第4話 湿った侍 その3

木下「大変です!!」


 木下の口から2人に知らされたのは、暴走族:羅腐亜得ラファエルが閑崎町にやって来るという凶報だった。




 ここで「羅腐亜得」について説明しておこう。

 羅腐亜得は、のべ50人の構成員からなる暴走族で、全国各地とまではいかないが、閑崎町近辺にまでその悪名が知れ渡る程の規模をもつ。徒党を組み行く先々で暴走行為を繰り返し、悪行の限りを尽くしてきた。

 自他共に認める喧嘩最強の特攻隊長:平沢、卑怯で狡猾な副総長:国枝、破天荒リーダー:基樹の3人は特に悪名高く、数々の黒い噂が絶えない。




 2日前、海沿いのコンビニ近くをツーリングをしていた木下、鈴木、加藤、髑髏ヶ丘の4人は、羅腐亜得の構成員を偶然目撃した。構成員数人の会話から、羅腐亜得がやって来ることが分かり、その悪逆無道な噂の数々を知っていた彼らは戦慄した。


 羅腐亜得がやって来るとなれば、この静かな海沿いの道路は不良たちの百鬼夜行の場と化し、近隣の人々もただでは済まないだろう。そう考えた木下、鈴木、加藤、髑髏ヶ丘の4人は無謀にも立ち向かったが、当然の如くあっさりと敗れ去り、唯一無傷で済んだ木下が水仁に助けを求めたのだった。


水「して、他の三人はどうなったのだ?」

木下「鈴木、髑髏ヶ丘は転んで手の甲を擦りむいちまって、加藤は構成員の一人に軽く膝を蹴られて数分間うずくまってました。加藤については後で確認したんですが、膝が少し腫れてました。」

全員大した怪我ではなかった。

白「体格の割に加藤弱いな」

水「触れてやるな、加藤は少しばかり臆病なのだ。

  ところで、木下よ。その不届き者共は?」

木下は少し口ごもってから、ゆっくりと答えた。

木下「俺らの聞き間違いでなければ、今日の4時、今から数分後に奴らはやって来ま        

   す...」

 この辺りは一日中人通りが少ないので、明るい時間帯にやって来ても不思議ではない。


 事情を伝え終えた木下は、突如声を荒げた。

木下「おりいってお二人にお願いがございます!!! 俺たちは自分のケツも拭けな                  

い情けない男ですが、羅腐亜得の奴らからこの町を守りたい!!! どうか、俺らに力を貸してやって頂けませんか!!!」

木下は自身の腰が鋭角に曲がるほどのお辞儀を披露し、半泣きで2人に懇願した。




 2人に断るという選択肢は無かった。




 数分後―――――

 遠くから幾台ものバイクがけたたましいエンジン音をたてて近づいてくる。騒音は男たちの下品な声と混じり静寂を破る。羅腐亜得だ。

木下「あいつらです! あいつらが―――――」


木下が声を上げた直後、水仁が雄叫びをあげ憤慨した。

水「ぬおおおおっ!!!!!!!

  赤信号を横断するなど!!! 何たる狼藉か!!!!!」

木下・白「キレるポイントそこぉ?!」



 水仁の声があまりにも大きかったので、不良たちは振り向いて口々に怒声を返す。

あれよあれよという間に3人は羅腐亜得に取り囲まれた。相手は戦闘態勢に入る。

すっかり萎縮している木下を見た水仁は、風呂敷に包まれた荷物を取り出した。

 それは使い古された竹刀であった。

水「何人来ようが構わぬ! 拙者の刀の錆にしてくれようぞ!」

 竹刀なので錆にはできない。



 水仁が竹刀を手にすると、不思議な事が起こった。竹刀が淡く青白い光を放ったのだ。その後凄まじい踏み込みで特攻した水仁は、一瞬で数人の不良を叩きのめした。何故か竹刀からは水が滴っている。

水「案ずるな、峰打ちだ」

 竹刀なので当たり前である。



 一人で不良たちを次々となぎ倒す水仁をしり目に、白鳥使いは木下に質問した。

白「なんだあの竹刀。光ってね?」

木下「ええ、あれはですね...」

「よそ見すんじゃねぇー!!!」

白鳥使いは殴りかかってくる不良にデコピンをお見舞いした。不良は物凄い勢いで後方へ吹き飛んでいった。






―――――

「何だこれ、カッコいい~」

 テレビに映るのは時代劇。1人の侍が数人と斬り合う様子を見て、目を光らせる少年がいた。彼は水仁(6)であった。

 侍に憧れた彼は剣道教室に通い始め、毎日稽古にいそしんだ。そんなある日のこと...




