうになってしまう。
「少し前までは血染のことを俺が引っ張る側だったのに……今となっては情けないことに血染の力に頼ってばかりだな」
この世界が特殊なものとはいえ、あくまで現実なので親が居ないというのは周りからしても学校側からしても疑問であり見過ごせないことのはずだ。
だというのに俺と血染が変わらずに生活出来ているのはおそらく、血染の力にあのクソ親父が喰われたことで多くの事柄が改変されてしまったからだろう。
「残されたお金もかなりある……正直言って本当に俺と血染にとって都合の良い世界だよな」
それは喜ぶべきことではあるが、あまりにも全てが上手く行きすぎてちょっと怖いと思うこともしばしばある。
まあそうやって不安に思う度に二人の血染が気付いて安心させてくれるのだが、本当に優しい子たちに育ってくれたものだよ。
「どうしたんだ?」
「なんかボーっとしてるじゃん」
「いや、何でもない」
高校から知り合った友人にも心配される始末で、これではマズいなと俺は気持ちを切り替えた。
なんだよ教えてくれよと肩をグイグイ押してくる友人二人、少し鬱陶しいが基本的に良い奴らなので一緒に居ること自体は楽しい。
いつまでもこうして聞かれるのは流石に面倒だったため、二人とも俺に妹が居ることは知っているので素直に伝えることにした。
「まあなんだ……一つ下の妹が居るんだけど、これからも妹と健やかに暮らしていけるかなって思ってさ」
「……わお」
「結構それっぽい悩みだな……」
揶揄いの表情から一転した二人に俺は悪い悪いと苦笑した。
二人と友人になったとはいえ、流石にまだお互いに家を行き来したりするほどではなかった。
なので会話の中で妹が居ると話したことはあるが、二人はまだ血染を見たことはない。
「なんつうか、本当に妹のことを大切にしてるよなお前は」
「俺には妹も弟も居るけど……喧嘩ばっかりで大切っちゃ大切だけどそこまでじゃないからなぁ」
「少し特殊なんだようちは。まあとにかく、本当に可愛くて良い子だから兄貴として気になっちまうんだよ」
この二人が血染を見た時にどんな反応をするのか非常に気になるが、まあそのリアクションはまたの機会に楽しみにさせてもらうか。
それから二人と話していると、ふと目が行ってしまう女子が居た。
「美空、今日なんだけど――」
「はい。どうしましたの?」
多くの友人たちに囲まれている美しい女子生徒が居た。
昔の血染を彷彿とさせる長い黒髪に綺麗な青い瞳、高校生離れしたスタイルでクラス中の男子の視線を集める彼女の名前は
喋り方からも察せられるようにお嬢様のような女子なのだが……こうして特に知り合いでもない女子を気にしていることからも分かるだろうか――そう、彼女はびょうあいにおけるヒロインの一人だ。
「……にしても今日も進藤さんは美しいぜ」
「本当だよな。彼氏とか……居るのかな?」
「止せよ。俺たち男子の夢を汚すんじゃねえ!」
「でもあんなに美人でおっぱいもデカくてさ。彼氏いない方があり得ないだろ」
「……くぅ! それを言うんじゃねえよ!」
友人たちの会話を他所に俺はジッと彼女のことを見つめていた。
主人公やヒロインと知り合うつもりはなくとも、こうして一人くらいと同じクラスになる可能性は考えていたが……実を言うと、美空に関しては血染の次に俺が気に入ったキャラだった。
(親しくなると一瞬にして距離が近くなる子……しかもとことん相手を甘やかせて自分に依存させようとしてくる子だ)
この世界のヤンデレの良い部分というのは主人公に対して危害を加えようとするヤンデレが居ないことだ。
全員のヒロインにはそれぞれ属性があり、色んな方面で主人公とその分身たるプレイヤーをドキドキさせてくれる。
美空に関してはキャラクター紹介のページで弟が欲しいというセリフがあるようにとにかく自分に甘えてくれる人を彼女は欲しがっているというわけだ。
(欲しがっていると言っても一番人の本質を見るのが美空だ。見た目と性格からヤンデレというものからは程遠い気もするけど、やっぱり恋愛ってのは人を変えるんだなとしみじみ思ったっけ)
同級生でありながら姉呼びを求めたり、時には本当に昔から姉だったと錯覚させるような言動も多いため、同級生の女子にバブみを感じたい派閥のプレイヤーからは本当に人気だった。
俺は別に彼女に対してバブみを覚えたわけではなく、単純に見た目や声などが血染に次いで好きだっただけだな。
(……にしても本当に胸デカいな)
公式でも明かされていたが原作時点での美空のバストは102……そりゃ母性を感じるというものである。ちなみに血染は95というのも公式設定だ。
それから時間も過ぎてあっという間に放課後になり、俺は血染と合流した。
「あ~あ、兄さんと会えないのがこんなに辛いだなんて……ねえ兄さん、私も早く兄さんと同じ高校に通いたいよ」
右腕にギュッと抱き着く血染はそう言った。
初めて出会った時からもそうだったが、あれから月日が経つに連れて血染はもっともっと綺麗になり同時に甘えることも増えてきた。
こうやって腕を組むこと自体はもはや慣れ親しんだレベルで、俺もこうすることに何の抵抗ももはやなかった。
「もう一年頑張らないとな?」
「むぅ……仕方ないか。うん、我慢する」
「良い子だぞ血染」
「えへへ~♪ うん、あたしは良い子だよ兄さん♪」
本当に良い子だなと俺も微笑んだ。
……しかし、こうして血染に引っ付かれていると本当に色々と俺は男として試されているような気分にさせられる。
ただでさえ血染は俺が一番好きなキャラクターだったというのもあるし、義理とはいえ彼女の心を守るためにやれることは何でもやってきた。
それだけ俺にとって血染ってのはどこまでも特別な存在なのだ……そんな子にこうやってその立派な果実を腕に押し当てられたりすると非常にドキドキしてしまうわけだ。
「……コホン、ところで血染」
「なあに?」
俺は気持ちを切り替えるように話題を振った。
「特に何も起きてないか? ストーカーとか諸々」
俺の問いかけに血染はカラカラと笑った。
「ねえ兄さん、ストーカーとかそういうのってあたしには一番意味のない心配だと思うよ?」
「……だよなぁ」
どうして心配は要らないのか、それはさっきからずっと俺の背後から抱き着いている黒血染の存在も大きい。
この子にストーカーとかしようものなら深淵に喰われて終わるだけ……血染も流石に原作に比べて丸くなっているとはいえ、自分に対して悪意を持って近づいてくる人間には容赦しないと言っていたし、俺もそれを否定することはなかった。
『この体に傷を付けようとする奴は許さないよ。あたしの体に触れて良いのは世界でただ一人、兄さんだけだもん♪』
なんてことを言ってまた俺を泣かせたりドキドキさせたり……うん、本当に血染はお兄ちゃん子になった。
原作でも大河が血染を大切にすればこんな風な関係をきっと築けたはずなのに、本当にあいつは勿体ないことをしたと思う。
「兄さん、今日は何が食べたい?」
「そうだなぁ……血染の作る料理は何でも美味しいけど」
「けど?」
「今日は豚カツの気分だな!」
「おっけ~、じゃあ作るね♪」
心底楽しそうな血染の様子は俺のことを幸せにしてくれる。
今までも、そしてこれからもこの子のことを見守っていくことは変わらない……この世界に転生した意味は分からないけど、それでもこの子に会わせてくれた運命にはいつだってお礼を言いたい気分だ。
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