悪役令嬢は寂しかっただけかもしれない

刃口呑龍(はぐちどんりゅう)

前編

「小説書いてるんだろ? 最近流行りのさ〜。悪役令嬢もの、書いてみてよ」


「悪役令嬢もの?」


「そう、悪役令嬢もの」


「それって、どんなの?」


「趣味が小説書くことなのに、そんな事も知らね〜のかよ。ったく」


「読んだことないからね」


「そうだな~、悪役令嬢ものってのはな……」


 そう言って彼女は、語り始めた。


 僕の最近の趣味は小説書く事なのだが、彼女は、それに影響されて、読み始めたらネット小説に、はまったのだそうだ。



 彼女の名は、神薙美里亜かんなぎみりあ。長い黒髪、切れ長の目、小さく上品そうな顔立ち、白い肌。日本人形のような美しさと表現出来そうな女性だった。だが、今のその格好はいけてない。



 僕は今、彼女の家の書庫で、調べ物をしている。僕は立って歩きながら本を見ていた。彼女はというと、書庫の窓際にある大きな机の上に胡座あぐらをかいて座り、頬杖ほおづえをついて、こちらを見ていた。


 短いスカートからは、彼女のスラッとした長い白い脚が見える。


 僕は、ちらちらと彼女を見つつ、本を探していたのだが、僕の視線に気づいた彼女は、ニヤッと笑い。その長い脚をきわどく動かしていた。見えそうで見えない……。って、僕は何を言ってるんだ。



 彼女、美里亜と僕は、一応、付き合っている。今は、お互い大学生。出会いは、3年前の高校2年生の時だった。





「さあ、授業始まるぞ。教室行くよ」


「おい、何を言ってんだよ、テメーはよ?」


 僕は、彼女の手を引き、歩き始めた。彼女は、文句を言うものの抵抗する感じではない。


「て、手をつなぐんじゃねーよ」


 僕は、気にせず彼女をグイグイと引っ張り教室へと向かった。彼女の手は、小さく暖かかった。


 彼女の言葉で手をつないでいることを意識した瞬間、顔がほてったが、その事を気づかせないように、彼女の手を乱暴に引っ張った。



 その当時の僕は、2年生となり、クラス委員長になった事もあり、変な情熱に燃えていた。自分のクラスを良いクラスにしようと。そして、生徒会長を目指そうと。


 もちろん成績は、学年で一番……、ではなかった。が、まあ十番以内には入っていた。まあ、自分で言うのもあれだが、真面目まじめ優等生ゆうとうせいキャラだった。



 対して彼女は、いわゆるギャル。つけまつ毛に濃いアイライン。きっちりとメイクをし、真っ赤な口紅。手には付け爪に、赤いマニュキュア。髪は金髪。


 制服の濃い青と白のタータンチェックのスカートは極端に短く、スラッとした長い脚には白いダボッとしたルーズソックス。


 上着のグレーのブレザーはボタンを留めず、だらしなく着て、中の白いシャツのボタンも上の方は留めず大きくはだけて、赤いリボンもだらしなく結ばれていた。



 シャツのボタンを留めて、リボンも直したくなるが、さすがに女性にそんな事は出来ない。とりあえず、学校を抜け出そうとした彼女を捕まえ、授業を受けさせるために、教室へと連れて行ったのだった。



