第3話 異能力と予言

『私の名は羽柴秀吉。織田信長様、私を貴方様の臣下にして下さい』


 …………な、何を言い出すんだ、この人。ていうか。


「俺は! 織田信長、だけど! 貴方の思ってる信長じゃないですよ!!」

「殿、やはり記憶が無いので御座いますね」

「殿って呼ぶのやめて下さい!!」


 切実にそう言う俺に秀吉センパイは困ったという顔を浮かべて話し始めた。


「……では、記憶の無い信長様に一通りの説明を致しましょう」


 それは有り難い。秀吉センパイに是非お願いすると直ぐに語り出した。


「先ずは……。我々、戦国武将だった者は前世でも現世でも異能力を持っています」


 ………………………………………………………………は?


「信じていない、という顔ですね」


 いや、逆に信じる人がいるのか? 信じる奴の神経、どうかなってるって。俺はぜ…………………ったい信じねぇぞ。


「何を考えているかもろ分かりなところは変わりませんね。では、異能力がある事を証明してみせましょう」


 そう言って秀吉センパイは学ランの裏ポケットから一枚の紙と黒のボールペンを取り出し、何やらその紙に書いている。そして書き終えると俺に手渡してきた。


「読み上げて下さい、その通りに。そして少し力込めて」

「アンタ、俺に何やらせる気だ」


 あ、やべ。普通にタメ口になっちまった。つ、つい。てへっ!(可愛く言ったつもり)


 しかし、秀吉センパイは俺を目上の人間だと思っているからか、特に気にしている様子はない。が、しきりに俺に紙に書いてある事を言わせようとする。


 ちょ、意地でも言わねぇぞ! 俺がこれだけ拒むのには理由がちゃんとある。ねぇ訳ねぇだろ!


 その理由は……………なんか厨二じみてるから。そのまま秀吉センパイに言ってみると冷めた目で、「一番前世で異能力を使っていた人がよくもまあそんな事言えますね」と返された。……駄目だ、言うまで帰れねぇ気がする。俺の本能がそう告げている。い、言うしかねぇ。


「……だぁあああああ、くっそ!! 言えばいいんだろ、言えば!!」


 こうなったら自棄だ自棄! そうして紙に書かれた通りに読んだ。怒った声で。


「紅き炎の如き魂よ、我に宿れ!」


 どうせ何も起きねぇだろ、とたかを括っていた俺が馬鹿だった。突然俺の体が光り出した。うわっ、なんだぁ!? 眩しくて反射的に目を瞑る。光が消えたと思ってそっと目を開ける。


「なんだよ、なんも変わってねぇじゃん」

「殿、自分の姿をよく見てください」

「は?」


 なんだよと思って自分の胸元を見る。ん? あれ?


「俺、何で着物着てんの? ちょ、髪もめっちゃ伸びてる!?」

「鏡ありますよ?」


 俺の姿は学ランを着たいたって普通の高校生の格好だった筈だ。なのに、何で着物着た長髪の男になっているのだろう。


 着物は紅と黒の炎柄のもので胸元が広く空いていて、かなり着崩されている。ローファーだったのが五センチ程の高さのある下駄。俺の赤い短髪はポニーテールをした状態で腰辺りまでの長さがある。鏡に映る俺の左頬には桜のような模様が浮き出ている。そして腰には持ち手が紅と黒が混じった色をした日本の刀が二本備えられている。


 な、何なんだよ、これ。その問いを口に出してはいなかったが、顔にはっきり出ていたのだろう、羽柴センパイが答える。


「それが貴方が異能力を使う時の姿です。そして、貴方の前世の姿でもあります。因みに頬に出ているのは家紋です」

「じゃ、じゃあアンタもこうなるって事?」

「はい」


 見せましょうか?と言ってくるのでお願いした。そして彼も俺と似たような言葉を唱える。


「蒼き水の如き魂よ、我に宿れ」


 そうして俺と同じように光り出した。しかも、水みたいなものも一緒に光って羽柴センパイに纏わりつく。と水滴と光が消えたかと思うと羽柴センパイの格好も俺みたく変わっていた。


 水色と白の着物に、濃いめの水色の羽織、左目だけにレンズがある変わった眼鏡、足袋に草履と言った出で立ちだ。背中に青色の槍が備えられている。家紋らしき文様は首に浮き出ている。唯一髪の長さは変わっていない。


