第4話 森蘭丸

 昨日、羽柴秀吉センパイが俺の臣下になった訳だが。


 ……何で朝から呼び出されてんの、俺。


 昨日、臣下の契約をしたついでに連絡先を交換したのだが、朝っぱらから携帯が鳴って起こされたのだ。わざわざ起き上がらなきゃいけなかったことが眠たくて不機嫌な俺にとって苦痛だった。その内容が。


『おはようございます。

 今日七時半に屋上に来て下さい』


 なーんで学校の始業の三十分以上前に学校に行かにゃならんのだ。しかも秀吉、早起きすぎねぇ? 今、五時半だぞ? 俺もっと寝てたかったのに。まあ、秀吉に関する記憶見終わってたからいいんだけどよ。

 市が起こしに来るまで寝よう。そう思った俺は、秀吉に適当に返事をして電話を切り、再び眠りに就いた。


 *


 二度寝してふと違和感を感じて目が覚める。何だ? なんかあったか…………………………。


「うわぁあああああああああ!? ………いってぇ!」


 俺は驚いて後ずさってベットからどてっと落ちる。だが、落ちてなお俺は口をパクパクさせていた。と、俺の絶叫によって目が覚めたのだろう、ベットにいた人物が寝ぼけた声を出す。


「………ふぇ?」

「お、おおおおお、お前、何してんだよ!? 馬鹿市!」

「何って、お兄様の寝顔が可愛くてつい、一緒に寝てしまいました」


 そう、俺のベットで市が一緒に寝ていたのだ。いや、寝てしまいました、じゃねぇから! 一応兄妹とはいえ年頃の男女が、しかも超絶美少女な妹とそんな事したら色々問題があると思うんだよ。恋愛感情じゃなくても他人から見たらヤバいぞ。いや、見られるとかは思ってねぇけどさ! ……ヤバい、俺、めっちゃ動揺してる。落ち着け落ち着け。はあ、お陰で眠気が吹っ飛んだわ。


「………そういや、今何時?」

「七時十五分ですわよ?」

「七時十五分、か。…………って七時十五分!? やべぇ!」


 七時半に屋上に行かなきゃだった。ヤバいヤバい…! 市がいる事も気にせずバタバタと着替えをして、鞄の用意をして、ダッシュで部屋を出る。下に降りて両親におはようと言って朝食を急いで口に入れて飲むように平らげる。


「ご馳走さん! 行ってきます!」

「ちょっと、お兄様! 今日、送ってくれないのですか!?」

「今日は無理! 一人で行って! じゃな!」


 振り返らずに市に答えて急いで学校に向かう。やばいな、家帰ったら市が不機嫌だな、こりゃ。帰りにあいつの大好きなケーキ買ってから帰ろ。


 学校の門まで来て一度腕時計で時間を確認する。七時二十八分、ぎりぎりセーフ。荒くなった呼吸を落ち着かせようと屋上までの道のりでなんとか整える。屋上の扉の前に辿り着いて、俺はガチャッと開ける。すると、そこには秀吉と知らない女の子がいた。


「おはようございます、信長」

「はよ、秀吉……。危うく遅刻するところだった………」

「寝坊ですか。まあ、まだ来てない人が一人いるので問題無いですが」

「え、マジ? よかったぁ……。てか、その人誰?」


 秀吉と緩い会話をしながら女の子の事を尋ねて彼女を見ると俺をガン見してきていた。な、なんだ……?


 その子の見た目を説明すると、灰色の長い髪を高い位置で結んでいて、制服も着崩しもなく着ているという、どこか秀吉に似て真面目な感じを漂わせている可愛い系だ。青色のブレザーなので中学生なのは分かる。だが、何故か男子制服を着ている。意味不明だ。


 少し観察しているとその子は突然泣き出し、俺の手を握って歓喜の声をあげる。うおっ!? なんだ!?


「の、信長様ぁあああ! お久しぶりで御座います! 僕、森蘭丸もりらんまるです! 貴方と再会できる日をどれだけ待ちびたことか」


 男かよ!? 見えねぇ。つか、離せコラ。いつまで握ってんだ。男に握られたって全然嬉しくねぇ! てか、めっちゃ女顔だな、この野郎。さては男の娘だな?

