癒しのそらキャン

 今でこそキャンプは娯楽の一つですが、元を辿れば、それは厳しい大自然のなかで生き延びるための知恵でもあります。はるか昔、未開の土地を解き明かすため、探検家は極限環境をテントの中で耐え抜きました。戦争で長い距離を進まなければならない兵士たちは、途中途中でキャンプをして、束の間のお休みを得たものです。

 すなわち、キャンプはどんなところでも安全に休息を取るための技術なのです。

 


 この世界では少し前に大きな戦争がありました。

 戦時中は、使えるものは全て使うのが当たり前です。どこかの貧乏な国では、鉄が足りなくてお鍋まで溶かしたとか。物だって技術だってお構いなしに、勝つためならなんだってするのです。仕方ないとはいえ、なんだか虚しさを感じますね。

 そういうわけで、軍事的にはとても便利なキャンプの技術も、もれなく軍事転用されることになりました。

 ただし、ここはイスパーナ連邦。後々、イスパーナ流とか愛すべきバカとか、皮肉たっぷりに笑われて、でも不思議な魅力からファンが絶えない、そんな兵器ばかり作る国です。

 キャンプの技術もその例に漏れず、イスパーナは面白い形で軍に取り入れたのでした。



 STOL機って知っていますか?

 普通の飛行機よりも短い距離で離着陸ができる、特殊な設計の飛行機のことです。

 ほとんどは整備されていない地面からでも飛べる設計になっているのでとても取り回しがよく、またそんなに速度が出ないため、上空からゆっくり地上を観察する偵察機にはもってこいの機体です。

 国土が広いイスパーナ連邦では、必然的に偵察機の飛ぶ距離も長くなります。

 本当は飛行場をそこかしこに作って、そこから偵察機を飛ばすのが理想なのですが、あいにくイスパーナは自然だけが豊かで工業力がなく、たくさん基地を作るのもたくさん偵察機を作るのも不可能でした。

 当時使われていた偵察機は、イスパーナ空技廠製「I-10 エル・サーラ」。旧式の複葉機です。機甲技術の発達によって、これまで歩兵だけでは通れなかった地域も侵攻ルートになり得るこの時代、航続距離の短いエル・サーラでは対応しきれなくなることは目に見えておりました。

 そのため、軍は長い距離を飛べる、新しい偵察機を作ることにしたのでした。

 長い距離を飛ぶとなると、当然パイロットの負担は増えます。イスパーナの飛行場は騎士団が活躍した中世の侵攻ルートを基に配置されているため、隣の飛行場まで飛ぶにはとてつもなく長い時間がかかります。

 パイロットの仕事は隠れている敵を見つけることですので、長い間飛び続けて疲れが溜まった状態では満足に任務をこなせないでしょう。

 そこで、愛すべきバカばかりの空技廠はあることを思いつきました。


「そうだ、野宿できるようにしよう!」


 途中で一旦着陸して、ぐっすり寝て、また飛び立って偵察を続ける。休息を設ければ、長い距離を飛んでも負担は重くならないはず。そういったコンセプトで設計されたのが、「I-21 エル・シェーナ」でした。

 足回りが頑丈で、どんなところでも離着陸できる不整地仕様。わずか五十メートルで離陸できる優れたSTOL性能を持ち、航続距離も十分満足できるものでした。

 しかし一番の特徴は、なんといっても途中でキャンプすることを前提に作られた偵察機だという点です。

 翼には引き出し式のフックがあり、ここに布を引っ掛けることで簡単にテントを設営できるようになっています。座席の後ろの防弾板は取り外しができ、グリルとして使用可能。エンジンのエレクトリックスターター電気始動機は火種としても使えるように、機外に火花を出すこともできる設計になっていました。

 他にも簡易的なテーブルになったり、簡易浄水キットになったりと、機体のいろんなところがキャンプに便利なように工夫されておりました。

 そんなエル・シェーナ、大戦中は航続距離以外、他国の偵察機とそこまで性能差がなく、平凡な偵察機としか見られていませんでした。とはいえパイロットからは絶賛されたそうですが。足を伸ばして寝られる飛行機、たしかに他には無いですものね。





 ぱたぱたぱたと、プロペラの音が近づいてきました。

 湖のそば、木々の間から緑の機体が現れます。浜辺の砂をふわりと舞わせ、かつての偵察機はゆっくりと腰を落ち着けました。

 ハッチを開けて出てきたのは、ダンディーなおじいさん。ワイヤーで機体を固定して、ささっとテントを張った後、ルンルンと森へ歩いていきます。

 陰り始めた夕日の中で、集めているのは松ぼっくり。そして乾いた小枝たち。頭の上で、リスが熱心に木の実を齧っておりました。

 おじいさんが愛機の元に帰ってきたのは、小鳥たちの声があまり聞こえなくなってきた、そのくらいの時間。空が紫がかってきて、夜の足音が聞こえてきます。

 集めた小枝は手際よく、ティピー型に組まれました。その真ん中には松ぼっくり。

 焚き火の準備が終わったら、操縦席でちょっとこそこそします。キュキュンとモーターの音がして、エンジンカウルの穴から火花がしゃあっと噴き出しました。

 そこに紙を近づけて、火がついたら松ぼっくりのそばに放り込みます。松ぼっくりには油がたっぷり含まれていて、最高の着火材になるのです。しかも一年中採れるので、キャンプにはもってこい。

 ぼわ、と火がつけば、あとは少し仰いであげて、枝にも火を回してあげて。

 ほら、焚き火ができました。

 ぱちぱちとはぜる音。小気味よくて楽しいものです。

 がしゃん、とおじいさんはグリルを広げます。並べられるのは持ってきたソーセージと、さっき見つけた赤いきのこ。もちろん食べれる種類です。

 お湯を沸かしてコーヒーも淹れて、夕食の準備ができた頃には、辺りはすっかり暗くなっておりました。

 風が水面をゆらめかせ、満天の星空が広がる中、あつあつのソーセージを頬張るおじいさん。優雅なソロキャンプ、とっても楽しそう。

 砲音も銃声も聞こえない、穏やかな星空を眺めながら、赤く照らされた機体はきちきちと笑い声をあげました。





(癒しのそらキャン おわり)

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