後編

「私は、チョロくない」


「えっ、そうかな?」


「私の私生活にズカズカ入ってきて、私に干渉かんしょうしたのは、お前だろ? あれだけ、お前みたいなくそ真面目なやつが、私の事だけ考えて、いろいろやってくれたら、誰だって、好きになるって〜の」


「えっ! そうか、そうだったんだ〜。チョロいんじゃないんだね」


「おいっ、怒るぞ」





「お~い、帰るぞ~、早くしろ〜」


「ごめん、ちょっと待って」


 僕は、急いで帰り支度をする。彼女は、その間、何故か僕の机の上に座り、胡座あぐらをかいて頬杖ほおづえをつく。



 普段は、清楚せいそそうに振る舞い始めたのに、僕とからむ時だけは、いまだにこんなだ。普段は努力して、清楚に振る舞っているのだろう。僕の前で気を抜くと、こうなるのだろうか?



 スラッと白く長い脚が、制服の青と白のタータンチェックのスカートの中から伸びまぶしい。


 周囲の、まだ帰っていないクラスメイト達も、ちらちらと視線をおくるが、彼女は、特に気にする素振そぶりはなかった。



 そして、僕は少し椅子を引いて、膝の上にカバンを置き、机の中の物を選びつつカバンに納める。机の中をのぞく度に、彼女の白い内腿うちももが見え、いちいち、ドキドキさせられる。


 彼女は、僕の事をニヤニヤ笑いながら見ていた。彼女は僕の視線、気持ちも分かった上で、楽しんでいるのだ。まったくも〜。


「遅い〜」



 彼女は、そう言いつつ、胡座を解いて、その長い脚を伸ばして、僕の両肩に脚をかける。そのタイミングで僕は、机の中を覗こうとしたので、彼女のスカートの中に顔を突っ込むような形になった。


「うわっ!」


 僕は、慌てて目をらす。白い太ももの奥に白い物が、バッチリと見えてしまった。


「キャハハハ、なにやってんの、やらし〜な〜。キャハハハ」


「いや、そ、その、え、え〜と」


 僕は、目に焼き付いた光景を振り払うように頭を振りつつ、どぎまぎと返事を返す。


 その様子をニヤニヤと見つつ、彼女は、


「それよりもだ。早く帰ろ〜よ〜」


「あっ、うん」


 こんな日常だ。完全に、僕は遊ばれているな。は〜。



 そんなある日のこと。


美里亜みりあちゃん、食事行こう」


「ええ、行きましょうか。友希那ゆきなちゃんも、行きましょう」


「うん、行こう行こう」


 彼女とその友達が、お弁当を持って外に出て行く。どこかでお弁当を食べるのだろう。



 そして、僕も弁当を広げる。このお弁当はせつさんが作ってくれたお弁当だ。節さんは、彼女の家の、家政婦さんだ。



「そう言えば、お弁当は、お持ちでないのですか?」


「はい、学校の寮に入ってるんですが、朝晩は食事つくんです。けど、昼は購買こうばいで買って食べてます」


「そうですか……。では、明日から私がお作り致しましょう」


「えっ、いや、それは、申し訳ないですよ」


「お嬢様の分も作るのです。1つも2つも一緒です」


「そうですか」


 なんて、甘えてしまったのだ。



 僕がお弁当を食べようとすると、僕の数少ない友達も寄ってくる。



 4人で食べていると、そのうちの1人、その彼女を見たことはないが、他校に彼女のいると言っているやつが、話し始めた。



「お前の彼女って、エロいよな」


 エロいよなって、失礼だな。だけど、確かに、あの格好はひどい。


「エロいっていうか。みっともない格好しないで欲しいけどね」


「それは、あれだ。遊びなれているから、お前をからかってんだよ」


「確かに、かつては、昼間からいろいろ遊び回っていたみたいだね」


「違うよ。男とさ、いろいろやってたんじゃないかって事だよ」


「えっ!」


 僕は、食べてた物をのどにつまらせそうになった。いろいろって、何だよ?


「そ、そうかな?」


「そうだよ。遊びなれているから、童貞どうていの俺たちをからかって、遊んでんだよ」


「俺たち?」


「えっ、いや、お前をからかってんだよ」


「そ、そうかな?」


「それに対して、俺の彼女は清楚でさ~……」



 その後も、そいつは何か話していたようだが良く覚えていなかった。せっかく節さんが作ってくれたお弁当も、どんな味だったのか覚えていない。申し訳ない、節さん。



 まあ、彼女が僕の前に誰と付き合っていたとかは、関係ないし気にしない。


 そうだよ、気にするなよ。そうだよ……。


 遊び回っていたって良いじゃないか……。


 と、思っていたのだが……。


 彼女は、本当は、どう思っているんだろ? 


 僕の事をからかっているだけなんだろうか? 


