第3話 湿った侍 その2

ポン! ポン! ポン! ポン!


ポン! ポン! ポン! ポン!


昼下がりの事務所内に鼓の音が響く。

水「すまぬ。拙者のすまほの音だ」

 少し間をおいて水仁が言った。癖の強い着信音に一同は内心驚いたが、言及する者はいなかった。


水「もしもし、拙者だ。

 ...

 何と! 直ちに向かう! 待っておれ!」

そう言って電話を切った水仁は、少し焦ったような顔で声を上げた。

「突然のことで誠に申し訳ない! 早退させて頂く!」

水仁は荷物も持たずに飛び出した。






水「急がねば... 急がねば...」

車並みの速さで全力疾走する水仁。そのすぐ後ろを追いかける者がいる。

白「おいおい、焦りは禁物だぞ。焦ってもいいこと無いぞ~」

水仁が声のした斜め後方に目をやると、息一つ上げずについてくる白鳥使いがいた。

水「ぬおぉ!! お主!! 何故此処に?!」

水仁は全身を使って酷く驚き、白鳥使いへ問いを投げた。


白「忘れ物だよ。そんなに慌ててどうした~?」

そう言ってやや大きめの巾着袋と細長い風呂敷包み(水仁の荷物)を水仁へ差し出す。

水「ぬう、かたじけない。実は―――――」


「拙者の友人に木下という男が居てな、その者からの呼び出しだったのだ。」


―――――

木下「もしもし水仁のアニキ、大変です!!」

水「おお、木下か、何かあったのか?」

木下「詳しく話すと長くなるのですが... とにかく大変です!!

   できるだけ早く海岸近くのコンビニまで来てください!!

   さもないと... 大変です!!」

―――――


水「という訳なのだ...」

白「なるへそ」


 白鳥使いは内心「『大変です!!』多くね?」と思ったが、何となく触れないでおいた。




 2人は指定されたコンビニに到着したが、木下らしき人物は見当たらなかった。コンビニ内では大学生くらいのアルバイトが客1人いないのをいいことに大あくびをしている。駐車場には当然、車が1台も止まっていない。人通りもないので、波の音がよく聞こえてくるし、磯臭い空気も鼻をつく「THE 海辺の町」といったところだ。


 駐車場でいわゆる”ヤンキー座り”をしながらくつろぐ白鳥使いに、水仁は問いかける。

水「ところで、主は事務所へ連絡を入れたのか?」

白「あっ、忘れてたぁ~。今電話するよ」

白鳥使いは鳩使いへ電話をかける。



鳩「もしもし、随分遅いですけど、いつ戻って―――――」

白「おう、すまんが俺も早退ってことで、宜しく~」

鳩「えっ? ちょ、そんな急に―――――」

 鳩使いが自身の言動を理解するのを待たずして、白鳥使いは一方的に電話を切った。会話のキャッチボールという言葉があるが、これでは会話のドッジボールだ。

水「早退?! 今早退と申したか?!」

白「おう。相当切羽詰まってるみたいだから俺も協力する。俺のサボる口実にもなってWin-Winだしな」

水「白鳥使い殿... (場合によっては不要だが...)」


白「というかお前、傍から見たら侍の格好してる変人なのに、友達いるんだな」

水「ああ。木下は良い奴だぞ。だったのだがな」






―――――

 3年前の8月上旬の事だ。その日は灼熱の太陽がかんかんと照り付ける猛暑であった。拙者(当時21)はこのこんびにで麦茶を購入し、あまりに暑いので帰路を急いでおった。その時向かい側より原付に乗った少年が4人、閃光のような速さで走りぬけていった。暴走族のような風体をし、くらくしょんをけたたましく鳴らしてだ。拙者は酷く驚愕した。しかし拙者が殊にたまげたのは、その者共が


白「ん?」


 交通るうるは遵守せねばならぬと、拙者は少年達を説き伏せに向かった。丁度このこんびににて屯しておったので、声をかけたのだが、


木下「あぁ?! うるせぇなあ!!!」

加藤「俺らに指図すんなコラァ!!!」

鈴木「おい! コイツやっちまうぞ!!!」

髑髏ヶ丘どくろがおか「う、うん! 僕に任せて!」


白「髑髏ヶ丘!!!」

 驚きのあまり、白鳥使いは芸人のようなツッコミを入れた。髑髏ヶ丘という苗字も随分珍しいので無理はないが、口調から彼が一番気弱そうに思えたからだ。ギャップで体調を崩しそうだ。


...続けるぞ。

彼奴等と乱闘になったが、拙者が麦茶のぺっとぼとるを用いて全員締め上げた。それ以来、4人は悪事を働かないと誓い、拙者を”兄貴”と呼称して慕うようになったのだ。それが拙者の4人の友人、木下、加藤、鈴木、髑髏ヶ丘との出会いだ。

―――――






白(コイツには申し訳ないが、髑髏ヶ丘以外頭に入って来なかった...)

水「写真もあるぞ、見るか?」

 水仁は懐から1枚の写真を取り出した。今2人がいるコンビニの前で撮られたその写真には、少しあどけなさを残した笑顔の少年3人と、身長2mはある筋骨隆々の巨漢が1人写っていた。


 白鳥使いは巨漢を指さし聞いた。

白「髑髏ヶ丘って、これ?」

水「これは加藤だ」

髑髏ヶ丘より加藤のほうが髑髏ヶ丘だった。


「待たせちまってすみません!!」

 突然、そう叫ぶ声が聞こえた。2人が声のした方を向くと、コンビニ前の歩道に息の上がった木下が立っていた。


木下「水仁のアニキ大変です!!

   隣町の暴走族、羅腐亜得ラファエルが閑崎町にやって来るそうです!

   大変です!!」

 彼の「大変です!!」はどうやら口癖のようだ。

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