幸せとはすなわち禁断の果実

 もちろんというか当然と言うべきか、親父が居なくなっても俺と血染の生活は何も変わらない。

 それどころか言い方は悪いけど邪魔者が居なくなったことで、血染を不幸にするはずだった存在は一人減った。


「後は俺だけだが……今の俺は血染に対して嫌なことをするつもりはないからな」


 そう、俺は決して血染を悲しませたりはしない。

 自分でも驚くくらいに血染のことを大事にしているが、前世でも俺は一人っ子ということもあって正真正銘血染が初めての妹だった。

 だからこそ自分にとって守らなければいけない存在というのは大きく、それが大好きなキャラクターだったなら誰だって俺と同じような気持ちを抱くだろう。


「それにやっと良い雰囲気になってきたしな」


 親父が居なくなってから更に数ヶ月が経ち、俺もそろそろ中学を卒業という時期だが血染の方も大きな変化を迎えている。

 元々美しかった容姿は更に磨きが掛り、内なる怪物が発する雰囲気を外に漏らすことも少なくなって段々と彼女の本来の姿へと近づいているためだ。


「なあ六道、妹のこと紹介してくれよこの通り!」

「やっぱりお近づきになりたいしさ……マジで頼む!!」

「嫌だよ。お前らのような馬の骨に俺の妹はやらん!!」

「今日もダメかぁ!!」

「ちくしょ~!!」


 ノリが良いなこいつら……俺はそれなりに会話をする友人たちに苦笑した。

 このように本能に恐怖を与える雰囲気が血染から薄まれば、彼女に残るのは圧倒的なまでの可憐さと他者を惹きつける美しさ……そして薄汚い男の情欲を誘う魅惑的な肢体と、更に言えば血染は頭も良くて正に完璧超人とも言える。


(おまけに強いしな)


 血染は強い、それはもう疑いようのない事実だ。

 当初と数ヶ月は小さくはない恐怖を抱いてはいたものの、今となっては血染だけでなく黒血染ともかなり良い関係を築けている。

 時々黒血染が俺のベッドに入り込んで寝たりしているのを見て血染が嫉妬したりといったこともあって……何だろうな、あんな風に構ってオーラを出してくる子たちを怖いと思うのはもう無理だ。


「それじゃあな。ちょっと今日は忙しいからさ」

「あいよ~」

「また明日な~!」


 この友人たちは血染を紹介してくれとうるさい部分は少しアレだが、だからといって厄介なことをしたりはないので弁えてくれているようだ。

 友人たちと別れた俺はすぐに街へと繰り出した。

 いつもなら血染と一緒に家まで帰るのだが、今日は先に帰ってくれと朝の段階で伝えている。


「まあ朝もおめでとうって言ったし分かってるだろうけど」


 口にもしたが今日は血染におめでとうを伝える日だ。

 俺は駆け足でそこそこに有名なケーキ屋さんに赴き、予約していた二種類のケーキを受け取った。


「十四歳の誕生日……ちゃんとお祝いしないとだ」


 勿体ぶることでもないので言ってしまうと今日は血染の誕生日だ。

 つうかまだ十四歳なんだよな……あんなに美人でスタイルも良い十四歳とか俺の友人しかり幼子の性癖が歪んでしまうぞマジで。

 もちろん俺もその一人になりそうな気はするが……一応兄貴だからこそ我慢も出来るし、さっきも言ったが俺は血染の心を守りたいと思っているのが大きい。


「待ってろよ血染! お兄ちゃんすぐに帰るからなぁ!!」


 すぐ家に帰りたいがために駆け出そうとして俺はちょっと待てと落ち着いた。

 せっかく買ったケーキが形を崩してしまうだろうと当たり前のことに気付き、血染のことになると本当に落ち着きが無くなるなと苦笑してしまう。


「思いっきりシスコンになっちまった」


 六道大河、俺は絶賛シスコンの称号を欲しいがままにしていた。

 途中で転げたりしないように最善の注意を払いながら家に戻ると、バタバタと足音を立てて血染が出迎えてくれた。


「おかえりなさいお兄ちゃん!」

「おう! ただいま血染」


 ギュッと胸元に抱きついてきた血染を俺も抱きしめた。

 本当に一つ一つの仕草が可愛らしく、彼女を見ていると俺も毎日が幸せだしずっと続いてほしいと願う。


(……人間ってのは都合の良い生き物だよな)


 血染の頭を撫でながら俺はそう考えていた。

 以前の血染は周りから煙たがられ仲間外れにされていたというのに、こうして彼女が変わった途端にいきなり仲を深めようと近づいてくる……別に本能が恐れるのはおかしなことではないが、ちょっとモヤっとしてしまうわけだ。