 先生は、入って来ると、彼女をチラッと一瞥いちべつしたが、何も言わず、授業を始めた。彼女の席は僕の隣、窓際だった。


「え〜、教科書の178ページを開け……」


 授業が始まった。しばらくすると、


「全然、分かんねーんだけど」


 彼女が、ポツリとつぶやく。


 僕は、先生の授業を聞きつつ、解説を入れる。すると、


「ふ〜ん」


 とか、


「ヘ~」


 とか、彼女が返事を返してきた。



 まあ、この学校は結構な名門高校だ。そりゃ彼女も頭が悪いわけではないだろう。ただかなり自由な校風なため、彼女が何をしても、先生は、何も言わなかったし、しなかった。



 僕も1年の時の彼女は知らないし、いつから彼女がこんな格好をしているかも知らない。正直、同じクラスで席が隣でなかったら、興味も持っていなかったであろう。



「まあ、面白い授業だったよ」


 彼女は、そう言ったものの、その後、すぐに消えた。


「あの野郎〜」


 まあ、野郎じゃないけど。これで僕の心に火がついた。





「おはようございます〜! 美里亜さん、いますか?」


「はいはい、少々お待ち下さい。お嬢様、お友達がお越しですよ〜」


「朝っぱらから、うるせー! そ、それに、下の名前で呼ぶな! それと、節さん、出なくて良いから、友達じゃないし」



 とか、



「ただいま〜っと」


「お嬢様、おかえりなさいませ」


「美里亜さん、おかえりなさい」


「おかえりって、テメー、なに人んで、勝手に食事食ってんだ!」


「何でって、美里亜さんが、帰って来るの遅いからだよね~、節さん」


「はい、左様さようです」


「な、節さんはうちの家政婦だぞ。籠絡ろうらくするんじゃね〜!」


「ですが、わざわざ、学校の課題を持ってきて下さったんですよ」


「誰がするか! そんなもん!」



 とか、



「はいはい、授業出ますよ〜。一緒に授業出てあげますからね~」


「だ、だから、手を繋ぐな、引っ張んな、ずいだろ! それに、お前は保護者か!」


 と、反発しながら、何故か、大人しくついて行く。美里亜さん。


「は〜、いい加減にしろよ、テメー」



 という状態が、しばらく続いたのだが、しばらく経って、どうやら反発する事を、諦めたようだった。



「おはようございます〜! 美里亜さ〜ん」


「おはようございます。お嬢様、お友達がお見えですよ」


「お〜、今行く。ちょっと待ってろ」


 そして、仲良く手を繋いで登校。


「だから、やめろって、子供じゃね〜んだから、それに、逃げねーよ」


 と言いつつ、手を振り切ろうとはしない彼女だった。



 そして、学校に着くと、僕の解説付きで授業を受け。まあ、体育とか、選択科目とかの授業には出ないが、それ以外の授業にはちゃんと出るようになり、そして、授業時間が終わると、どこかに遊びに行ってるようだった。


 帰りは遅いのだろうか? 心配だが、僕には関係ない……。そう、関係ない。



 普通の授業が終わった後、進学校でもあるわが校では、特別授業があった。週3回あり、僕はそれに出ていた。だが、火木は、特別授業もなく、部活動もしていない僕も、比較的早く終わるのだが、


「お〜い、帰るぞ~」


「えっ、うん」


 彼女から声をかけられ、ちょっとどぎまぎする。さすがに手は繋がないが、一緒に歩き彼女の家へ、そして、書庫で、彼女に勉強を教えるのだった。自分の部屋には入れたくないそうだ。だったら、学校でと言ったのだが、嫌なのだそうだ。



「ここさ〜。これで良いのか?」


「そこですか~、そうですね。こっちの数式を使った方が楽ですよ」


「そっか」


 という感じで、彼女は徐々に変わっていった。と同時に、僕の中でちょっと、とある感情が芽生めばえていたのだが、遊びまくっているだろう、彼女には馬鹿にされるだろうから、言うことが出来なかった。



 だが、そんなある日、


「お前さ~、次の日曜って、ひまか?」


「日曜ですか? 特にやることも無いですし、暇ですが」


「そ、そうか、良かった」


 彼女は、いつもと違い、かなり小声だった。


「えっ、何ですか?」


「親がさ〜、節さんから話聞いて、お礼しろってさ」


「お礼?」


「ああ、だから日曜付き合え!」


「はい、分かりました」


 最後だけ、彼女は大声になり、僕は勢いにおされ返事をした。





 僕は緊張しつつ、彼女を待った。家に出迎えに行けば良いと言ったのだが、断固拒否され、ギャルの聖地だの、若者の街だの言われている街で、待ち合わせる事になった。僕にとっては、はじめて降り立つ街だった。



 僕が、周囲を見回しつつ待っていると、見慣れたスタイルの女性が、近づいてくる。


 デニム地のホットパンツからは、スラッとした白い脚が伸び、水色のスニーカーをき、よくわからない柄の入った白いTシャツを着て、ピンクのショルダーバッグを肩にかけた、長身の金髪の女性。ただ……。