「すっげーカッコいい」

「殿に言われるのはなんだか気持ち悪いですね、前世ではそんな事言ってなかったのに」

「アンタ結構失礼な事言うよな……ってスンマセン敬語じゃなきゃ……」

「いえ、構いませんよ。寧ろ貴方に敬語を使われる方が違和感なので」


 そうですか。んじゃ遠慮無く。と思っていたらまた羽柴センパイは跪く。


「殿、私を貴方の臣下にして下さい。貴方の為なら私は命を懸けてでもお守り致します。ですから、どうか臣下の契約を」

「か、顔上げろって! 何で俺の臣下になりたいんだよ?」


 俺が疑問をぶつけると即座に答えが返ってきた。


「それは天下を取る際に以前と同じように貴方と共に闘いたいと思ったからです」

「へー……。って、ん? 今何つった?」


 今凄く物騒っつーか、夢物語のような言葉が聞こえた気がする……。俺は思わず聞き返す。


「だから、貴方と共に闘いたいと…………」

「その前だ! 天下? 天下を取るって言った?」

「はい、確かに言いましたね」

「誰が取るの?」

「信長様ですが?」

「お、俺!? な、何で!?」


 俺は叫んだ。俺が、天下を取る? 冗談だろ?


 確かに、今この戦火の世では、国民が立ち上がり、政府を潰し我こそが国のトップとなると声を上げて争っている。さらに、派閥に別れて異能力による戦いが各地で起こっており、これらの戦いは刑事法が適用されないことになっている。日本が平和大国だと言われていたのはもう15年も前の話、今は第2戦国時代が幕を開けたなんて言われている。

 それに伴って学校教育にも変化が生じている。小学校では一般教科のみ、中学校からはそれ加えて、異能力の発現理論、負荷と代償などの異能力についての座学を学ぶことになっている。さらに、異能力が発現した人には追加で実技演習もある。

 身近でも異能力戦闘が起こっている状況で、異能力など使うどころか実は発現していたというのも知らなかった俺が天下? 無理にも程がある。こんな何も知らない、異能力もろくに使ったこともない15のガキに何を期待してるんだこの人。真面目に見えて実はヤバい奴なのか? そんな顔をしていると羽柴センパイは溜め息をついた。


「……前世の貴方が亡くなった後の事をお話しした方がよろしいですね」

「前世の俺が死んだ後の話? それが、俺が天下を取るって話と関係してんのか?」


 俺が質問すると羽柴センパイは語り出した。


「はい。貴方は本能寺の変で亡くなったというのは歴史の授業で習いましたね?」

「ああ。それは有名な話だし、俺の記憶でも本能寺で死ぬのは事実としてあるからな」

「殿の記憶は断片的にあるのですね。自分に関する記憶はあって共に過ごした者たちとの記憶が無いのでしょう?」


 一言もそんな事を言っていないのに何で分かるんだ。


 確かに俺は誰かと話していたり戦ったりしているのだがその相手の顔が、声が、全てが思い出せない。それに対して疑問を浮かべる俺に羽柴センパイは即座に答える。


「予言があったのです。貴方が亡くなった後に」

「予言?」

「はい。その予言者は名も知られていない、顔も分からない、本当に得体の知れない者でした。しかし、私達信長様の臣下の元にその者は突如現れて言ったんです。予言を伝えにきた、と」


 その予言者は黒ずくめで顔には異様な模様の面をしていたという。そして酷くがらついて喉につっかえるようなはっきりしない低い声で告げた。


『織田信長含め、現在ここにいる者は全員転生する。その時が来たら再び天下統一を目論む者たちで溢れ返り、戦国時代となろう』


 この時に前世の記憶が有る者と無い者が告げられたらしいのだが、記憶が無いとされたのは織田信長只一人。


「その転生者が、俺?」

「はい、貴方の名が何よりの証拠です。転生しても名は変わらないとその予言者は言っていましたので」


 …………マジか。俺、マジであの冷酷で殺戮者と恐れられた織田信長の生まれ変わりなのかよ。言っとくけど俺はあんな残酷な事しないし、記憶見た限りはそんな残酷って程じゃなかったぞ。そのまま羽柴センパイに言うとふっと口元を緩ませた。


「それは私も重々承知していますよ。貴方が非道な人間だと伝えられているのは予言者の言っていた通りですからね、仕方がありません。あと、いい加減その『羽柴センパイ』っていうのやめてもらいますか?秀吉とお呼びください」

