深淵から覗く赤い瞳
俺に妹が出来てから数ヶ月が経過した。
この世界がびょうあいの世界であると発覚してからというものの、何も恐れなかったわけではない。
いとも簡単に人を惨殺することの出来る力を血染は持っているので、そんな彼女が傍に居たら怖くないわけがない。
『お兄ちゃん』
ふとした時に背後に立たれたりした時にはビックリしたりするが、それでも結局はそこまでだ。
この世界のことを外部から知っていたからこそ、俺が血染に感じるのは純粋な好意と男として抱く少しばかりの劣情だった。
『お兄ちゃん……ぎゅってしたい』
『っ……』
『鼻血……出てるよ?』
俺は血染に対して酷いことはしていない、それどころか可能な限り彼女に構うことを心掛けていた。
原作の開始時期になると血染も力の抑え方を理解していたが、そうでない今は彼女の持つ内面の恐ろしさが垂れ流しの状態であるため多くの人々が血染のことを本能的に避けていく。
『大丈夫だ血染。俺が傍に居てやるからな』
『……うん♪』
いつ頃になって血染が俺の知る血染になるのかは知らないが、そこまで行けたら彼女は今の立場から一転して人気者になる。
今の暗い雰囲気からガラッと変化をするように彼女はギャルっぽくなり、喋り方も含めて全てが変化する。
それは血染の生きていた環境が彼女をおかしくさせたわけではなく、元々血染の持つ気質がそういう明るい性格だったというだけだ。
「……良いよなぁあの血染も」
これから先のことを考えてボソッと呟いた。
オタクに優しいギャルというフレーズが流行ったこともあるが、正に初見の血染はそんなイメージを抱かせるキャラクターだった。
そんな彼女を狙って好感度を上げようと近づけば、深淵に喰われてデッドエンドなんて誰も予想なんて出来るはずもなかった。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
「そう? もう少しで完成するから待ってて」
「あいよ」
俺の視線の先では血染が夕飯の準備をしていた。
この家に来てからしばらくは血染も色々と慣れることに大変だったようだが、彼女は進んでこの家の家事をしてくれるようになった。
その中でも特に血染は料理が得意らしく、最近では俺の胃袋は完全に彼女に掴まれてしまったようなものだ。
「ちとトイレ行ってくるな?」
「行ってらっしゃい」
可愛くてスタイル抜群の女の子に行ってらっしゃいって言われるこの幸福ったらないぜマジで……行先はトイレだけどな!
用を足した後、どうしてか俺は脇腹のある位置に手を当てた。
そこには包丁のようなモノが刺さった傷跡が残っており、割と冗談抜きで生死の境を彷徨った証だった。
「……ほんと、最後の最後までクソ親父だったな」
今この家に住んでいるのは俺と血染だけだ。
クソ親父は少し前に死んだ……俺の目の前で、血染の力によって全身を喰われながら深淵の中に引きずり込まれるようにして死んでいった。
『やめ……やめろ……助けてくれええええええええ!!』
血染の飼う化け物によって命を削られているクソ親父の顔は苦痛に塗れていた。
そうは言っても俺自身意識が朦朧としていたせいもあってそのように見えたような気がしただけだが……目を覚ました時には全てが終わっていた。
「……………」
いずれ訪れるであろうことが分かっていたクソ親父が血染に襲い掛かるイベントは示し合わせたように行われた。
クソ親父のことはどうでも良かったが、それでも血染が暴走しないようにと俺も小さい体で彼女を守るように頑張ったわけだが……まあ脇腹に思いっきり包丁を突き刺されたのだ。
『おにい……ちゃん?』
あの時の血染の表情は忘れられない。
俺はとにかく血染を守ることに必死だったけれど、彼女のことを知っていれば最初から血染に任せていれば良いと言われるだろうか。
それでも兄貴としてあの子を守ると誓った以上は体を張らなければならない、そう思ってのことだった。
『ちそ……め……』
『いや……いやだよお兄ちゃん! いやっ!』
流れる血も尋常ではなく意識も飛びそうだった。
そんな中で涙に顔を歪ませる血染を見た時、俺は何も分かっていなかったんだなと思い知らされた。
その時は確かに死を覚悟したが俺はこうして生きている……居なくなったのはもう一度言うがあのクソ親父の方だった。
「……ふぅ、結構ショッキングな光景だったのに奴が居なくなったことを嬉しく思うあたり俺も相当だよな」
そう、俺はクソ親父が居なくなったことを喜んでいた。
俺という存在が原作通りにならなくなった以上、クソ親父がいつ行動を起こすかだけが俺の懸念点だったのだから。
「……まさか血染にあんな力もあるなんて」
クソ親父を喰らったのはただ肉体を消滅させただけではなく、奴の消失を疑問に思わせないように世界の認識すらも書き換えてしまった。
『君、詰まんないよ本当に詰まんない。ウザいから喰うね? 大丈夫、君が居なくなっても世界はそのまま進んでいくから』