「お~っす、おまたせ。……って、なんか言えよ」


「えっ、え〜と、美里亜さん、ですか?」


「そ、そうだよ、悪いか!」


 そう、彼女はすっぴんだったのだ。メイクはせず、つけまつ毛もしていない。どうしたんだろ? と思う前に、僕は完全に舞い上がってしまった。



 き、綺麗だ。切れ長の目、小さく上品そうな顔立ち、白い肌。そして、かわいらしい唇。金髪と合わせて西洋の人形のようだった。


 僕には、不釣ふつり合い。正直な思いだった。だが、彼女は気にすることなく、


「ほらっ、行くぞ!」


「えっ、ちょちょっと」


 彼女は、僕の腕に手をからませると、進み始めた。僕の顔のすぐ横に彼女の顔があり、腕には、柔らかい感触が伝わる。僕の心臓は、早鐘はやがねのように高鳴たかなった。



「まずは、映画だ。映画見ようぜ」


 こうして、彼女に引っ張られるように、映画を見て、食事をして、その後はウィンドーショッピング。と、朝から夕方まで引っ張り回された。最初は、緊張したのだが、正直、すごく楽しかった。幸せだった。



「お〜、美里亜じゃん、おひさ」


「ユマ、マリマリ、でーゆん。おひさ」


 夕方になり、そろそろ帰ろうかと、街を歩いていると、制服を着たギャル?の方々に声をかけられた。どうやら、彼女の知り合いのようだった。だけど、おひさ? 久しぶりって事だろうか?



「そっちが、例の彼氏?」


 ギャルの一人が、聞き慣れないイントネーションで話す。


「チゲーって、彼氏じゃねえし」


「またまた〜」


「でも、良いじゃん」


「そう?」


「だよー」


「んとに、マジ、安心したよ」


「だね〜」


「じゃ、私ら行くわ。じゃねー」


「じゃねー」


 そう言って、ギャル達は去っていった。すると、彼女は、


「1年の時さ〜、親も、ほとんど家に居なかったしさ〜。学校でも上手く溶け込めなくてさ~、学校を抜け出して、ふらふらしてる時にさ~、ユマ、マリマリ、でーゆんに出会ってさ~」


 そこで、彼女は僕の方を向き、


「一緒に時間潰しに、付き合ってくれたんだ~。でも、最近、しつこい男がいて、学校に行かされてるって話たらさ~。良かったじゃんって言われてさ~」


「それで?」


「早く家に帰れって言われて、私には、帰る場所があんだからって。言われてさ~。哀しかったけどさ〜」


 どうやら、彼女は、泣いてるようだった。


「でも、今は、楽しいや。お前のおかげかな? うん、じゃあ帰ろっか」


 彼女は、僕の方を向き、今度は笑顔でそう言った。



 その後、彼女はメイクを止めて、髪も黒く染め、さらに制服もちゃんと着て、登校するようになった。


 すると、僕との関係を見ていて安心したのか、クラスに女友達ができて、彼女も楽しそうだった。



 僕の役目は終わった。そう思ったのだが、


「美里亜ちゃん、帰ろ」


「ええと、ごめんなさい。今日はちょっと……」


「あっ、そうか。じゃあ、またね~」


 そう言って、彼女の友達は教室を出て行く。そして、彼女は、帰り支度をしている僕のところに来ると、


「おっし、帰っぞ」


「えっ、僕と?」


「ああ、他に誰がいんだ?」


 彼女は、昔のままの口調で話す。女友達や、他の人達と話す時は、丁寧になったのだが。


 そして、確かに、教室には、すでに僕達しか居なかった。



「じゃあ、帰ろっか」


 僕は立ち上がり、歩き始めた。すると、彼女は僕の手をとり握る。指と指が絡み、手のひらが合う。いわゆる恋人繋ぎと言うやつだ。


「ちょ、ちょっと」


「嫌か?」


「えっ、嫌じゃないけど……」


「そっか」


 そう言って歩き出し、そして少し歩き立ち止まると、こちらを向く。そして、


「お前は私の彼氏だ。良いな?」


 彼女は、それだけ言うと、凄い勢いで歩き始めた。


「えっ、何? えっ、ちょっと」


 僕は引きずられるように、彼女と共に家路を急ぐ。こうして、僕と美里亜は付き合うようになった。





「そうか、美里亜をモデルに書けば良いのか。題名は、そうだな~。悪役令嬢はチョロい」


「ああ?」


 美里亜の、美しい顔がゆがむ。

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