 不安になった。



「お〜、帰るぞ~」


「あ、うん」


 彼女は、僕の机の上に腰をかけると、僕の方に回転しつつ、器用に脚を組み、胡座をかく。


 僕は、ぼ~っとしつつ、モタモタと帰り支度をする。教室には、僕達だけになっていた。


「ん? どうしたんだ、元気ね〜な〜?」


 彼女が、僕の顔を、覗き込むように話す。


「うん」


 そう言って、僕は固まる。彼女に話せる事じゃないし、話してはいけない事だ。だけど、僕は、


「今日、昼食べている時に、友達に美里亜さんは男慣おとこなれしてるから、お前、からかわれているんだって、言われてさ」


「男慣れ?」


 僕は、彼女の顔を見れなかった。それに、なんて事を話してるんだよ。きっと、怒っているだろうな。


「うん。いろんな男性と遊んでたから、お前なんてって……」


「えっ、うん、あっ、えっ、えーと」


 彼女は、言葉にまっている。僕は、彼女の顔を恐る恐る見る。すると、その白い綺麗な顔は、見たことないくらい、真っ赤になっていた。


「そ、そりゃ、お、お前も、健全な男子だから……。そ、それに、わ、私は、一応、お前の、か、彼女だし。そ、そういうことが、し、したいなら。ま、まあ、やぶさかじゃ、じゃないぞ。うん。まあ、わ、私も、はじめてだし、知らんが。あ、うん」


 うん? 何を言ってんだろ? 



 どうやら僕の言葉を勘違いして、とらえたようだった。


 彼女は、顔を真っ赤にして、目は泳いでいて、落ち着きがない。そして、手も意味のない動きをして、挙動不審きょどうふしんだ。少なくとも、男慣れした女性の反応では、なかった。



 僕は、馬鹿だな。本当に馬鹿だ。その瞬間、彼女の様子を見て、笑いが込み上げてきた。


「ハハハハ」


「おい、何を笑ってんだよ。せっかく、心配してやったのに」


「ハハハハ、ごめんごめん。僕って馬鹿だなって思ってさ」


「ん? 何言ってんだ、お前?」


「いや、ハハハハ、ハハハハ」


「笑うな!」


 そう言いながら、彼女は僕を軽く叩く。


 僕は、勢い良く立ち上がると、久しぶりに彼女の手を自分から握り、歩き出す。


「さあ、帰ろ〜!」


「お、おう」





「生徒会長だってさ~、やんね〜の?」


 彼女が、唐突とうとつに聞いてくる。季節は、秋になっていた。


「えっ。う〜ん?」


 どうしよう? 当初は、そのつもりだったのだが。今更いまさらだよな。


「最初は、生徒会長になってって思っていたんだけどさ。1人、更生こうせいさせたら、何か満足しちゃってね」


「1人更生? って、それ、私の事か?」


「そうだよ」


「ふ〜ん。更生ね〜。私って、更生したのか? まあ、良いや。だったら、生徒会長やれ。私が、応援演説してやるから」


「えっ!」


 というわけで、僕は生徒会長選挙に出る事になった。そして、応援演説は彼女。


 何か思惑があるのだろうか?



「え〜と、その格好は?」


「うん、更生前の格好〜。覚えてんだろ?」


「まあ」



 つけまつ毛に濃いアイライン。きっちりとメイクをし、真っ赤な口紅。手には付け爪に、赤いマニュキュア。髪は金髪。


 制服の濃い青と白のタータンチェックのスカートは極端に短く、スラッとした長い脚には、白いダボッとしたルーズソックス。


 上着のグレーのブレザーはボタンを留めず、だらしなく着て、中の白いシャツのボタンも上の方は留めず大きくはだけて、赤いリボンも、だらしなく結ばれていた。



 僕は、彼女のシャツのボタンを留め、赤いリボンを綺麗に結び直す。


「おいっ、何やってんだよ。お前は、私の保護者か?」


「あっ、つい」



 そして、彼女の応援演説が始まる。


「皆さん、私はこの学校に入学後、クラスに馴染なじめず精神的にも落ち込み、このような格好でギャルの聖地と呼ばれる街で、ギャルの友達と一緒に遊び歩いていました」


「ですが、2年生になった時、私の事を捕まえ無理矢理授業に出させた生徒がいました、それが彼です。最初は、迷惑だと思っていました。それでも、彼は、朝迎えに来たり、夜も心配して家に来てくれたり、さらに、授業でも私が分かりやすいように解説してくれました。まあ、多少はかわいい私にやましい感情が、あったのかもしれません」


