ヤンデレメインのラブコメゲームに転生したと思ったらヤバい子が妹になってしまった件

みょん

一章

血染めの邂逅

「は、初めまして……血染ちそめです……」

「……初めまして……っ!?」


 とある中学生の頃、俺は一人の女の子と相対していた。

 突然のことではあったのだが、今日からお前の妹になる子だと父が一人の女の子を家に連れてきた。

 長く真っ黒な髪を持ち、真っ赤な瞳を持った何とも言えない不気味さを孕んだ女の子だったが、俺はそんな彼女を見てあるはずのない記憶が呼び起こされるのを感じていた。


「どうし……ました……か?」


 突然頭を抑えて蹲った俺に彼女……血染は手を伸ばそうとして引っ込めた。

 まあ特に心配してもらう必要がないからこそ手で制したのもあったが、血染からは俺に触れて良いのかと恐れる気配も僅かに感じ取れた。


(……おいおい、これってまさか……俺ってまさか!?)


 まさか、嘘だろ、あり得ない、そんな言葉が脳裏に浮かんでは消えて行く。

 血染と相対したことで俺の中に眠っていた一つの記憶が呼び覚まされ、明確に俺は一つの事実を認識した。


(俺……転生してやがる!?)


 そう、俺は自分が転生者であることに気付いたのだ。

 突然の記憶に流動はこうして俺をパニックにさせているが、割と脳のキャパに余裕はあるのかすぐに落ち着くに至った。

 とはいえ少し時間が欲しいなと思い、俺も簡単に自己紹介をした。


六道りくどう大河たいがだ。よろしく血染」

「よろしく……お願いしま……す」


 手を伸ばすと彼女は伸ばしかけていた手を引っ込めた。

 その様子に俺は苦笑しながらも、無理やり彼女の手を握り……そして俺が転生者であるという予想は確信に変わった。

 血染の手を握った瞬間、彼女の背後に見えるはずのない何かが居た。

 黒く蠢く波動のようなモノとは別に、血染と同じ真っ赤な瞳をした恐ろしい何かを俺は確かに見たんだ。


「……ふぅ」


 血染を予め用意されていた部屋に通してから俺は自室に戻った。

 一人になったことで改めて俺はこの世界のことを、そして自分のことを頭の中で整理した。


「この世界はたぶん……いや確実に“びょうあい”の世界だ」


 びょうあい……略さずに言うと“病的なまでに君を愛す”というゲームがあった。

 題名からも分かる通り、ヤンデレというジャンルが一つの時代を築いた際にその流れに乗るようにして現れた恋愛シミュレーションゲームだ。

 元々ラブコメという触れ込みで発売されたゲームだったのだが、ヒロインが全てヤンデレということでどっちかと言えばホラー色が強いと言われたものの、ストーリーや設定は概ね好評でかなり話題性があった。

 俺ももちろんラブコメマニアとしてはプレイしないわけにもいかず、寝る間も惜しんでこのゲームをやり込んだものである。


「……はぁ」


 意識せずにため息を吐いてしまった理由は単純で、それは俺と血染もまたゲームに登場したキャラクターであるからだ……ただ、大河に関しては原作開始時には既に死んでいるキャラであり、それが俺のため息の原因だ。


「六道大河は原作では姿を現さない、その理由は死んでいるからだ。そしてそんな大河を殺すのが六道血染なんだよなぁ」


 原作では既に大河は退場しており、その理由は血染が殺したからであることも彼女自身の口からバッドエンドで聞かされる。

 まあ一旦俺のことは置いておくとして、問題は血染のことだ。

 六道血染はゲームのパッケージにも描かれており、密接に物語に絡んでくるが彼女はヒロインではない……いや、選択肢はあるので待遇そのものはヒロインかもしれないが彼女のルートに進めば必ず殺されるというバッドエンドしかない。


「……当時はなんだこれって驚いたもんなぁ」


 確かにゲームそのものはラブコメというジャンルであり、相手の女の子が全てヤンデレというのも異質ではあったが常識から見れば普通の女の子なのは変わらない。

 しかし、血染に関しては開発が用意したバグキャラのようなものだった。

 まず血染は他の女の子たちにはないある特徴がある……それは正真正銘、彼女が異質な力を持った化け物であるということだ。


「見た目は全然……あれ? 確か原作の血染ってかなりギャルっぽかったような」


 さっき見たオドオドした様子とは欠片も似ていないが……まあ良いそれは後だ。

 俺が彼女に感じた黒い何か、アレこそが血染の持つ異能であり影に飼っている恐ろしい化け物の正体だ。

 なんでラブコメのゲームに彼女みたいなのが居るんだという話だが、単純にヤンデレという異質なものを扱うのでそのルートに入ったら絶対に殺されてしまう怖い子くらい居ても良いだろというのが開発のコメントだった。


「怖いのベクトルが違いすぎんだよ。異能を使うからつっても別にそれがメインの作品でもないし、ただ血染のルートに進めばそれを明かされて喰われるだけだしな」


 そのルートに進めば底なしの落とし穴に嵌るというだけのこと……にしては血染は本当に異質だと思う。

 とはいえ、そんな血染だがキャラの人気投票ではぶっちぎりの一位だ。

 まず彼女の見た目はあまりにも気合が入り過ぎており、その見た目と内に秘める異能のギャップが何よりファンに突き刺さった。

 中にはこんな子になら喰われても良いだとか変態的思考の人間を数多く生んでしまうほどに、それくらいに血染は人気のキャラだったわけだ。


「俺も好きだったもんなぁ……」


 そう、俺も好きだった。

 普段の血染の姿はもちろん、内に秘める全体的に黒く邪悪に見える化け物の血染もまた最高にビジュアルが優れていた。

 というか裏の血染……黒血染とでも呼ぶか、化け物としての血染も本当に綺麗でスタイルも抜群で、表と裏の血染に挟まれたらそれはもう幸せなんだろうなとか思ったことも何度もある。


