第2話 羽柴秀吉という男

 市の愛情表現を食らって疲れ果てた俺はとぼとぼと学校まで歩いていた。勿論、その前に市を学校まで送って行った。そうしねぇとごねるからな、あいつ。

 はぁ、と大きな溜め息を一つついた。

 戦将学園の校門まで来ると色んな人が立っている。実は俺が通う戦将学園は初等部、中等部、高等部、そして、大学まで備わった馬鹿でかい学校なのだ。そして門が共通なので色んな人がいる訳だ。


「入学おめでとうございます」


 そう突然話しかけられて警戒してしまう。って馬鹿か俺。制服とネクタイの色で分かるじゃねぇかよ。

 制服はそれぞれ異なっており、初等部は短パンに黒色のブレザー、中等部は青色のブレザーでネクタイの色が違う。ネクタイは初等部は赤系の色、中等部は緑系、高等部は青系と分けられている。ネクタイの色が見分けつきづらいんだよな、特に初等部。少し制服に文句を感じながら受付を去ろうとすると慌てた声で話しかけられる。


「あっ、待って下さい! バッジを付けて下さい」


 バッジ? 何の? …………ああ、入学式で付けるアレか。

 呼ばれた声の方に行くと俺にバッジを付けようときたのは銀色の細縁眼鏡をかけた黒髪黒目のイケメンだった。やべぇ、なんかキラキラしてる。シャラーって感じの音が聞こえる気がする。世にはこんなイケメン存在するのな、羨ましい。


「はい、行ってもいいで、す………よ……」


 そのイケメンはバッジを付け終わって俺の顔を見て言葉を失った。え、ちょ、何?俺の顔をそんなまじまじと見ないでくれ。何もう、怖い怖い。


「……あのぉ、何か?」

「あっ、いえ、すみません。お名前をお伺いしても? 名簿にチェックしなくてはならないので」


 ああ、なんだ。そういう事。


「織田信長です」

「…………っ!」


 えっ、ちょ、何? 俺が名前言った瞬間にそんな驚いた顔すんなよ。


「……殿?」


 いきなり何を言い出すんだ、この人。殿って何さ? 俺の今、凄ぇ覚めた顔してると思う。それ程イケメンの言葉が理解できなかった。


「あの、どなたかと勘違いしてませんか? 俺、貴方の事知らないんですけど」

「……そうかも知れませんね。失礼しました」

「行ってもいいっすか?」

「あ、はい。どうぞ」


 若干腑に落ちない顔してたな、あの人。なんだろ? 俺の事知ってるっぽい? いや、そもそも俺が相手の事知らないし。いやでも何でだろ? なんか懐かしいような……。あの人、名前はなんて言うんだろ?

 そんな事を考えながら俺は始業式の会場に向かうのだった。



 * * *



 会場に入ると先生の一人に呼ばれて一年生代表の席まで連れて行かれる。わざわざ特別に席まで用意されているとは驚きだ。取り敢えず先生の言うがままに行動する。

 原稿のチェックをしたいと言われたので、鞄から原稿を取り出して渡すと。

 ……おいコラ、先生。何ペン出してんの? つか、何付け加えてんの? ふざけんな! これ以上何を言えっていうんだ馬鹿野郎!

 あーもう、何言わされるんだか……。もう知らね。


「おはようございます、先生。挨拶の確認を……あ」

「げっ……」


 殿とかぬかしやがったイケメンじゃん。何でこの人ここにいんの? ここって関係者以外立ち入り禁止にされてたよな?


「貴方が新入生代表ですか?」

「え、あ、ハイ……えっとー……」

「ああ、私は在校生代表ですよ。生徒会長なので」


 …………………左様ですか。

 でも、確かにしっかりしてる雰囲気だし、そんな事やってそうだな。


「羽柴くん、君は問題ないよ。挨拶お願いね」

「はい」


 羽柴、センパイか。先生に礼をして、少し離れたところに準備された席に着くセンパイ。うわっ、姿勢めっちゃいい…。俺、あんな姿勢良くないわ、自分の姿勢の悪さに笑うわマジ。


「織田くん、これで大丈夫でしょう。よろしくお願いしますね」

「え、あ、はい」


 羽柴センパイに目が行っていたが、先生に呼ばれてハッと視線を戻す。原稿を受け取って席に着く。俺の席は羽柴センパイの隣なので嫌でも目に入る距離だ。

 …………男が男の事見てどうかと思うけどさ。

 めっちゃ綺麗だな、この人。

 いや、別に変な意味じゃないが、誰が見ても「美」という一言に限るといえる程のオーラを放っているのだ。


「あの、先程から視線が鬱陶しいのですが、私の顔に何か付いているんですか?」


 あ、やばっ、バレた。


「い、いや! ただその、姿勢が綺麗だなぁと思って……スンマセン」


 急いで視線を外して言い訳をする。俺ってば、嘘の言い訳下手くそかよ。もうすぐ始まるし、黙ろう。

 体育館に全校生徒が揃ったことが確認されたらしく、司会を務める教師が静かにするよう促す。静かになったところで司会が挨拶から始めていく。校長の話、保護者会長の話。この後が俺なのだが。

 おい、ジジイ共長ぇよ! 誰もお前らの話聴いてねぇし、聴きたくねぇんだよ! 俺の話すらきっとまともに聴かない奴らにんな長ったらしい話すんなよ!

 ………てへっ、本音出ちった! 信は本当はいい子だよ? 口悪くないよ? 酷い事言ってごめんね、おじさん達! ゆでも話長いからそろそろ終わろっか!

