第2話

 まず、ここが夢の中というのはわかる。なぜかと言われれば、それはもう感覚でだ。明らかに現実とは違う。うまく説明はできないけれど、なんというか情報量が少ない。ここは私の部屋で、私の記憶から部屋を再現しているようだ。でもすべての物が現実のように置かれているわけではないだろう。私から見えないはずの景色は、今どうなっているのか。そういう細部までイメージされているわけではないはずだ。たとえばそう、机の上。今はなにも置かれていない状態だけど、あそこには置きっぱなしにしてあった学校の鞄があったはずで……と思ったら鞄が置かれていた。私の見間違いではなくて、鞄は今この瞬間に生まれたのだ。たぶん、私の思考が夢になんらかの影響を与えて、それで鞄は急に現れたりしたのだ。奇妙なことだったが、でも考えてみれば、奇妙なことやおかしなことが起こるのが夢というものだろう。だからむしろこれで、ここが夢の中であることにまた一つ確信が持てた。


 ここが夢だとわかると、それはそれで生まれてくる疑問もある。夢の中にもかかわらず、今私が、ここが夢であることに気づきながら思考をしていることだ。だがこれも別に良い。夢の中で夢を自覚する、確か明晰夢とか呼ばれている状態に近いのかもしれない。明晰夢の経験は、私には何度かあった。今までに体験したのは今現在のように明瞭な思考ができるほど確かなものではなかったけれど、でもとにかく今の状況が、明晰夢とかに近い状況だと言われれば納得できないこともない。


 ここまでは良い。でもこの先がよくわからない。この目の前の女の子のことだ。確か名前をねねと言っていた。彼女の存在はなんだかとても、奇妙だった。夢らしくない。夢というのは基本的に自分の予想できることしか起きないものな気がする。予想外なことが起きたとしても、それは予想外な、驚くようなことが起こるということが頭のどこかでわかっているような……。だって、夢は私の頭の中だけで起こることなのだから。


 でも、目の前の彼女は異質だった。圧倒的に存在感がある。私とは違う生き物。私とは違う考えや行動をする存在が確かに目の前にいる、というような気がする。普通、夢の中でそういうことはあり得ない、と思う。常識的に考えるなら、彼女は私の夢が生み出しただけの存在だ。


「違う。わしは獏で、お主の夢が生んだものではない。わしとお主は違う生き物じゃ。そこはもう、そうなのだと信じよ。わしがお主の夢ではないと、証明するのは難しい。だからひとまず信じるのじゃ。それに考えてもみよ。頑なに信じなかったところでなんの益がある。ひとまずわしの言うことは正しいのだと思って、話を聞いておけ。必ず役に立つ」


 そう言われれば、それもそうかと思ってしまう。この流されやすさは従来のものか、それともここが夢の中で、正常な判断力を失っているからなのか。私にはよくわからない。


 でもとりあえず、彼女の言うことが正しいという前提で話を聞いてみることにする。だってここは夢の中で、騙されていたとしてもそれは私が私を夢で欺いているだけだ。起きたときに変な夢を見たと思うだけの話だ。


「うむ。そうじゃ。受け入れが早いのは夢子、お主の良いところじゃな」


 ねねというらしい女の子はにこにこと頷いた。変な喋り方をするなあと思っていたけれど、そういう顔をすると見た目相応の愛らしさがあって、親しみが持てる。


 それにしても私の名前、どうして知っているのだろう。


「わしはお主の夢の中に住み、その夢をずっと食べてきたのじゃ。名前くらい当然知っておる」


 どうもそういうことらしい。疑問は尽きないが、今は他にも気になることがあるので置いておく。


 さっきの彼女の話によれば、彼女は獏、というものなのだそうだ。獏は夢を食べるとかなんとか……。どういうことだろう?

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