原作のデッドエンドで血染が最後に口にした台詞になるが、世界はそのまま進んでいくという言葉の意味を俺はこういうことなのかと明確に理解した。
そして俺の傷も痕こそは残ったが、痛みと失われた血は血染の力によって無かったことにされたことも目を覚ましてから知ったんだよな。
「……本当に特級クラスの爆弾だよ血染は。でも……やっぱり可愛くて色気もあって最高なんだよな。こういう部分で共感したくはないけど、血染に襲い掛かった大河やクソ親父のことが少し理解出来ちまう」
理解は出来るが行動にしようとは思わない、命を大事にが俺の信条だからだ。
「……?」
トイレから戻る際に俺はふと視線を感じたのでそちらに目を向けた。
リビングの扉に姿を隠すようにして血染の内なる怪物である黒血染がちょこっとこちらに顔を覗かせていた。
俺と目が合うと彼女はサッと頭を引っ込めたが、またすぐに顔を出して俺をジッと見つめてきた。
「……あの子もなんつうか過保護になったな」
そんなクソ親父とのイベントを機に俺は血染に触れていないのに黒血染を認識することが出来るようになっていた。
血染が言うには俺の傷を治す際に黒血染の血を使ったとかで、それが原因とのことだが詳しいことは良く分からん。
「大丈夫だよ。俺はどこにも行かないって」
そう言って戻ると黒血染は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
彼女は話すことは出来ないようだが意思の疎通は可能なので、俺からすれば妹が二人増えたような感覚だった。
以前よりも黒血染の体が明確に見えており、ところどころに体に赤い血のような跡が見えて僅かながらに中二病心を刺激されてしまう。
「ただいま血染」
「おかえりなさいお兄ちゃん」
トイレから戻っただけなのに笑顔で迎えてくれる妹の姿に俺は感動しそうになる。
クソ親父は居なくなったが世界は変わらずに動いており、俺も血染と過ごしていくことに何も不自由はなくそれなりに楽しい日々を送っている。
「どうぞお兄ちゃん」
「おう」
血染が作ってくれた料理に目を向けた。
今日は豚カツをメインにした料理だが、それ以外の品目も大変美味しそうで腹の虫がぐうっと鳴った。
「いただきます」
手を合わせて豚カツをパクリ、サクッとした音の後に肉汁が口の中に広がる。
カツが口に残った状態で白飯も一緒に含んでモグモグ……うん、この組み合わせはあまりにも悪魔的過ぎるぜ。
「今日も美味いよ血染」
「うん。お兄ちゃんのために作ったんだもん。当然だよ」
「……血染ぇ」
「ふふ、お兄ちゃんは本当に涙脆いんだから」
なんて……なんて良い子なんだ血染は!
彼女が持つ異質な力を除けば本当にどこにでも居る女の子、そんな彼女を怖がる理由なんてないし遠ざけるなんて以ての外だ……まあ今も怖がることはあるけど、そこは血染のことを知っている故仕方ないというやつだ。
「それにしても血染も大分明るくなったな?」
「そうかな……そうかも。これも全部、お兄ちゃんのおかげ」
「それはありがとうと言いたいけど、俺からすれば本当の血染に戻っていくような感じがするかな。もしかしたら血染は本当は明るい子なんじゃないか?」
「……分かるの?」
分かるさ、俺はゲームを隅々までプレイした男だからな!
さっきも言ったけど今の血染は外に対する絶望のせいで閉じこもっているだけに過ぎず、本当の彼女はとても明るい無邪気な性格というのも分かっているのだ。
『あたしは六道血染、よろしくねぇ?』
今の大人しめな彼女も悪くないけどやっぱり血染はあの派手な見た目が俺は一番なんだよなぁ。
ちなみに、黒血染に関してはずっと今の姿から変わることはないがそっちはそれで全然構わないというのがファン心理だ。
「やっぱりお兄ちゃんだけだ……私のことを理解してくれるのはお兄ちゃんだけ」
「血染?」
「何でもない。ねえお兄ちゃん、これからもずっと一緒だよ? 私の傍に居てくれるよね?」
「もちろんだ。俺はお前のお兄ちゃんだぞ? 任せておけい!」
がっはっはと笑ってしまったが同時に米粒が器官に入って咽てしまった。
慌てた様子の血染に背中を擦られながら、黒血染はどこか呆れたような表情だが彼女も俺の背中を擦ってくれていた。
しかしあれだな……良いもんだな、美少女に傍に居てって言われるのは。
俺はその後、ずっとニヤニヤとしてしまったことを後になって反省した。
(お兄ちゃんが私の全て、私を肯定してくれる唯一の存在……私を愛してくれる唯一の存在……絶対に逃がさない、お兄ちゃんは誰にも渡さない)
(ソウネ。オにいチャンハわたしタチノすべテ……だれニモわたサナイワ。モシモうばオウトスルナラバソノときハ――)
“誰であろうと深淵の狭間に引きずり込んで喰らってやる”
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