美しき絶死絶命の女神

 びょうあいのゲームは結構色んな作品とコラボすることもあり、ラブコメ主体の作品でありながら戦いをメインとした作品に出演することも少なくはなかった。

 俺の生きていた時代では戦いのイメージがないキャラでも武器を持たせてそれっぽい能力を付け加えればゲームの仕様上は問題なく戦えるので、ただでさえ人気のキャラが多いびょうあいのコラボは割と多くのゲームで実現されていた。


「……懐かしいな。この世界には流石にねえけどさ」


 びょうあいの世界だからこそそのようなゲームも存在しておらず、俺は少し懐かしい気分になりながらも同時に寂しかった。

 それというのもやっぱり俺もびょうあいのファンであり一プレイヤーだったからこそかなりやり込んだからだ。


「どのゲームでも血染は強かったな」


 基本的にどのコラボ先でも血染はキャラクターとして使用できたが、ガチャを回して手に入れる方式もあれば、敵として出てくる血染を倒すことで手に入れることも出来たけど一つだけ共通するモノがあった――それはとにかく強いということだ。

 既存のキャラクターを過去にするというのは言い過ぎだが、それにしてはスキルもアビリティも全てが優れていたキャラだった。


「おまけにビジュアルも良いし声優も当時勢いのあったヤンデレ声の似合う人だったもんな。そりゃみんな回すわ」


 ネットにあるアプリの売り上げ予想サイトで常にえげつない記録を叩き出していたような気がするが……本当に流石の一言しかない。


「お兄ちゃん? 入って良い?」


 しかも売り上げに貢献していたのは血染が主という結果も出ていたし、ユーザーアンケートでも血染が欲しかったなどのコメントが大多数だった。


「お兄ちゃん……? 寝てるのかな」


 実際に血染が登場するびょうあいだけでなく、他の作品でもその名前を知らしめた彼女が俺の妹かぁ……なんというか本当に自分で自分の境遇に驚くよマジで。


「……入るねお兄ちゃん……って何してるの?」


 ちなみに俺もあるゲームで血染を求めて何十連とガチャを回した。

 彼女を当てるだけでは満足出来ず、最大限に能力を発揮させるために何人も引き当てて強化したよな確か……あれでどれだけお金が吹っ飛んだか。


「……むぅ、お兄ちゃん!」

「のわっ!?」


 突然背後から声を掛けられて俺はビクッと肩を揺らした。

 振り向くと頬を膨らませた血染が俺を見つめていたので、俺はもしかしてと彼女に聞いてみた。


「すまん。ちょっと考え事をしてたんだけど……もしかして後ろに居た?」

「うん! 居たもん!」


 ツンと唇を尖らせて血染はそっぽを向いた。

 それは申し訳ないことをしてしまったなと俺が謝ると、すぐに血染は血相を変えるようにして言葉を続けた。


「ち、違うの! 別に謝らなくて良いんだよお兄ちゃん! ジッと待ってたし、お兄ちゃんの後ろ姿を見るのも退屈しなかったから!」


 マジかよ、流石に俺は血染の後ろ姿だけを見ていたら飽きるし寂しいぞ。

 とはいえ血染も大分遠慮がなくなってきたが、小さなことでも俺に迷惑を掛けてしまうことを彼女は極端に嫌うしそれを罪のように感じる節がある。

 俺はそこまで狼狽えなくて良いんだよと伝えるために血染を抱き寄せた。


「そんな風に慌てなくて大丈夫だぞ? むしろ可愛い妹の接近に気付けなかった俺が兄貴として情けねえぜ。なあ血染、罰として俺のことを思いっきり抱きしめてくれないか?」


 ……って俺は一体何を言ってるんだ!

 仮にこの頼みを血染が聞いてくれたとしてもそれは罰ではなくご褒美でしかないじゃないか。

 そんな風に思っていた俺だが、すぐにふんわりとした圧倒的な柔らかさに包まれることになった。


「分かったよ。罰としてお兄ちゃんをギュってするね♪」

「……………」


 中学生でありながらあまりにも豊満すぎる胸の感触に興奮してしまう。

 しかし……こういう時は大人しく興奮して鼻の下を伸ばすのが思春期の少年らしいと思うのだが、俺はこうしていると聞こえてくる血染の心臓の音が気になった。


(俺と同じ心臓が鼓動している証だ。そうだよな、血染だってどこも俺たちと変わらない一人の人間なんだよ。ちょっと特殊な力を持ってしまっただけの人間だ)


 ちょっとばかりセンチメンタルな気分になってしまったからか、俺は思いっきり血染の胸元に顔を埋めた。

 暖かさと共に感じる良い香りに幸せな気分になった俺、しかし傍から見ればどう考えてもやべえ奴だと思われるだろう。

 けれど血染は決して俺を離すことはなく、逆にもっと甘えてほしいと言わんばかりに抱擁の力を強くした。


「お兄ちゃんはもっと私に甘えるべきだよ。お兄ちゃんはもっと報われるべき、私がお兄ちゃんのことをこうして包んであげるからもっと頼って?」

「……血染ぇ!」

「わわっ!?」


 別に襲い掛かったりしたことでの困惑した声ではないぞ?