 ……………………………………………いや、落着けよ、俺。

 いや、普段絶対にやらないような事をやらなきゃならなくて異常な程緊張していて、段々出番が近づいてきてて慌てふためいている俺が精神的に殺られてる事は十分分かっているし、自覚もあります。ホントヤバいんだよ!! 死んじゃう!! 緊張で死んじゃう!! だからなんかイマイチ自分のキャラを掴めなかった! 俺、今すぐ精神科医に診てもらうべきかもしれない。

 表の顔では無表情をなるべく保っているつもりだが、できてないかもしれない。ううっ、腹痛い。精神面鍛えるべきだな、うん。

 そんな事を考えていると司会が語り出した。


「次に、新入生代表の話、織田くんお願いします」

「……っ! はい!」


 い、いよいよか。手と足が同時に出そうだ。いや、大丈夫大丈夫! 俺がする事はステージに上がって原稿通りに言ってからここに帰ってくる、それだけだ。

 緊張を和らげる為に俺はわざと明るい気分になれるよう、心の中で自分はできる自分はできると唱える。

 そして、壇上に上がって一礼し、原稿を読み上げる、のだが。

 ありゃ? 俺、こんな事書いたっけ? な、なんか長くね?

 …………あ。

 あ、んのクソ教師共め! 付け加えすぎだろ! 何で俺がこんな部活だの委員会だの詳しいのかなってなる位書いてあって言いたくないんだけど!!

 因みに俺は部活・委員会共々入る気ゼロだし、生徒会活動とか委員会活動とかさっぱり知らねぇし!でも、言うしかねぇ……っ!

 俺は原稿を見ながら淡々と嘘の思いを語ってゆく。何が楽しくてこんな事せねばならねぇんだ、ざけんな。


「_………今後、ここで楽しい学園生活を送っていければ良いと思っています。以上で挨拶とさせて頂きます。新入生代表・織田信長」


 言い終えた俺は再び一礼し、壇上から降りて席に戻る。つ、疲れた……。

 はぁ、と一息つくと隣からぼそっと声が聞こえてくる。


「お疲れ様です」

「あ、ど、どうも」


 羽柴センパイいきなり話しかけてくんなよ、ビビるじゃんよ。しかも、超真顔だし。


「次に、在校生代表の話、羽柴くんお願いします」

「はい」


 すくっと立ち上がり、綺麗な姿勢なまま羽柴センパイはステージに上がる。そして、原稿をじっと見ずに前を見て話す。ホント、ザ・見本、だな。そんな風に感心してながら挨拶をしっかりと聴く。生徒会長らしい真面目な話だが、つまらなさは無く、誰もが引き込まれる、そんな演説だ。

 だが、俺は不思議とこんな風に話す奴を知っている気がした。なんだか凄く懐かしく感じて。

 と、そんな事を考えているとセンパイの話は終盤に入っていた。


「_…生徒会長として新入生の皆さんが楽しい学園生活を送れるよう生徒会は力を尽くしていきたいと考えています。改めてご入学おめでとうございます。以上で挨拶とさせて頂きます。在校生代表・羽柴秀吉」

「____……っ!?」


 彼の名前を聞いたその瞬間、ズキッと一瞬頭に痛みが走った。市の時と一緒だ。

 これは多分あの昔の記憶のような夢に関係していて、今日あの羽柴センパイが出てくる。だって、あの、織田信長の家臣の一人、豊臣秀吉と名が一緒なのだから。

 ん?て事は、あの人が俺を殿って呼んだのは、俺と違って、記憶があるって事なのか?いや、はっきりしない事を考えるのはよくない。今は保留だ保留。

 と、いつの間にか羽柴センパイは席に戻ってきていた。そして、彼は俺をちらっと見て呟いた。


「今日午後二時半、生徒会室に来ていただけますか?」


 その顔はとても真剣でまっすぐな瞳で。

 その視線に耐え切れなかった俺はただただ頷くしかなかった。



 *



 初登校は授業は無く、クラス分けと自己紹介だけで二時位に終わってしまった。まだホームルームをやっているクラスもあるようだが、運良く俺のクラスの担任はさっさと終わらせたいタイプの先生だったので、終わってすぐ俺は教室を出て生徒会室に向かおうと廊下を歩いていた。

 しかし、問題発生である。


「ま、迷ったぁ!?え?ちょ、マジ?え?生徒会室は?こっち?いや、あっちか!?」


 うわぁ、もう、まだ地理が分からねぇ校舎内をほっつき歩くんじゃなかった。もうどこだよここ。誰かヘルプミー!!


「おや?と…じゃなくて織田くん?」


 迷子程度の事で涙目になった俺の背後から聞き覚えのある声が聞こえて振り返るとそこには。


「は、羽柴センパイ!!た、助かった!」

「え?ちょっと、何泣いてるんですか……」

 迷子になったんだよー、まさに救世主!!

「織田くん、方向音痴なんですね。…ふっ、本当に変わってませんね、貴方は」


「え?どういう意味?」と口にしようと顔を上げると、目の前で羽柴センパイは跪いていた。な、なんだ?

 と、そのままの状態で羽柴センパイは口を開いた。


「私の名は羽柴秀吉。前世は豊臣秀吉という者です。貴方の転生をお待ちしておりました、信長様」


 は? 一体何の話だ? 豊臣秀吉が前世? 俺の転生? 羽柴センパイの言っている事が分からなくて俺は固まってしまう。漸く言葉を発したと思ってもうまく口が動かない。


「え、ちょ、待っ、」


 やっと言葉を発する事ができた俺を気にも留めず羽柴センパイは下げていた顔を上げて真っ直ぐな瞳で告げた。



「織田信長様、私、羽柴秀吉を貴方の臣下にして下さい」

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