第6話 大きな掌の鬼 その2
鬼「はぁ?! よりにもよって何でテメーと?!
やってられるか!! 儂は帰る!!」
白「まあ待て。居酒屋に来て飲まないのもいかがなものか!」
白鳥使いは、店を出ようとする背中叩鬼の大きな手を掴んで引き留めた。
鬼「...チッ 30分だけだぞ...」
―――――
鬼「ガッハッハ! お前面白い奴だな!!」
白「お、おぅ...」
飲みはじめて数分、酒が回って上機嫌になった背中叩鬼は人(?)が変わったかのように白鳥使いに絡む。一方で白鳥使いは勢いに飲まれ萎縮する。
この時、白鳥使いは考えていた。
(どうしてこうなった... コイツさっきまで帰りたがってたのに、今や俺が帰りたくなってきた...)
(てか、「お前面白い奴だな!!」じゃねぇよ! 「鼻かんだらご飯粒がティッシュについてた」って話でこんなバカ笑いする奴初めてだよ! 昨日ハトに同じ話したら「はぁ?! 僕今忙しいんですよ!! そんなしょうもないこと、わざわざ報告しないで下さい!!」って冷たくあしらわれたぞ!)
白鳥使いは最早、こうして思考を巡らせることで背中叩鬼の大声と酒臭い息に耐えるしかなかった。
「本日のニュースです。」
居酒屋のテレビからキャスターの声がした。いつもはセンスの欠片もないテーマソングを使用し、中身も同じくセンスのないローカル番組を垂れ流しにしているテレビなので普段はほとんどの客が見向きもしないが、今回は事情が違った。このニュースは閑崎町近辺で事件が起こったときのみ放送される、臨時のものだったからだ。
「8件目の”連続昏睡事件”が昨晩未明、閑崎町で発生しました。これまで同様被害者からは大量のアルコールが検出されており―――――」
白「何だよ、ただの酔っ払いじゃんか。いつものクソつまらん番組見せろー」
鬼「いや、この事件は何故か1週間に1度、毎週木曜日に起こってるらしい。それに、被害者の中には禁酒してた奴や下戸もいるって話だ。まさか...」
白「まさか、とは?」
急に静かになった背中叩鬼は、真剣な口調で話し始めた。
儂は見ての通り妖怪だ。もともとは他の妖怪たちと森の中で暮らしていた―――――
「なぁ、人間ってどんななんだ?」
気になったんで、ある日聞いてみた。
「面白い奴だぜ、ちょっと脅かしたら飯を置いてってくれるから、便利だしよぉ~」
「俺、人間怖ぇよ~。槍持って襲いかかって来たんだぜ」
「俺なんか食われそうになったから、関わりたくはねぇかなぁ」
よく分からんかった。よく分からんかったから、儂自身の目で直接確かめることにした。
森を出てすぐ、俺は人間を見つけた。そいつは暗い夜道を1人、下向いて歩いてたんだ。落ち込んでるように見えたから、儂はどうにか元気づけてやりたかったんだが、どうすれば元気づけられるのか分からんかった。夜道で儂のような化け物と突然出くわそうモンなら、腰抜かしちまうからな。儂はとりあえず、ソイツの背後に立って考えた。でも何も思いつかなかったから、思い切ってソイツの背中を叩いてみたんだ。何故そうしたのかは儂自身にも分からんが、ソイツは見る見るうちに元気になって、夜道を走って行った。
「どうやら儂には、背中を叩いて人を元気づける力があるらしい」
そう考えた儂は、それ以来毎日のように道行く人の背中を叩いた。しばらくしたら、”妖怪:背中叩鬼”の名は一帯に広まっていた。
そんなある日、噂を聞きつけたどっかの寺の坊さんに、儂はボコボコに叩きのめされ、小一時間こっぴどく𠮟られた。どうやら儂はやりすぎたらしい。
そっから暫く森の中で暮らしてたんだが、胸の奥にある「人間と関わりたい、元気づけてやりたい」って思いは消えることなく残り続けた。だから儂は今、人間の世で人間のように暮らしてる、ってわけだ。
白「ほう、それでお前の過去とこの事件、一体何の関係が?」
鬼「ああ、問題なのは儂を叱った坊さんなんだが、ソイツが相対した奴の中で最も凶悪な妖怪の1つに、とある奴が居たらしくてな...
...長話しちまった。酔いも醒めたし、今度こそ儂は帰る。」
話の核心に迫ることなく、背中叩鬼は勘定を素早く終えて帰宅した。
白「...そうか。また今度続き話せよな~。気になるから~」
彼の言葉に、背中叩鬼の返事は無かった。
2日後、木曜日―――――
白「鬼~。今日も飲み会だぁ~! 前の話の続き、話してもらうからなー」
鬼「...ああ。分かったよ...」
背中叩鬼は渋々答えた。彼の白鳥使いに対する口調は、前よりほんの少しだけ、ほんの少しだけだが柔らかく、棘が無くなっているようだった。
P「おっ、飲み会でござるか? ワタクシもお供しますゾ~^^」
鬼「げっ、コイツも来るのか...」
今日は3人の飲み会、楽しくなりそうだ。
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