「ふぅ~。今日も頑張った頑張った!!」

 その日少年は稽古を終え、帰路を急いでいた。途中、大きな川にかかった橋を渡るのだが、その場所で少年の運命が大きく変わる。


 橋の上で少年は手を滑らせ、持っていた竹刀を川に落としてしまった。少年は半べそをかきながら竹刀を捜し回った。

 そうして川に浸かること数時間、少年は奇妙な光景を目の当たりにする。




 川のど真ん中から、円状の淡い黄緑色の光が放たれていた。光がより一層強くなり、そこから優しい顔をした美しい女性が生えてきた。

 その女性は川の精霊であった。

 精霊は、長時間川に浸かったことで少年の体に彼女の神通力が宿ったこと、竹刀も同様に神通力を帯びてしまったこと、神通力は棒状の物を伝い流れ出てしまうことを少年に伝えた。、少年がまるで理解していなかったので、伝えることを諦めた。彼女は優しい、しかし何かを心配するような目で少年を見つめ、水底に沈んでいった。



 少年はその後たいへん苦労した。箸を持てばその先端から水が滴り、口に運ぶものすべてがおひたしになる。ペンを握ればその先端から水が滴り、ノートが水浸しになる。少年は時間をかけ、神通力の制御のコツを掴んだ。神通力を己のものにした彼は、憧れの「侍」に近づきつつあった。

―――――






 水仁はかなり強い。とは言え、50対3では流石に分が悪い。水仁は不良3人に羽交い締めされる。彼は不良たちの雑踏の中でしたり顔をする副総長:国枝を見た。すかさず金属バットを携えた喧嘩屋:平沢が獲物に跳びかかる肉食獣のように水仁に殴りかかる。

水「万事休す、か...」






白「鳥術白鳥流:奥義―――――」

 突如無数の白鳥が飛来し、うち数羽が死角から平沢に体当たりをお見舞いし、水仁を拘束していた不良たちを引き剝がす。

平沢「うおぉっ?! 何だぁ!?」

 平沢は必死にもがき、白鳥たちを振り払おうとする。その時、1羽の白鳥の背中でスタンバっていた白鳥使いが飛び降りた。

白「白鳥のワルツ!!!」

 一瞬で平沢の懐に入った白鳥使いは、奴のこめかみに爪先蹴りを入れる。

 平沢は地面に倒れ、白目をむいて気絶した。

白「数が多いから仕方ないっ!!!

  奥義解禁じゃぁぁぁ~~~っ!!!!!」




 残りの白鳥たちが残党を片付けている一方、腰を抜かして怯んでいる国枝と、白鳥使いは一瞬で距離を詰めた。

国枝「ヒィィィ~~~~~!」

白「お前何にもしてないじゃ~ん!!

  情けなしっ!!!!!」

 彼はふざけた調子で喋りながら、国枝の顎に強烈なアッパーをお見舞いした。

国枝「ごふぅっ...」

 何もしなかった男:国枝は後ろ向きに倒れ、応戦することはなかった。




 一瞬で形勢が逆転し、総長:基樹はすっかり縮みあがった。

基樹「何だあの変なやつ?! バケモンだ!」

 情けなく逃げ出そうとしたが、それは水仁が許さなかった。

水「待て。貴様の仲間は果敢にも拙者らに立ち向こうたぞ。

  自分だけ尾を巻いて逃げるつもりか? 腑抜けめ...」




水「その腐った性根、叩き直してやる!!!!!!!」

 水仁は目にも止まらぬ速さで舞った。閃光のような連撃に、基樹は耐えられるはずがなかった。

水「また、つまらぬ者を斬ってしまった...」

 竹刀だぞ。斬ってはいないだろう。




 その後、木下が読んだ警察によって羅腐亜得の構成員は一人残らず補導されていった。道路は水浸しになり、羽毛が散らかっている。


 木下は2人に向かって再び鋭角のお辞儀をして見せた。

木下「お2人とも、本日は誠にありがとうございました!!!

   嬉しさで僕の心が大変です!!」

 また言った。しかし、少し嬉しさが滲み出ている「大変です!!」だった。


 一方、自身の神通力によって全身水浸しの水仁は、白鳥使いに礼を言った。

水「白鳥使い殿、礼を言うぞ。主が居なければ、拙者はただでは済まぬ怪我を負っていただろう。」

白「別に構わねぇよ、減るもんじゃあるめえし。

  てか、威張るかへりくだるかどっちかにしろよwww」

水「ぬう、そのようなつもりは...」




(この男、軽薄な口ぶりの中に、何か堅固な意思を感じる。お主となら...)

 すっかり赤く染まった空を見て、水仁は思いを巡らせた。

白「うっし!!! お前らも飲み行くぞ!!!!!」

水「...ああ!」

木下「あのぉ、俺17なんですけど...」

白「オレンジジュースでも頼め!! 今日は俺様の...」

白鳥使いは突然黙った。

白「やっぱ、水仁の奢りだぁ!!!」

水「ぬおぉ!! 聞いていないぞ!!」





 一方―――――

 白鳥使いと水仁が共闘していた頃、事務所は


鳩「何なんすかあの人!! 事情も説明せずに電話切りやがって!!!」

?「もう怒った!!! 明日はもっとガツンと言ってやるぅ!!!」

?「アー、2人抜けたら流石にキチィ~」

?「定時で帰れなイ...」


 白鳥使いと水仁、2人分の仕事を丸投げされた者たちの嘆きに満ちていた。

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