「え? あー……分かった……」


 流石にそれはと思って断ろうとしたのに断らせてくれない表情かおをするものだから秀吉と呼ばざるを得なくなった……。一応秀吉が先輩なんだけどな、いいのかなぁ……。


「信長様、予言者が言っていた通りなら私と貴方が再会したのも必然です。もし天下を取るのなら貴方と共に戦って取りたいのです。ですから、私を貴方の臣下にして下さいませ」


 本気の顔で言う彼に俺は不思議と迷わなかった。


「分かった。俺の臣下になれ」

「…………貴方は直ぐにそう言う。迷いが無い所は貴方の良い所であり悪い所でもあるのですが……」

「いいだろ、俺がいいっつってんだからよ。で、どうしたら臣下の契約ってやつができるんだ?」


「ああ、それは……」と言って秀吉は制服の内ポケットから短い刃物を出した。何する気だと見ていたら、それを俺に手渡して無表情で告げた。


「どこでもいいです、それでどこかに切り傷を付けて貴方の血を下さい」

「…………お前何言ってんの?」

「いいから、言う通りにして下さい」


 渋々俺は渡された刃物で左手の人差し指を切って秀吉に傷口を差し出す。この刀思った以上に切れる。少ししか力入れてねぇのに血がぼたぼたと滴れる。秀吉は俺の手を掴んで傷口を舐めてきたので、俺は驚いて手を引っ込めて叫んだ。


「な、何しやがる!?」

「何って、臣下の契約ですよ。ナイフを返して頂けますか?」


 そう言ってくるので、俺は秀吉にナイフを渡すと、彼は自分の手首を切ったのだ。大丈夫か、と駆け寄ると傷口を差し出してきた。


「私の血を飲んで下さい。舐めるだけで構いません」

「いやマジでお前何言ってんの!?」


「痛いので早くしてくれませんか?」とか飄々とした顔で言うので、嫌々舐める。と、秀吉の傷がすっと消える。俺は疑いの目を向けながら呟いた。


「こんなんで本当に契約できんのかよ……?」


 すると秀吉がその記憶も無いのかと言う顔で説明し始めた。


「忠誠を誓う臣下にする為の儀式のようなものですよ。この契約を結ぶと臣下になった者は裏切りができないのですよ。裏切りを謀ろうとすると死が待ち受けているというものです」


 聞きたくない。聞きたくないが、一応聞いておこう。


「…………なぁ、発案者誰?」

「誰って貴方じゃないですか」


 やっぱりかぁあああああ! 知りたくなかった。知りたくなかったよ、俺って結構残酷で非道だった。沈んでる俺を励まそうとしたのか否か分からないが秀吉は明るい声で告げた。


「まあ、死といっても主直々に殺すという意味の死ですからご安心を」


 いや、全然安心できねぇ。何それ、俺が殺すの?超嫌だよ。と思っている俺はそっちのけで秀吉は俺に真顔で言う。


「さて、契約は終了しました。無事、私は貴方様の臣下になれたということです」


 その言葉を聞いて、目を下に向けると、俺の左手首に水色の腕輪が現れていた。何だこれ、と思っていると即座に秀吉が説明する。


「契約が完了すると主の腕に腕輪が付くという訳です」

「へぇ、じゃあこれで俺と秀吉は主従関係って訳か」

「はい、貴方の命令ならば従います」


 そう言って再び跪く秀吉。それを慌てて顔を上げさせる俺。異能力の使い方と臣下の契約は理解した。異能力使う姿のまま契約を始めていたので、元の姿に戻る方法を教えてもらう。ほうほう、「解」って言うだけで戻るのか、すげーすげー。

 そうして元の姿に戻ってから、俺は秀吉を呼ぶ。


「秀吉」

「何でしょうか、信長様」

「それ、やめろ」

「はい?」

「俺の最初の命令だ。様付け禁止。呼び捨てでいい」


 いやしかし、と渋る秀吉に俺はまっすぐ彼の目を見て言った。


「でなきゃ、臣下やめさせっぞ」

「………………貴方はそうやって強引に。本当に変わりませんね。……分かりました、信長」


 そうしてその日は秀吉に家まで送ってもらい(断ったのだが全く引かなかったので諦めた)、家に帰って食事、お風呂を済ませて、妹の鬱陶しい愛情表現を受けて眠りに就いた。この夜の夢は勿論、秀吉に関する記憶だったのは言うまでもない。

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