「つうかそんな二次創作が大量に生まれるくらいだもんな」


 本当にそれだけ血染の人気は凄かった。


「……さてと、とはいえ俺に何が出来るのか……つうか死ぬのは嫌だな」


 現状で既に命の危険があるというのに妙に心が落ち着いているが……ちょっとそのことを不思議に思いつつもこれからを考えるか。

 まあある程度はどんな風にすれば良いのかその道筋は出来ているし、ある意味で俺の存在が血染をどのように成長させるかを担っているようなものだ。


「血染も最初からあんなだったわけじゃない。全部は大河とクソ親父のせいだ」


 血染から語られたことだが、血染は元々友人という存在は皆無だ。

 俺が彼女に触れた時に感じたように、彼女の異質さに本能が警鐘を発するからこそ誰も彼女に近づかず、それどころか異様なモノを見るようにして距離を取る。

 そんな風に誰との交流も生まれず、恐れられるだけの存在だった彼女に対し大河とクソ親父は最悪な一手に出るわけだ。


「……襲い掛かるんだよなぁ」


 中学生の段階から血染の容姿は完成された美しさと、男の情欲を誘う豊満な色気を兼ね備えている。

 血染に抱いた恐れを乗り越えたことは褒められることなのに、なんでそこで性的に襲い掛かって血染に最後の絶望を与えるんだと本当にツッコミどころ満載だ。


「世の中の全てに絶望し、全てが敵だと認識させてしまったことであの血染が生まれたことは説明されている。なら、誰かがそうなる前に血染のことを考えてやれば良いじゃないか。幸いに俺は血染のことが好きだしな!」


 そうと決まれば行動あるのみだ。

 俺はすぐに血染の部屋に向かい、コンコンとノックをした。


「ど、どうぞ……」

「入るぞ~」


 まだまだ殺風景な部屋だが、ここからギャルっぽい明るい部屋になると思うと少し感慨深い。

 ジッと見つめてくる真紅の瞳はやはり少し怖いが……本当に綺麗な子だと思う。


「いきなりごめんな? これから家族になる以上、血染とは仲良くしたいから」

「私と仲良く……したい?」

「あぁ。つうかぶっちゃけテンション上がってる。今まで俺は一人っ子だったからこんな可愛い妹が出来たことにそれはもう舞い上がってる」

「か、かわ……っ!?」


 おそらく可愛いと言われたことは全くないみたいで、血染は顔を赤くしてしまったその表情は本当にお世辞抜きで可愛いかった。


(あのクソ親父はどうやってこの子を見つけてきたんだ? その辺を聞くことはこの先あるのかなぁ)


 あぁそうそう、さっきからクソ親父クソ親父って言ってるけどこの家の家族関係は既に崩壊している。

 だからあの男はクソ親父で十分だ。

 俺はチラチラと顔を見てくる血染に苦笑し、また手を差し出した。


「もう一度握手をしようぜ」

「あ……」


 差し出されはしてもすぐに引っ込んでしまった手、俺はその手を自らまた手を伸ばして握りしめた。

 その瞬間、血染の背後に浮かび上がる黒い化け物は俺を見つめる。

 正直言って良いか? ガチで恐怖心は煽られるものの……さっきよりも鮮明に黒い全裸の血染が見えるからなのか怖くはない。


「お前もよろしく」

「え……」


 驚く血染、背後の黒血染もゲームで見たことがないほどに目を丸くしていた。

 取り敢えず何も分からなくていい、俺だってどうすれば良いのか分からないのだからお互い様だ。


「……っ……おにい……ちゃん」

「っ!?」


 お兄ちゃん……今お兄ちゃんって言ったか!?

 恥ずかしそうにそう口にした血染だったが、段々とその瞳が潤んでいって涙が零れてきてしまった。

 俺は咄嗟に血染を抱きしめてしまったがそれは間違っていなかったらしい。

 胸元に顔を埋めて泣いてしまった血染の頭を撫でていると、黒血染もどこか羨ましそうにしているような気がした。


「……触れられるのか?」


 俺はそもそも彼女に触れることが出来るのか?

 そう考えた俺は彼女にも手を伸ばし……そして触れることは出来たのだが、その体は恐ろしいほどに冷たかった。

 先ほどの比ではないほどに目を丸くした黒血染もやはり可愛く、俺は彼女も自然と抱き寄せていた。


「……………」


 黒血染は何も言わない、それでも血染と同じように抱き着いてきた。

 悪くない……全然悪くない、そう少しばかりいやらしいことも考えてしまったが一番は兄貴としてこの子たちを守っていきたいと俺は思った。

 俺は六道大河だが、奴のようになるつもりはない……俺は俺の意志で、血染の心を守っていく。

 それがこの世界に生まれ変わった俺の目標になった。




 それから数ヶ月が経過した。


 クソ親父は死んだが俺は生きていた。

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