「お兄ちゃん? どうしたの?」

「いいや何でもないよ。それより血染、夕飯の後を楽しみにしててくれよ。分かってはいると思うけどネタバレは厳禁だぜ」

「うん!」


 ……あぁ可愛い本当に可愛い。

 それから時間は一気に流れて夕飯後、俺は血染と黒血染の前にそれぞれ買ってきたケーキを差し出した。

 血染はイチゴのショートケーキ、黒血染にはチョコケーキだ。


「二人とも、十四歳の誕生日おめでとう!」


 ケーキだけではなく、大げさかもしれないがクラッカーも鳴らした。

 これは原作でも語られていたことだが、幼少期の血染は誕生日などの一切を誰かに祝われたことはない。

 今の大河としての俺もそれは同じだが、それに比べても血染の境遇はあまりにも不幸一色だ。


「っ……ぐすっ!」

「え? 血染?」


 笑ってくれる、そう思ったのだが血染は大粒の涙を流して泣き始めた。

 必死に声を押し殺すようにしているが、それでも声を我慢できずに血染は思いっきり声を上げるようにして泣いた。

 おそらくこれは悲しみの涙ではなく嬉しさからの涙であることは分かった。

 何故なら血染は涙を流して泣いているが笑みを浮かべているからだ。


「私……こんな風にお祝いされたことなくて……それが凄く嬉しくて……」

「……そうか。でも大丈夫だぞ血染。これから何度だって俺がこうやって祝う。血染の誕生日が来る度にこうやってケーキを買ってくるから」

「うん……うん! 大好きお兄ちゃん!!」


 そしてまたギュッと血染は飛びつくように抱き着いた。

 帰ってきた時と同じように血染の頭を撫でていると、呆然とした様子でケーキを見つめる黒血染が目に入った。


(……だよな。あの子にとってはそれこそか)


 血染と違って普通の人には認識すらされないのが黒血染だ。

 おそらく原作でも彼女を見たことがあるのは実際に殺された主人公と、それ以降に血染に殺されることになるであろう居るかも分からない名も知らぬ人々……そうなると黒血染にとってはお祝いされることは本当に無縁だったはずだ。


「まさか自分には関係がないとか思ったか?」


 そう問いかけると黒血染は目を丸くしたまま俺を見つめ返した。

 真っ赤な瞳と肌に張り付いたような赤い模様が不気味に輝くが、それすらも彼女の持つ美しさを演出しているようにも見える。

 以前までは思いっきり全裸だったけど、俺がどうにかお願いする形で今着ている黒を基調とした服を生成してもらったのも記憶に新しいなそういえば。


「こうして俺が見れるようになったのが運の尽きだ。血染と一緒にお前も俺に祝われるんだよ。分かったか?」


 黒血染は決して泣かない、それでも瞳が揺れているのはどんな気持ちなんだろう。

 まあ無粋なことを考えるのは無しにしようか、黒血染に手招きすると彼女もすぐに立ち上がって俺の元に歩いてきた。

 血染と同じように黒血染も抱き寄せたが、相変わらず彼女の体は冷たい。

 俺は二人の可愛い妹たちを抱きしめながら改めて今日のお祝いと、そしてこれからも一緒に居るからと約束するのだった。


「……えっと、どうしてこうなった?」


 ケーキを御馳走になり寝る時間になった時、俺は黒血染に担がれる形で血染の部屋に連れて行かれた。

 そのままベッドの上に下ろされたと思えば、嬉しそうな顔をした血染が俺を逃がさないようにベッドに上がってきてまた抱き着かれた。


「今日はお兄ちゃんと一緒に寝たい。ダメ?」

「分かった。一緒に寝るか」


 妹のこんな頼みは断れない、結局その日は血染と一緒に眠ることになった。

 柔らかな質感に背中を預ける俺、そんな俺に抱き着く血染、そして体の上に乗る形で横になる黒血染という何とも言えない構図だ。


「重くないよねって言ってるよ」

「重くないな全然」


 どうも黒血染は自身の体重すらも操作出来るらしく、俺の上に乗っているにも関わらず全く重みを感じない。

 ベッドが大きければ俺を挟む形で横になるつもりだったみたいだが、三人で寝るには流石に狭いためこういう形になったらしい。


「お兄ちゃん……私幸せだよ」


 ……そうか、そう言ってくれると俺も嬉しいよ。

 今日はいつもと違い、大切な妹の笑みを見つめながら眠りに就けるという素晴らしい一日の終わりだった。


「……………」


 段々と近づいてくる原作の開始時期、しかしこれだけ血染から世界に対する絶望がないのであればそこまで心配の必要はないだろう。

 そもそも主人公が血染のルートに進まなければ済む話だし、そもそも俺が大事な妹を渡すわけがないからな!!


「……好き、お兄ちゃん」


 俺も大好きだぞ、そう伝えて俺は目を閉じるのだった。

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