 場内に、笑いが起こる。


「それでも、彼は繰り返し私の事を過保護なくらいに世話を焼いてくれてしました。私は、少しずつ、授業が学校が楽しくなってきました。彼のおかげです。そして……」


 そう言うと、彼女は、頭に手をやる。すると、金髪のかつらを外す。そして、付け爪を外し、顔をタオルでふく。すると、メイクも落ちて、その綺麗な顔が、あらわになる。


 さらに、制服のシャツのボタンをキチンと留めて、ブレザーも綺麗に着直す。そして、スカートを引っ張り、長さもやや長くすると、再びマイクに向かい。


「今は私は、クラスに大勢の友達も出来、楽しい学校生活をおくっております。成績も学年で上位に入りました」


 そうなんだよな。彼女は、今は学年で30番以内に入っている。地頭じあたまが良いんだろうな。


 そして、そこまで言って、彼女は、言葉につまり、


「ぐすっ、私が今あるのは、彼のおかげです。彼が、私を更生させてくれたのです。ぐすっ、そんな、情熱を持った彼は、私達に、良い学校生活をおくらせてくれることでしょう。そんな、彼を私は、生徒会長に推薦すいせんし、応援演説とさせて頂きます。2年A組神薙美里亜かんなぎみりあ


 すると、会場は割れんばかりの、拍手が起きる。彼女は頭を下げた後、くるりと振り向く。


 嘘泣きだったようだ。


 彼女は、舌をペロッとだし、ニヤニヤと笑っていたのだった。



 彼女の応援演説によって、僕は生徒会長に当選。生徒会長としての活動が始まった。



 僕は、生徒会室の机に向かい、人事を悩んでいた。目の前には、その机の上で、胡座をかく、彼女がいた。


「副会長は、私な〜」


「えっ! 美里亜さん、やってくれるの?」


「もちのろん。そうすれば、大学ヘの内部推薦、もらえるし〜」


「えっ」


「まあ、書紀とか、会計でも良いけど、仕事あるだろうしな~」


 そう、生徒会役員になれば、大学ヘの内部推薦が貰える。合格率は、ほぼ100%。



 なるほど、これが目的だったか~。



「私さ、1年ほとんど授業出てないから、今、成績良くても推薦もらえないからな。我ながら、ナイスアイディーア。これで、一緒の大学、行けんな」


「あっ、うん」


 満面の笑みで彼女に言われて、断れるわけがない。



 僕は、少し外部試験も考えていたのだが、これで、彼女と共に、内部推薦で大学進学するようだ。まあ、良いかな。受験しないんだったら、学校生活を満喫しよう。生徒会活動もあるし、そして、彼女と……。





「早く帰ろ〜よ〜」


「もうちょっと。待って」


「え〜」


 僕は、生徒会室で机に向かい、ノートパソコンに向かい、資料作成の為に、一生懸命キーボードを叩いていた。


 彼女は、他の生徒会役員が帰ったことを良いことに、机に座り僕の両肩に脚を乗せ、バタバタと駄々っ子のように脚を動かしていた。


 僕は、液晶画面を必死に見つめる。そう、この液晶画面の向こうの光景を想像しないように必死だった。



「早くしないと、また、グレちゃうぞ~」


 それを聞いて、僕は疑問をぶつける。


「やっぱり、あれってグレてたの?」


「うん? 親や、先生的には、そうなんじゃない? 私としては、自己主張だったんだけど……。ユマ、マリマリ、でーゆんと同じ格好して、遊び歩いて……。あれだけ派手な格好してると、変な男も近寄って来ね〜し。まあ、楽しかったし。それに、今思うと、誰かに、心配して欲しかったのかな~?」


 意外だな。結構冷静に、自己分析されてるようだ。


「ユマ、マリマリ、でーゆんだっけ? 最近、会って無いの?」


「うん? 会ってんよ。お前が、用事のある日曜とか。夜じゃないぞ。ちゃんと昼間だぞ」


「そうなんだ」


「だけどさ〜。前ほど楽しく無いんだよな~。なんでだろ?」


「僕が、居ないからとか?」


 僕は、冗談で言ったのだが、


「まあ、そうかもな〜。お前といると楽しい」


 僕は、顔がほてってきた。さらに、


「えっ。え〜と。美里亜さんは、何で、僕のどこが好きなの?」


 我ながら、馬鹿な恥ずかしい質問だ。


「うん? 私の事を一番に考えてくれるところかな?」


「ふ〜ん」


 そう言いつつ、僕は、どぎまぎした。一番に考えなかったら、彼女は僕のそばから居なくなってしまうのだろうか? そう不安にもなった。



 だが、三年経っても彼女は、僕のそばにいた。





「う〜ん。だったら、悪役令嬢が真面目な執事の努力で、改心していく話ってどうかな?」


「何だよそれ? 私モデルだろ? それに、何で、私の相手王子じゃないんだよ。普通、相手王子だろ?」


「そうかな? だったら、その執事が実は王子だったとか?」


「いい加減だな~」


 そう言いながら、彼女は、ケラケラと笑う。



 寂しがりやの悪役令嬢が、真面目な執事のおかげで、楽しい学校生活をおくった、それだけの物語。

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