 なんて考えてて無言になってた俺を助けるかのように秀吉が発言する。


「はいはい、蘭。信長の手を離してあげて下さい。困ってますよ」


 一瞬、森蘭丸というその子はキョトンとした顔になって、かと思えば顔を真っ赤にしてばっと俺から離れた。

「も、もももも申し訳ございません、信長様! ぼ、僕としたことが大変な無礼をっ…! お、おおお許しください!」


 なんだろう、こいつ。なんか女っぽい? 顔真っ赤にして、恋する乙女ならぬ恋する乙男オトメンかよ。気色悪い。言っとくけど、俺はそんな趣味一切ねぇぞ。


「怒ってねぇから、な? で、蘭丸くんだっけ?」

「呼び捨てでお呼び下さいませ! 僕は貴方の臣下なのですから!」

「蘭、まだ臣下の契約をしていないでしょう」

「なら、今すぐやりましょう! ね! …はい、舐めて下さい♡」


 あ、ヤバい。こいつヤバい。てか、右手首切りすぎだから! 滝のように血が出てんぞ!? 大丈夫なのか!? てか、言葉の最後にハートが付いていたような気がするのは俺だけか!? 俺だけなのか!? 不安なんだか分からない感情に慌てふためく俺は咄嗟に秀吉を見た。


 …………って、秀吉が滅茶苦茶冷めた顔になってるぅううううう!


 そして、彼は蘭丸に言い放った。


「蘭、気持ち悪いです」

「はい? 何がですか?」


 な!? ………無自覚、だと!?


 俺は本能的に身の危険を感じて秀吉の後ろに隠れて小声で話す。


「おい、あいつなんなんだよ…? ヤバいだろ、アレ!」

「貴方は記憶が無いから言えるんですよ。彼は前世でもあんなんでしたよ」


 左様で御座いますか………。とんだ変態野郎だよぉおおお。嫌だ、こんな野郎を家臣にするの嫌だぁ! 秀吉の声が耳に入ったのか蘭丸は悲しそうな顔をして言う。


「信長様! 記憶が無いのですか……? 僕の事、覚えてないのですか?」

「ちょ、近寄ってくんな! 取り敢えず血を止めろお前! 失血死すんぞ!?」

「なら、僕の血を飲んで下さいませ! 飲むまで止まらないんですよ!?」

「何でお前のような変態を臣下にしにゃなんねぇんだよ!? だから、来んなってばぁ!!」

「……ぐは………っ!」


 そう言って反射的に回し蹴りをかます。ヤバい、確実にいれちまった。ど変態とはいえ血をダバダバ流したままの怪我人になんて事をしてしまったんだ。俺は罪悪感を感じて倒れた蘭丸に近づいて声をかけた。が、すぐに後悔した。


「はぁ…はぁ…、久しぶりの殿の蹴り……! もう死んでもいい……っ!」


 ひぃいいいいいい!! 気持ち悪い……っ! さいっこうに気持ち悪いぃいいいい!!


 俺は即座に蘭丸から離れて秀吉の後ろから顔を出す形で蘭丸を見る。だが、秀吉はそんな事も気にせずに告げる。


「なんか、悪化しましたね」

「冷静に解説してないでどうにかしろよあの変態野郎を!!」

「どうにかするのは貴方です。契約をすればちょっとは大人しくなりますよ」

「……マジで言ってる?」

「はい、マジで言ってます。何せ前世でもそうでしたから」

「俺が過剰に考えすぎてるのか? 俺が思ってるような感情こと無いよな?」

「無いと思いますよ、多分」


 その多分が一番怖ぇんだよ、多分がぁあ!


 そんな事を話しているうちに静かになったのに気付き蘭丸の方に目をやると真っ青な顔で生気を失っていた。流石にあのままは駄目だと思って駆け寄って、声をかける。


「蘭丸! おい! 大丈夫か!」

「と、の………。早く、契、約を…………」

「だぁあああああ、もう! こんなんばっかか! 分かった! 分かったから、契約してやるから!」


 そうして俺が折れて蘭丸の傷口を口で塞いで、血を吸う。ある程度吸って放すと綺麗さっぱり傷がなくなっていた。だが、あれだけの血を流して貧血の蘭丸は動かないので、俺は自分の左手首を切って傷口を蘭丸の口に当てて血を飲ませる。すると灰色の腕輪が俺の腕に付き、蘭丸の腕には赤色の腕輪が付いたのに気付いた。


「あれ? 秀吉も赤いの付いてんの?」

「付いてますけど? 貴方の臣下になれば皆付きますよ」


 そうして秀吉が自分の右手首を見せてくると確かに蘭丸に付いたものと同じ赤い腕輪が付いている。俺の臣下って証なんだな、これは。

 蘭丸と契約が成立した訳だが、正直俺は後悔している。先ず契約するつもり無かったし! こんな変態が家臣とか嫌だったのに、くそ。まあでも、仲間が増えるのはいいことか。そう思っていると蘭丸がばっと起き上がって復活する。


「信長様! 僕を臣下にして下さってありがとうございます! この森蘭丸、貴方に一生ついていきます!!」

「お、おう………。分かったから、手を離してくれ」


 いちいち手を握ってきやがるな、こいつ。兎に角、面倒臭い変態ドM臣下が増えました。めでたしめでたし……。


「信長様、僕をお好きに殴ったり蹴ったりして構いませんからね!」


 ……………じゃない。やっぱこいつを臣下にするんじゃなかった。

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