 単純に俺が目頭を熱くさせて泣きそうになって驚かせただけ……いや、普通に涙が零れてきたわ。

 それからしばらく血染に抱きしめてもらっていたのだが、背後からも大きな柔らかな感触が伝わってきたことで黒血染も抱きしめてくれているようだ。


「……めっちゃ幸せだなぁ」

「そうだね。凄く幸せだね♪」


 この子の笑顔があればどんな困難でも乗り越えることが出来そうだよ本当に。


「美しき絶死絶命の女神……偽りなしだな」

「なんのこと?」

「何でもない。さてと、それじゃあ出掛けるか血染」

「うん!」


 実はこれから冬の街を血染と一緒に出掛ける予定なのである。

 俺にとっては中学生最後の冬になるわけだが、今年は血染が傍に居てくれるので寂しい冬にはならなかった。

 ちなみに美しき絶死絶命の女神とは血染に付けられた渾名なのだが……それがこの世界で名付けられることはないだろう。


「……さっむ」

「寒いね。お兄ちゃん、手を離したら嫌だよ?」

「安心しろ。離したら寒さで死ねる」

「あははっ♪」


 俺の何気ない一言に血染は楽しそうに笑ってくれる。

 いつ見ても前に比べたら本当に笑顔が増えたなと嬉しくなってくるけど、この笑顔を絶えさせないことがこれからの俺の目標でもあるわけだ。


「血染」

「なに?」

「これから先、何も不安に思う必要はない。お兄ちゃんがずっと傍に居るからな」

「あ……うん!!」


 それから血染と一緒に美しくイルミネーションで彩られた街並みを楽しんだ。

 家に親の姿はなく俺と血染しか居ないので、こういってはなんだがどれだけ外で夜遊びをしたところで誰にも咎められることはない。

 節度は流石に守るつもりでいるが、ついつい血染と一緒だと俺も楽しみ過ぎてしまうからか気付けば時間が経ってるんだよな。


「さてと、今日は何を食べるとしようか血染殿」

「そうですなぁ。お寿司なんて良いのではないでしょうかお兄ちゃん殿」

「お兄ちゃん殿ってなんやねん。まあでも寿司にするかぁ!」

「お~!」


 近くのお寿司屋さんに入って俺たちは話を楽しみながら腹を膨らませた。

 時折取った皿からネタが消えることがあるのだが、それは黒血染が食べている証なので彼女もまた楽しんでくれていることは良く分かる。

 別に他の人に視認されることはないから良いとは思うのだけど、どうも完全に姿を見せるのは家の中だけにしたいようだ。


(……それにしても、一人くらいはゲームの登場人物に会えるかと思ったけど結局誰とも会わなかったな)


 この世界のことを思い出してから今に至るまで、もうすぐ高校生になるという段階になっても血染以外の登場人物にはまだ会っていない。

 主人公にもヒロインにも会いたい気持ちはあるのだが、別に親しくなるつもりもなければ友人という立場になりたいとも思ってはいないのだ……まあ単純にリアルの目線で見てみたいというだけだな。


「……お兄ちゃん」

「どうした?」


 パクリとマグロを食べながら血染に視線を向けた。

 彼女は真っ直ぐに俺を見ながらこう言葉を続けるのだった。


「何度もネガティブになってごめんね。私……ちょっと不安になってるの。このままずっとこの幸せが続くのかなって」


 なんだそんなことかと俺は笑いながら血染の頭を撫でた後、肩に手を置いて抱き寄せるようにした。


「俺だって不安に思ってるさ。でもそれを気にして気持ちが滅入るくらいなら、こうしてそんな不安をぶっ飛ばすようにすればいい。ちょい単純だけど、血染はこうしてるとどうだ?」

「……安心するよ。凄く安心する」


 他に利用客が居る中、俺と血染だけの世界が展開されていた。

 ただ俺も血染も中学生ということで微笑ましく見つめられる視線が多く、特に絡まれたりもしなかったので本当に平和だった。

 ……だがそれからの帰りのこと、俺たちは三人の男たちに絡まれていた。


「退いてください」

「退いてやるよ。その子を渡せばな」


 ナンパだ……それも質の悪いナンパだ。

 たぶんだけど相手は大学生になるわけだが……まあ確かに背がまだ低いとはいえ血染の見た目は本当に美しいからこそこうして声を掛けてきたのだろう。

 非常に面倒だしさっさと血染の手を引いて去ろうとしたしたところで、一人の男がこんなことを口にした。


「お前みたいな奴には勿体ねえだろ。身の程を知れよ」


 つい舌打ちをしそうになったが、それよりも俺は血染の変化の方が気になった。

 下を向いている血染が何を考えているのか分からなかったが、ゆらりと蠢いた黒い靄は彼らに視認されることなく俺に身の程を知れといった男に絡みついた。


「……っ!?」

「?」

「おい、どうした?」


 すると突然、その男が胸を抑えて蹲った。

 言葉を喋ることも出来ず、何が起きたのか信じられない様子で瞳孔をこれでもかと広げるように苦しみ悶え始めた。


「……血染、俺は大丈夫だから」

「……分かった」


 ただ、原因が血染だということに俺は気付いていた。

 大丈夫だからと伝えると、血染は頷き黒い靄は男たちから離れて行った……その時一瞬見えたのは黒血染が男の胸元に何かを返す瞬間だった。

 ピンクにも赤にも見えるドクンドクンと鼓動するそれは果たして何だったのか、結局俺は足早に血染と一緒にその場を離れた。


「あいつ……あいつ……っ!!」

「血染、今日は一緒に寝ようぜ」

「え? う、うん! 一緒に寝ようお兄ちゃん♪」


 取り敢えず……やっぱり血染は特級爆弾であるのは疑いようもない。

 そして何より、そんな子であっても大切な妹であるという認識が欠片も変化を起こさない俺もまたちょっとおかしいのだろう。



【あとがき】


昔のままなら問答無用で喰ってると思いますので、彼女はかなり落ち着いています。

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